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弓と剣  作者: 淳A
胎動
340/490

出航

 ど、ど、どどど、と軍太鼓が勇ましい「皇国の栄光」の前奏を奏で始めた。


 先代陛下がお乗りになる予定のヘンセラー号と桟橋は何十もの美しい細布で繋がれていて、とてもきれいだ。 爽やかな秋風の吹く良いお天気に恵まれ、先代皇王陛下のお見送り式が始まった。

 マーシュの桟橋に停泊している南軍の護衛船の前には乗組員が整列している。 お見送りのために派遣された近衛軍儀仗兵百名に警護された皇太子殿下と先代陛下が別々の馬車にお乗りになって御到着なさった。 皇太子殿下は皇王陛下の御名代だから、先代陛下の後、更に大きな馬車に乗っていらした。


「皇国の栄光」は、いつ、誰が作曲したのかわからない古い曲だが、常に皇国軍を勝利に導く縁起の良い曲として国歌となった。 この曲を聞いていると、おーしっ、やるぜっ、どーんと来いっ、みたいな気持ちになる。

 これが先代陛下にとって最後の御旅行になる事は秘密なんだし、明るい気分で見送るのは何も不思議な事じゃない。 お亡くなりになったとしても陛下が天へとお戻りになる事を喜ぶ、という感じなんだから。 ただ参列者の数が俺の予想よりずっと少ないのには内心びっくりしていた。 滅多にない皇王族の御外遊だ。 お見送りもさぞかし派手だろうと思っていたんだけどな。


 比べたってしょうがないけど、俺がブラースタッドから出発した時でさえこれより沢山の見送りの人がいた。 と言っても、ごやごや野次馬らしき人がかなりいたが。 ここにはざっと見渡す限り、貴族とその侍従、侍女、護衛と言う感じ。 平民っぽい人は見当たらない。 ヘルセス別邸からここまでの道筋でも港町特有の観光客らしき人の姿が見えなかった。 もしかしたらお見送りの貴族以外はマーシュの町に入れないようにしたのかもしれない。

 桟橋に繋がれている船だって明らかに平民の船とわかるのはギラムシオ号だけだ。 他は全部貴族の船らしく家紋入りの船旗が翻っている。


 それにしても先代陛下をお守りする護衛船がたったの二隻。 お見送りの儀仗兵はわずか百名。 これには驚いた。 式場周辺には千人以上の兵が警備しているけど、ほとんどが貴族の私兵である事は軍服を見ればわかる。 南軍兵士はちらほら。

 いくら位を譲られたとは言っても、つい最近まで二十五万の兵を指揮されていた御方をお見送りするのに。 これってあまりにもしょぼいんじゃないの、と言いたくなる。 先代陛下が普通の皇王族になった事をはっきりさせたくて、ここまで質素にしたのかな?

 それにしては演奏する楽師は百五十人くらいいる。 皇太子殿下の舞踏会で演奏していた楽団以上の豪華版だ。 そしてリネが歌う事になっている舞台は屋外だけど、両脇には音が良く伝わるように壁が建てられていた。 今日一日使うだけのものとは思えない複雑な設計で、どれだけ気合いを入れたかが窺える。

 但し、楽団の指揮をしているのは宮廷楽団団長じゃなくマイ・クレムさんだ。 楽師も着ている服にパーガル侯爵家の家紋が入っている所を見ると宮廷楽師じゃない。

 そしてお見送りする貴族の中に公侯爵が一人もいなかった。 公侯爵の名前と顔は必死になって覚えたんだから間違いない。 どの家も次代か継嗣を参列させている。 だから参列者は若い人ばっかり。 ほとんどがどう見ても十代。 ダンホフ公爵家やヘルセス公爵家のような二十代の人は年上の部類に入る。 どんなに若くたって公侯爵家継嗣ともなれば堂々とした態度だけど。 カイザー公爵家継嗣なんて確か今年十歳じゃなかったっけ?

 リューネハラ公爵家からは公爵の妹であるミサ様が参列していた。 たぶん継嗣が余りに幼いから名代として出席なさっているんだろう。 三十代かそれ以上の人はおそらく全員名代だ。

「準」が付いている人なら本人が出席していたが。 準付きとなると退官した軍人か宮廷官吏だから、お年寄りばかり。 父上のような五十代はバーグルンド南軍将軍と護衛船の乗組員の中に何人かいるだけだ。 伯爵以下は参列していないので、サガ兄上はもちろん、甥のサムの名代も出席していない。


 本来なら俺の爵位は参列者の中で一番低いんだから末席のはずだけど、たぶんサリと一緒に参列しているからだろう。 皇太子殿下のすぐ後ろ、公爵家継嗣の前に着席している。 つまり伯爵としてではなくサリの父、準大公として出席しているのだ。

 席順がどうなっているかは中々馬鹿に出来ない。 取りあえずそこに座らせたというものじゃないし、簡単に変えられたりはしないものだから。 変えられたならそこには何か必ず理由があるんだって。 それはトビだけじゃなく親戚の皆さんからも言われた。

 そして参列者は席順に則った儀礼に従う。 下座の出席者は上座の出席者へ挨拶に行く。 上座の出席者から下座の出席者に挨拶に行ってはならないらしい。 そんな事をしたらかえって相手を困らせちゃうから。 それはブラダンコリエ先生に教えられた。

