退職金
それにしてもこれほど貯まるとは。
オークの賞金が三百万。 父上から五百万。 甲冑代として皇太子殿下から百万。 北軍将軍から二百万。 四将軍からそれぞれ三百万、合計千二百万。 これだけで二千三百万。
トビが付けている帳面にはこの他にも様々な入金が記録されていた。
大きい所で薬屋から合計六百万。 油屋から三百万。 肉屋から百二十万。 骨屋から二百四十万。 蝋燭屋から六十万。 以上、合計三千六百二十万なり。
俺の場合、軍から俺の給金として月八万(食費とか諸経費さっ引いた残り)が振り込まれている。 トビに給金を毎月五万ルーク払う以外、大きな支出はない。 差し引き毎月三万が小遣いとして使えるが、狩りの獲物にも金を払ってもらえるしで使い切った事はない。 金は増える一方だ。
兵士と言えば酒、タバコ、博打に女だけど、俺はそのいずれもやらない。 はい、女も買ってません。 誰も俺の童貞を疑ってないとは思うけど、念のため言わせて下さい。
あ、聞かれてなかった? 恥ずいっ!
ごほっ。 そんな事はどうでもいいっ。
ともかく、北で使える武器や防寒衣料を買うのに相当な金がかかると予想していたが、結局全部ただで手に入った。 自分専用の矢を買うぐらいは大した事ない。 この後何か大きな出費があるとしたら怪我や病気で退役しなくちゃならなくなって家を買う時だけだ。
北にも邸宅はある。 でも独身の俺にでかい家は必要ない。 貯金がこれだけあれば家だって何軒か買えるだろう。 一軒は自分で住み、もう一軒か二軒買ってそっちを貸家にすれば現金収入になる。 これで退役後の心配をしなくてもよくなった。
それで俺はトビに、取りあえず自分用の別口座を作れ、と言った。
「もし俺に何かあったらこの金は全部伯爵家に行く。 伯爵家は兄上の代になった。 まあ、お前に何も寄越さないって事はないと思うが。 最初から別にしておけば面倒がないだろ。 一千万を退職金として受け取っておけ」
一千万と聞いてトビが目を見開いた。
「若、それは。 いくら何でもあまりに法外。 私は伯爵家にはともかく、若にはお仕えして一年未満なのですよ? それ程の大金、戴けません」
トビの事だから遠慮する、て事は予想していた。 それでもこれに関して譲る気はない。
「オークに襲われたあの時、お前がいなかったら助からなかった。 だから俺の命代と思え」
「何をおっしゃる。 若の命を救ったのは」
「北の猛虎に出会う前に、俺、諦めていたと思う。 矢なんかどうせ当らないって。 お前がいたからがんばれたんだ。 俺のわがままで、ここまで連れてきたお前を死なせる訳にいくもんかって」
トビは信じられないという顔で俺を見ている。 だけどほんとだぜ。
「それとな。 俺が死んだら骨は西に持って行くんじゃなく、ここに。 北のどこかに埋めてくれ。 一筆書いておくけど、誰かにごたごた言われるかもしれないから。 遺言執行料を含む、だ。 えへへ」
笑って誤魔化したけど、いつ死ぬか分からないのが兵士だからな。 ちゃんと言っとかないと。 別に死んだらどこに埋められたって本人には分からない。 どこだっていいと思わない事もないんだが。 俺にとって北が新しい故郷だ。 ここで生き、ここで死ぬ。 ならここから動かされたくない。
伯爵家だと埋葬一つをとってもしきたりとか色々あるし、父方祖父母の葬式と埋葬を見て思ったんだ。 あそこは北軍の友達が訪れるには遠過ぎる。 墓まで来てくれるのは伯爵家の奉公人だけになるだろう、て。
「あとさ、まあ、次なんてないとは思うけど。 もしまたオークに追っかけられる事があったら、すぐに逃げるんだぞ。 お前はちょっと真面目過ぎる」




