遺言 トビの話
この御方は、本当に。 私が全く予想もしていないやり方で人を根底から揺さぶるのだ。
退職金?
普段何かをお考えになっていらっしゃるようには見えないというのに。 遺言執行料など、一体どこでそんな言葉をお知りになったのか。 まさかこれほど明晰に人生を達観し、御自分の死後までお考えになっていらしたとは。
若、あなたはまだ十八歳なのですよ? どうして死んだ時の事までお考えになるのです。
ここで生きたい。 今はそれでいいでしょう。 ですがここに骨を埋めたいとおっしゃるだなんて。 なぜそんなにも迷いのない目で生き急ぐのです?
予想外の事とは言え、金と名誉を手中になさった。 武器や馬、家だけではない。 その気になれば地位を買う事さえ不可能ではないし、妻を娶り、子を育てる事もないとは言えないお年でありながら。 どうしてせっかく稼いだ金をまず己のために使おうとなさらないのですか?
金の使い道なら従者の退職金より先に他にいくらでもあるでしょうに。 そして、この私に向かって真面目過ぎるなどと。
真面目なのはあなたです。 あなたこそが。 従者の命を己が命であるかのように慈しみ、御自分の死後、その行く末までお考え下さる。 それを真面目と言わずして何を真面目とおっしゃるのでしょう。
私には分かっていました。 もし私が戻った時、伯爵家には既に退職願を提出致しましたと申し上げたのでなければ、きっと従者として受け入れて下さる事さえなさらなかった。
あのまま伯爵家に勤めていれば、お前ならいずれは執事になれる。 俺の従者で終わるなんて、お前の能力と人生の無駄遣いだ、とおっしゃっていたのではありませんか? そんな御方だからこそ、ますます離れられないのですよ。
ええ、ええ、離れませんとも。 だから、ほら。 その困った奴だ、という笑顔をやめて下さらないと。
胸がいっぱいになるんです。
追記
五十年後、「ヴィジャヤン伯爵家家伝」には以下のような記録が残される。
「サダ・ヴィジャヤン。 北軍第一駐屯地墓所に納骨さる」
また、執事覚え書きには、伯爵家より勤続五十年の従者に退職金を渡そうとした所、既に充分戴いておりますので、と辞退された事が記録されている。




