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弓と剣  作者: 淳A
海鳴
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一石二鳥

 皇太子殿下の直命なんだからすぐにやらなきゃ、と焦る俺にトビが意見してきた。

「旦那様、その動物が何をして、なぜ移動させねばならないのかの事情を聞き、どこに移すべきかを決めてから出発した方がよろしいのではございませんか? 闇雲に出掛けては準備不足で思わぬ危険な状況に陥らないものでもございません。 サリ様が御一緒なさるのです。 通常でしたら然るべき者に島の下見をさせ、安全を確認した後で御出発という段取りになるかと存じます」

「そりゃ俺だって理由を聞きたいけど、今マーシュに居る人達に聞き回った所で詳しい事情を知っている人なんてひとりもいないと思うぜ。 ベルドケンプ島ならギラムシオ号でもたったの二日で着くし、とてもきれいな砂浜がある。 なのにいつ行っても誰もいない、何だかすごく秘密っぽい島なんだ。 俺はバーグルンド将軍に何度も連れて行ってもらったけど、一緒に上陸するのはいつもセナセック南軍将軍補佐、オーアバック南軍大隊長、ラクシュミ南軍中隊長の三人に決まっていてさ。 他の船員は船で待っていたんだ。 だからバーグルンド将軍以外じゃその三人しかあの島の事は知らないと思う」


 バーグルンド将軍は先代陛下を途中までお見送りするため出発なさった。 セナセック補佐、オーアバック大隊長、ラクシュミ中隊長も一緒だと聞いている。 バーグルンド将軍がお戻りになるのは早くても四日後だ。 

「事情を聞くのにバーグルンド将軍のお帰りを待ってもいいけど、バーグルンド将軍も移さなきゃいけない理由は御存知ないかもしれないだろ。 それなら出発が遅れるだけで、理由が分からないまま出発しなきゃいけないのは同じじゃないか。 アッサドル南軍副将軍なら何か御存知かもしれないが、今マーシュにいらっしゃらないし。

 そりゃ、いついつまでにやれとは言われてない。 だけど皇太子殿下の直命を先延ばしにしていたら誰に何を言われるか分かったもんじゃないし、マーシュに長居すればする程いろんな揉め事に巻き込まれるような気がするんだ」


 何しろそれでなくても帰りをどうするかで頭が痛い。 と言うのも俺はギラムシオ号で帰るつもりだったが、どうやらそれはすんなり通らないみたいなんだ。 それはマーシュに到着したその日に父上から警告された。

「サダ様。 お帰りの際はどの船になさるか、お決まりですか?」

「ギラムシオ号で帰ります」

「失礼ながら、サダ様の船でアブーシャ川を北上するとなるとかなりの日数がかかるのでは?」

「えーと、たぶん二週間くらいかかると思います」

「すると既に十月。 北にお戻りなる途中で雪に降られる恐れがございましょう。 南の漁船に防寒設備が整っているとは思えないのですが。 それとも防寒着の類を御用意なさっていらした?」

「それは持って来ていません。 だってブレベッサ号なら十月になる前に帰れたし」

「南軍では護衛船を含め、お好きな船を御用船として選んで戴ける様に何隻か大型軍船を準備しているようです」

「えっ? でも一度御用船となったら、その船は皇王族を乗せる以外の目的で出航させる事は出来なくなるんですよね? サリが次に船に乗る機会なんていつになるか。 もしかしたら二度と船に乗らないかもしれないのに。 小型軍船だとしたって御用船にしちゃったらもったいないです」

「そのお心遣いは尊き事ながら、お帰りの途中でサリ様がお風邪でもお召しになりなりましたら如何なさいます? なぜ碌な防寒設備もない船にお乗せしたのだ、という責任問題になるかと存じます。 いずれにせよ南軍の申し出を断るには明確な理由がなければ後々詮議の種ともなりましょう」

「じゃ親戚の誰かの船に乗った方がいいんですか?」

「それもまた慎重にお決めになられますよう。 ざっと拝見した所、ナジューラ・ダンホフ殿の船が一番豪華で設備も充実しております。 豪華客船が一隻沈没したばかりにも拘らず、即座にあのような豪華客船を調達なさった手際は中々のもの。 さすがはダンホフ公爵家継嗣よ、と世間を唸らせましたが。 沈没の詮議も終わるどころか始まってさえいない今、再度ダンホフの船をお召しになったとなると、それも問題となる恐れがございます。 沈没により潰れた面目を挽回する機会を窺うダンホフにとっては望外の御指名となるでしょうが、造船業界を牛耳るリューネハラ公爵にとっては黙って見過ごせない依怙贔屓」


