幸運 ある御者とトビの会話
オークに襲われて逃げ切っただなんて、この村、いや、この国で俺だけだ。 もちろん、あのオーク殺しの若様を除いて、だけどよ。 あ、従者もいたか。
ま、それは、とにかく、とにかく、だ。 九死に一生。 自分の幸運はこれで使い切ったと思って荷馬車と駄馬はあきらめた。 命が助かっただけでも儲けものと思うしかねえ。
とは言ってもよ、春先に商売道具の荷馬車と馬をなくしちまったのは痛かった。 ぼろい荷馬車だって、へぼい馬だって、おまんまを稼ぐには十分だったのに。 だが改めて荷馬車や馬を買うとなると、どんなに古い荷馬車だろうと年を取って今にも死にそうな馬だろうと、まとまった金がいる。
夏中必死に働いた。 だけど荷馬車がないんじゃ大きい物を運ぶ仕事は引き受けられねえ。 日雇いの日銭だけでは食っていくので精一杯。 この冬が無事に越せるかどうかの瀬戸際だ。
こうなったら冬は皇都まで出稼ぎに行くしかねえな。 はああ。 じゃ旅費とあっちでの宿泊費はどうする? 借りるのか? そもそも貸してくれる奴が見つかるか?
かと言ってよ、この辺りで冬の仕事を探したって碌なものはありゃしねえ。 兵士になれば食うには困らねえが、俺の年じゃ入隊させてくれって言った所で弾かれる。
このまま北に居座って運良く仕事が見つかったって、薪や石炭を買う金をひねり出し、食うだけで精一杯。 馬と馬車を買う金なんか貯まる訳がねえ。 買えなけりゃ来年また日雇いだ。
俺はため息と共に旅支度を始め、売れる物は全部売って金にして、大家に来週出稼ぎに行くが春になったら戻る事を知らせた。
初雪が降りそうな頃、出発するばかりの俺の家にオークに襲われた時の従者が訪ねてきた。 なんと二十万ルークを手にして。 それを俺にくれるって言う。
「ひええ。 な、なんで、こんな大金を俺に?」
「私は本当に良い主に恵まれた。 だが振り返ってみれば、十年もの間その御方と一緒に暮らしていながらその幸運に少しも気付いていなかった。 あの時もしお前の馬車に乗っていなければ、一生気が付かないままであったろう。 そう思ったものでね。
まあ、理由など気にするな。 単なる幸運のお裾分けだ。 それにあの時助けを呼びに走ってくれたが、その謝礼をもらっていないだろう? 荷馬車も馬も失ったのに」
「いやー、ありがてえ! これで冬が越せる! それだけじゃねえ。 春になりゃ荷馬車を買って運び屋が始められるぜ。 運び屋がいる時はいつでもあっしに言っておくんなせえ。 俺が生きてる限り、ただでさあ」
「おやおや。 こりずに同じ仕事に戻ると言うのかい? せっかく命拾いしたのに。 オークに襲われる事が怖くないのか?」
「ははは。 あんな事、百年に一度あるかよ。 一度あったんだ。 後百年はねえ」
「……それ程珍しいのかい? 毎年何人もオークに殺されると聞いているが」
「そりゃ殺される奴ならいくらでもいまっさ。 オーク狩りは毎年あるし、わざわざ殺されに行く物好きな観光客もいるしで。
けど、あいつらのなわばりは俺達が襲われたとこからずーっと離れてる場所なんでさあ。 真冬に食いもんがなくなって、餌を探しにあそこら辺まで来た、て事ならあるけどよ。 夏もすぐそこ、いくらでも餌があるって時期に現れたとか聞いた事がねえ。
俺だってぜってえ大丈夫、と思ったからあの仕事を引き受けたんでがす。 それによ、冬に現われたって、せいぜいで五頭か、多くて六頭だ。 それが七頭だぜ? 七頭。 ありゃあ、まじでやばかった。 今でも助かった、てのが信じられねえ。
ほんと、人生なんざ、結局は運だよなあ」
「本当にね」
気前のいい従者は静かに相槌を打った。
「六頭殺しの若」の章、終わります。




