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弓と剣  作者: 淳A
零れ話 III
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後見人 2

 美しい宝玉ならいくらでも見慣れている私達でさえ一斉に息を呑んだ。 ドームの下には宝石皿が置いてある。 鑑定用に使われる宝石皿で、石に少しでも呪詛が掛かっていると白く曇り、白磁の皿のようになるのだが、その宝石皿はまるで鏡であるかのように紅赤石の輝きを反射している。


 二人の側近はまず父の手元に宝石を捧げた。 父は一つ一つをお手に取り、入念に検分してから宝石皿へと戻す。 次に義母に、そして出席者全員が見れるよう、会場内をゆっくり歩き回り始めた。 音も無く動く側近の手元に会場内の視線が釘付けとなる。 皇王陛下の宝物蔵にさえこれを上回る宝玉が存在するとは思えない。 いや、世界中を探してもこれほどの紅赤石が見つかるかどうか。


 側近が会場内を一巡した所で父上はお手元の酒杯を手に取られ、満足気におっしゃる。

「ナジューラ。 疑いも無く蓄財能力第一位。 歴代ダンホフ公爵の誰と比べても恥ずかしくない成績である。 未来のダンホフ公爵にとって乗り越え難い偉業となるであろう。 本日、ダンホフ公爵家の繁栄は更に確固たるものとなった。 栄えあるダンホフ公爵爵位を有能な次代に託せ、喜びに堪えぬ。

 ナジューラ・ダンホフの誕生を祝して、乾杯!」


 私の生涯で初めて、父が誰かを手放しで賞賛した言葉を聞いた。 それは会場内の他の誰にとっても同じではなかったかと思われる。 爵位継承を明言され、晴れて次代様に選ばれたにも拘らず、ナジューラ様だけでなく義母も常に変わらぬ人形の様な表情で宙を見つめている。 ナジューラ様は売り上げが前年比横ばいであったかのような無表情で返答した。 

「過分なお言葉、深く感謝申し上げます。 今後も最善の結果を齎すべく、鋭意努力する所存です」

 この大番狂わせに我を失っていた者達から今更のように盛大な拍手が送られた。 その拍手でようやく我に返った私は席から立ち、祝辞を述べるため次代様の前へ進んだ。

「この佳き日にダンホフ公爵家次代となられました事を心よりお慶び申し上げます」


 この言葉をナジューラ様に対して言う事になると誰が予想しただろう? いや、誰がしなくても私はするべきだったのだ。 最初にこの会場を見回した時点で、どうして気が付かなかったのか。

 ここには父と義母の侍従侍女以外では、父の息子とその側近しか入れない事になっている。 なのに先々月にあったユーエンの誕生会の時より出席人数が大幅に増えていた。 資産発表以来、ユーエンの側近の数が五人増えた事は聞いていたし、会った事もあるが、これは五人や十人の増え方ではない。 新顔は全てナジューラ様に付いた側近だ。 七、八十名はいるだろう。


 商売が伸び悩んでいるという情報を信頼し、御用船が沈没したと聞いても、その経緯を調査しようと思わなかった事を後悔した。 どうせ廃嫡される御方が更に問題を起こした所で爵位の継承に変更があるはずはないと考えたのだ。 まさかこのような逆転劇が用意されていようとは。 


 小雨が窓を濡らし始めた。 私の死を悼むかのように。

 諦めるのは早いと言うのか? だが次代は当主の許可を待たずにダンホフ公爵家の者、誰であろうと命を下せる。 次代となった者が一番最初に命ずるのは何か? 家伝が伝える所によれば例外なく今までの競争相手の一掃だ。

 ただナジューラ様の場合庶子ではないので、父上のように正嫡子の兄を殺す必要はない。 庶子の兄弟は今まで通りダンホフ公爵家の末端として商売をさせておけばよいだけの事。 しかし私はそういう訳にはいかない。

「ジューラ」はダンホフ公爵家正嫡子の男子に付けられる名だ。 私の名前がロジューラなのを見れば分かる通り、私は父の先妻の子であって庶子ではない。


 私の生母は私を産んだ翌年に亡くなったが、ブルセル国王女エリアーナモアだ。 王女と言うとフィシェルズ大公令嬢である義母より格上であるかのように聞こえるが、ブルセル国の事情は少々特殊で、国の実権は昔からフィシェルズ大公家に握られている。 ダーラツ王家は単なる傀儡だ。 王と呼ばれてはいても名誉職以上の意味はない。 ブルセル国内では王女である私の母より大公家令嬢である義母の方が遥かに金も影響力もあるのだ。

 それでフィシェルズ大公家は義母上が輿入れする条件として、男子が授かった場合、私を庶子として養育する事を婚前契約書に明記させた。 ある意味、今まで私が殺されずに済んだだけでも奇跡と言えるかもしれない。 私はナジューラ様にとって競争相手というだけでなく、ブルセル国王位継承権も持っている。 今の所ブルセル国王には王子が二人いるから継承権第六位の私を殺さねばならない理由はないが。


 そもそも私にブルセル国国王になりたいという野心はない。 だがそんなものがあろうとなかろうと、フィシェルズ大公が私の暗殺を頼んで来たら義母がその依頼を断る理由もないだろう。 私を殺した所でダーラツ王家から憤慨や苦情の類が来るとは思えない。 生かしておいた所で感謝されるかどうか。

 但し、私が殺されなかった理由は父が守ってくれたからではない。 義母やブルセル国の誰かの温情で見逃されたからでもないと私は見ている。 ダンホフ公爵家が能力主義であったおかげで、私を殺そうとナジューラ様の爵位継承が保証される訳ではなかったからだ。 代々のダンホフ公爵は余程昔に遡らない限り全員庶子で、ここ数百年程正嫡男子が爵位を継承した例はない。

 フィシェルズ大公家といえどもダンホフ公爵家の庶子を皆殺しするような無茶は出来ないから、誰が爵位を継承するか分かるまで、ブルセル国との地縁を持つ私を生かしておいた方が得策と考えたのではないか。


 しかしナジューラ様が爵位を継承するとなると、その前に皇王庁へ年上の正嫡子がいない事を証明する書面を提出せねばならない。 それまでに私を分家するか、廃嫡するか、殺しておく必要がある。 私を殺せば私の資産は全てダンホフ公爵家のものとなるから普通に考えるならそれが一番あり得る選択だ。

 ニーナへは既に生涯食べていけるだけの財産を彼女名義で残しておいてある。 自分の命に関しては諦めるしかないとしても、どうすれば生まれて来る子を見逃してもらえるか、急いで考えねばならない。

 次代に抗う事が出来る御方が後見人として付いてくれるなら大丈夫だが。 ダンホフ公爵家次代に対抗出来る御方など、言うは易く、だ。 亡母の実家には何の力もない。 それはニーナの実家も同じ。

 次代に抗う事が可能という意味では父が最も有力なのだが。 血縁だろうと捨て子だろうと父にとって投資する価値があるという何かがその子になければ、どれ程私が頭を下げた所で後見人を引き受けてはくれないだろう。

 では他に誰がいる?


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