 はああ、と思わずでっかいため息をついちゃった。 貴族だと、やれ面子の、貸し借りの、がある。 じゃあ今回はこの人ね、みたいに簡単に決められない。 サガ兄上の妻の実家はヘルセス公爵家。 サジ兄上の妻の実家はダンホフ公爵家。 リネの義姉の実家はグゲン侯爵家。 姻戚関係ではその三つだけど、俺の甥のサムがカイザー公爵令嬢と婚約したし、マッギニス補佐の実家であるマッギニス侯爵家、エナの実家マレーカ公爵家も自家用船で入港している。 今まで散々お世話になったサハラン公爵家、バーグルンド侯爵家、ラガクイスト侯爵家の自家用船もあった。 いずれも怒らせたら後が恐い人達ばかり。


 父上はこの状況をまとめるかのようにおっしゃる。

「是非当家の船へと招待されて乗船したら、どこを選んだとしても選ばれなかった船がある訳です。 いずれの船も御用船として建造されてはおりませんので乗船を断っても角は立ちませんが。 その場合、断る理由に呉々も御注意下さい。 どの船に乗ってもそれ以外の人に不公平になるから、という理由でお断りなさっては事態を紛糾させる恐れがございます。 他の家に文句は言わせません、是非当家に御指名を、と申し出る家もあるでしょうし。

 また、もしギラムシオ号でお帰りになるという事でしたら充分な防寒対策をお忘れなきよう」


 雪が降ったくらいですぐ川が凍る訳じゃないが、皇太子殿下の直命が簡単に終わったとしても一週間くらいはかかるだろう。 それも数えたらギラムシオ号が北に着くのは十月だ。 とっくに初雪が降っている。 まさにお寒い状況。

 かと言って、南軍の小型軍船には防寒設備なんて付いていない。 たぶん中型にも。 そもそもなんでそんな小さな船を選ぶんだ、とかなんとか文句言われそう。 で、結局大型軍船を選ぶしかなくなる。

 適当な断り文句を考えるだけで一苦労。 なら一番いいのは直命をぱっと終わらせ、ギラムシオ号でさっと帰る、だ。


 ところで今回のお見送りには、グゲン侯爵家継嗣でヨネ義姉上の実弟であるヨラ・グゲンも出席している。 師範やサジ兄上の結婚式を始めとして今まで何回も会う機会はあったんだが、ヨラの都合で出席出来なかったから、お見送りが終わった後で会うのを楽しみにしていた。 まあ、この任務がすぐ終われば北に帰る前に晩御飯を一緒に食べる時間くらいあるだろう。


 海坊主に会いたいって訳じゃないが、任務のついでに堂々と家族で海水浴が出来るのは嬉しい。 俺は子供の頃、家族でバーグルンド侯爵家所有の美しい砂浜で遊んだ事が何度もあった。 その内兄上達はお勉強が忙しくなり、家族では来れなくなったけど、とても楽しい思い出だ。

 南の夏は厳しいので七月、八月に海水浴する人はいない。 九月から海遊びの季節が始まる。 つまり今は絶好の季節。 それにサリを連れて来ているから直轄領の浜辺であろうと事前の許可なく遊ぶ事が出来る。


 俺は皇太子殿下からのお誘いは何であろうと断るつもりだったから海水浴は諦めていた。 マーシュは天然の良港で砂浜はない。 海水浴するには砂浜のある所まで海沿いに船か、陸路なら馬車で行く事になる。 どんなに急いでも行って帰って来るのに丸一日はかかるんだ。 一日海水浴するくらい罰は当たらないと思いたいが、親戚や格下の貴族のお誘いならともかく、皇太子殿下からのお誘いを断って海水浴に行った事が世間に知られたら、そっちこっちから猛烈に怒られるだろう。 怒られるだけならまだいい。 牢屋にぶち込まれたり、爵位取り上げとかになったら困る。 だから観光や海水浴はギラムシオ号に乗り換えた時点で諦めていた。 せっかく南まで来ていながらサリに楽しい海の思い出を作ってあげられないのが残念だったが。 その点、皇太子殿下の御命令なら正式な任務だ。 俺が任務を遂行している間に家族が海水浴したって誰からも責められない。


「トビ。 ドレジェッツ船長に一週間分の食料を積み込んでおくよう伝えておいてくれ。 準備が出来次第ベルドケンプ島に向けて出発する。 どうせすぐに戻るんだ。 大した準備はなしでいい。

 父上や親戚の人達には直命による任務だと伝えておいてくれ。 俺とリネは他の奉公人と一緒にヘルセス別邸に戻って着替えとか持って来る」

「畏まりました」


 くふふっ。 今回の任務は一石二鳥ってやつだな。


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