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弓と剣  作者: 淳A
海鳴
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海坊主

 海坊主と呼んでいたものの、もちろんあだ名で、お伽噺に出て来る様な魔物じゃない。 初めて会った頃の海坊主は俺の顎下に届かない位だった。 年々大きくなって、五年前、最後に会った時は俺の身長より頭一つ高くなっていた。 もしあの調子でどんどん育ち続けたとしたら今頃結構な大きさになっているかも。 とは言っても何もない島だ。 大した悪さが出来るとも思えないんだけどな。


 俺が知らないだけで、実は本物の海坊主だったんじゃないか、て?

 海で泳いでいた人や船を見つけ次第海の底に引っ張り込む魔物なんて実際にいる訳ないだろ。 いたらそれを見た人は海の底に引っ張り込まれている訳だ。 つまり生きている人で海坊主を見た人はいない、て事になる。 一度も見た事ない人に海坊主はいる、て言われてもね。


 はい? 何でもかんでも言われた事をまるっと信じる俺にしては珍しくまともだ?

 ちょっとー。 こう見えても俺だって偶には物事をちゃんと筋道立てて考える時もあるんだぜ。 最近俺を見る人の目が何気に冷たいって思うの、気のせい?

 そりゃまあ、海坊主って本当にいると思う、とサジ兄上に聞いた事はあったけど。 むかーーし、な。


 ごほっ。 それより海坊主だ。

 海坊主の体の両脇には羽っぽいものが一枚づつ付いているが、腕らしきものはない。 つまり元々船を海の底に引っ張り込みたくても出来ない体なんだ。 海坊主らしき所なんてひとつもないのに、なぜ海坊主と呼んだかというと海で見つけた坊主(頭に毛がない)だから。


 え? ネーミングが今イチ?

 言われなくたって分かってるよー。 でも名なしじゃ据わりが悪いだろ。 一生懸命頭を絞ったんだけど、かっこいい名前が思い浮かばなくてさ。 まあ、子供だったし。 間違っても今頭を絞ったって何も思いつけないんじゃないの、とは思わないように。

 今だったら、えーと。 シーボールドなんて、どう?

 ……言わなきゃよかったかも、な。


 あー、ともかく海坊主は鳥には見えなかった。 鳥みたいな嘴で、足には水かきが付いていたが。 体の両脇に付いている羽があまりにしょぼい。 あれじゃどんなにがんばったって空を飛べるとは思えない。 しかし陸の動物にしては見つけた場所が変だ。 あんな餌も何もなさそうな島に元々住んでいたはずはないし、一番近くの陸地から船で二日はかかる所だ。 陸の動物が生きて流れ着ける訳ないだろ。

 という事は、海に棲む動物である事は間違いない。 だけど砂浜をよたよた二、三歩、立って歩いた所を見たから魚でもないんだ。 羽っぽいのは魚のヒレのでかいやつ、と言えなくもなかったが。


 俺が子供だから何なのか分からなかったんだろうって? 違うね。 オーアバック大隊長は海に住んでいる動物、食べられる魚や海草について、とても詳しい人なんだ。 子供のおばかな質問にも面倒がらず、いろんな事を教えてくれたから、海坊主が砂浜に打ち上げられた時も真っ先に聞いた。

「あれ、何?」

「さて、何でしょう。 私も見た事がない動物です」


 俺が知らないのは不思議じゃないとしてもオーアバック大隊長が知らないなんてありえない。 海坊主はいくらも歩かない内にぱたっと倒れた。 急いで近寄ろうとしたら、オーアバック大隊長に止められた。

「若、お待ち下さい。 まず私が確認して参ります。 見た事のない動物に無闇に近寄るものではありません。 一見無害に見える動物でもどんな猛毒を持っているか分からないのですから」