 ただ皇太子殿下はお忙しいし、式が終わればすぐ御退席になるだろうから、リネの歌に対する労いのお言葉はあるかもしれないが、俺からの長い挨拶は必要ないようだ。 それは助かるが、その代わり他の参列者が俺に挨拶に来る。 皇太子殿下なら忙しいから帰りますでもいいが、未来の準大公ではあっても正式な叙爵をされた訳でもない俺だ。 そんな事を言ったら何様って感じ。 だから全員の挨拶を受けるまでは帰ったらまずい。 態度だって偉そうにふんぞり返っていたら顰蹙を買っちゃう。 たとえ相手が子供であろうと最後まで気を抜かれませぬよう、と注意された。


 もっとも御用船の乗り換え、その後の救助活動という絶対やっちゃいけない事をした後では挨拶がどうこうより、父上を始めとする皆さんからどれほど叱られるか、そっちの方を心配しなくちゃいけないんだけどな。 船を乗り換えたのはケルパにごねられたからで、俺に言わせれば止むに止まれぬ事情だ。 でもそんな言い訳が通用するとは思えない。 そもそも飼い犬のした事なら飼い主の責任だろ。

 ナジューラ義兄上を助けた事でダンホフ公爵家からの恨みを買わずに済んだ事はほっとしているが。 なんでも南軍ではブレベッサ号沈没の知らせを受け取ったと同時に、ギラムシオ号を護衛する為、何隻もの船を出航させ、俺達の船を探しまわったらしい。 南軍に多大な御迷惑をおかけした事を式後、必ずバーグルンド将軍にきちんと謝っておく様にと父上からの伝言があった。


 じゃ、じゃ、じゃ、じゃーーーん、と腹に響く鳴り物が式の開始を告げる。 華やかな礼装に身を固めたお見送りの貴賓が一斉に礼をした。

 神官が御出発を言祝ぎ、その次に皇太子殿下が、皇王陛下からのお見送りのお言葉を贈られた。 先代陛下がお礼のお言葉をお返しになり、次にリネが歌う番となった。

 抜ける様な秋空の彼方へ、力強い歌声が「新興」を運んでいく。 

 歌が終わって先代陛下はリネを労らって下さった。 その後でお見送りの人達へ晴れやかなお言葉を下さった。

「旅立ちに際し、皇王陛下を守立て、皇国の躍進を担う者達の上に天の加護があらん事を祈るなり」  


 出航するヘンセラー号を見送りながら、今更だけど「新興」を作詞された皇太子殿下の御気持ちが気になった。 これが皇太子殿下じゃなくて他の誰かが作詞した曲ならそんなに気にならなかったと思う。

 皇王族の方々と何度もお会いするようになったとは言っても、別にお友達になった訳じゃない俺に内心何をお考えなのか分かるはずはない。 それでなくても皇王族はお人形さんみたいな無表情だ。 立ち居振る舞いだって人形師の筋書き通りに動いています、という感じ。 上級貴族以上に正直なお気持ちをお出しになっては色々まずいからだろう。 どなたにも世間から一歩も二歩も離れているような近づき難さがある。 俺とか、臣下である貴族に対してだけじゃない。 誰とでも。 皇王族同士でも。


 なのに「愛する人と巡り会う」て。 それは親に会いたいとかの気持ちを越えているような。 懐かしむと言うより熱望。 執着っぽいんじゃない? だけど俺が見た限りでは皇太子殿下はそんなに強く、再び誰かに会いたいという気持ちを持つ御方じゃないような。

 皇太子殿下と長々世間話をする気はないし、近しい訳でもないのに、どういうつもりでこの曲を作詞したのかなんて聞けないが。 この歌詞にある「愛する人」が誰なのか、何だかすごく気になる。 と言うのも舞踏会で見た皇太子殿下と妃殿下は、ただの他人よりもっと離れているみたいな感じがあったんだ。

 まさかリネが愛する人、て事はないと思うが。 だって臣下の妻なんだから会おうと思えばいつだって会える。 来いと命じればいいだけの話だ。 

 それとも、この歌は先代陛下に捧げられているんだから先代陛下の愛する人? もしかして、先代陛下が愛する人?


 そうだったらいいな、と思う。 昨日先代陛下とお会した時、先代陛下の視線には諦めと言うか、疲れと言うか。 何だか淀んだ感じがあって。 だけどサリを抱いたら微かに先代陛下の持つ雰囲気が柔らかくなって喜んで下さった感じがした。 なんとなくお気持ちが上向いたみたいな? サリを慈しむかのようにじっと見つめて下さった事が俺にはとても嬉しかった。

 皇王族には愛する気持ちを隠さなきゃいけない事情があるのかもしれない。 でも臣民の為に長年力を尽くして下さった御方が身近な人の誰をも愛さず、愛されずに生きていかなきゃいけないだなんて。 悲し過ぎるだろ。 皇王族となったら愛を知らない人達に囲まれて生きる事になるとは思いたくない。 それはサリの幸せを願う俺の勝手な願いでしかないけど。


「先代陛下、お幸せそうでしたね」

 リネの言葉に俺は深く頷いた。


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