「えー、でもお、ずいぶん弱っているみたいだよ」

 オーアバック大隊長の後ろに付いて近寄ってみると、左のヒレ(羽?)に怪我をしていた。 たぶんそのせいで餌が捕まえられず、ここに流れ着いたんだろう。

 試しに魚籠の中に入れてあった適当な大きさの魚を掴んで口元に持っていったら、ぱくんと飲み込む。 それで俺がその日釣った魚は全部食べさせてやった。 後で食べるつもりだったけど、一匹も釣れなかった時の為にお弁当を持って来ていたし。

「オーアバック中隊長、この傷、治ると思う?」

「傷は日にちが経てば自然に治ると思いますが。 治るまで餌をどうするか、ですね。 このヒレで魚を掴まえるのは当分無理でしょう」

 そう言われたからって、じゃ俺が何とかしてあげようとは思わなかった。 予定では後一週間で西に帰る事になっていたし、海の動物だとすると近くに海のない俺の家で飼う事は出来ない。 それに怪我をした動物を一々助けていたらいくら広い俺の家だって動物だらけになる。


 次の日、他の場所に行って遊んでもよかった。 だけど海坊主の事が気になって。 同じ場所に行ったら海坊主が砂浜に寝転がっている。 俺が現れるとずるずる這い寄り、変な鳴き声を上げた。


 ほはっ、ほはっ、

 ぶぶぶーっ、がががーっ、

 わっきゃー、わっきゃー


 何ぐずぐずしてんだ、早く餌を寄越せ、みたいな? 飼い主が餌をくれるのは当たり前だろ、と言わんばかりの態度でさ。 むっとしないでもなかったが、俺に向かって傷の付いていない方のヒレをぱたぱたさせ、わっきゃー、わっきゃー、と一生懸命鳴く。 オーアバック大隊長が俺のすぐ側にいるのに、そっちの方を見向きもしない。

 昨日俺が餌をあげた事を覚えているのかも。 だからって今日も餌をあげるのか? 懐かれたら困るんじゃない?

 迷ったけど、俺はその時まで飼い犬、飼い猫の類を飼った事がなかった。 そんな風に懐かれると、ちょっと嬉しくもあってさ。 その日も一生懸命魚を釣って海坊主に食べさせた。 そんな風に帰るまで毎日魚を釣っては食べさせたんだ。

 でも予定通り一週間で西に帰った。 その後海坊主がどうしたのか知らない。 後の事をオーアバック大隊長に頼んだりもしなかった。 そんなの頼まれたって迷惑だろ。 オーアバック大隊長だってその島にはバーグルンド将軍の護衛として行っただけで、そこに住んでいる訳じゃないんだから。 面倒なんて見てあげたくたって見れない。 無人島だから島の住民にお願いするって事も出来なかったし。

 だけどオーアバック大隊長が島の一画を利用し、岩で出口を塞いで魚が逃げられないようにした生け簀っぽいものを作ってくれた。 そこに出来るだけ沢山、掴まえた魚を入れておいた。


 次の年の夏もベルドケンプ島に行く事になり、あの砂浜に行ったらなんと海坊主が生きていた。 怪我が治って随分元気になっている。 太っていて、もう俺から餌を貰わなくても大丈夫な事は見れば分かったが、釣った魚を食べさせたり一緒に泳いだりした。

 海坊主と一緒に泳ぐのは中々楽しくて。 元々泳ぎはうまい方だったけど更にうまくなったから、いい泳ぎ友達、て感じ? 人間でもない生き物を友達と呼ぶのは正しくないかもしれないが、愛玩動物と言うよりはそっちの方がピッタリ来る。


 それから何回もベルドケンプ島に行った。 海のある場所へ旅をした時は船員や港で暮らす物知りに、黒い背中と白い腹の生き物を見た事あるか、と訊ねた事を覚えているから全く忘れていた訳じゃない。 でも南に行ったからって必ずあの島に行くとは限らなかったし、もう何年も南に行ってないから海坊主が今どうしているかなんて全然知らない。 なんで海坊主を移動させなきゃいけないんだか、さっぱり分からなかった。 本人(魚)に会うまでは。


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