誕生祝賀会
出産で命を落とす女性や生まれてすぐ死ぬ赤ちゃんが多いから、お生まれになったのが第一皇王子殿下であっても出産直後に大きな祝賀行事が行われる事はない、とエナが教えてくれた。
唯一行われるのが言祝ぎの儀式。 皇王城内の神域は政を司る本城と皇王族御一家がお住まいの後宮の間にある。 そこに御典医付き添いで、お生まれになった皇王子殿下、皇王女殿下お付きの乳母が抱いて連れて行く事になっているのだそうだ。
出産直後の場合はそれだけで終わる。 でも一歳のお誕生日から言祝ぎの儀式の後でお誕生日を祝う宴会が開かれるようになる。 そして第一皇王子殿下の場合、年を重ねる毎にお祝いの規模が大きくなっていく。 とは言っても、多数の臣下や外国の客を招待した派手なものは皇王陛下と第一皇王子殿下だけで、皇王妃陛下や他の皇王子殿下、皇王女殿下のお祝いは親戚やお気に入りの方々を招待しただけの、ごく内輪のお祝いとなるらしい。
サリの言祝ぎの儀式の前日にサジ兄上夫妻が無事到着なさり、第一皇王子殿下からサリへの贈り物を届けて下さった。 それは赤いお花のかわいい刺繍が付いている服だった。 さすが殿下からの贈り物と言いたくなる豪華絢爛な仕上がりで、目を奪われた。 もっとも九月に三歳になる殿下が御自分で選んだはずはないんだけどさ。
こんなに豪華なのに赤ちゃん用の寸法だから来年も着るのは無理。 どれだけ手がかかっているのか見ただけで分かる。 一回着ただけで終わりにするのは勿体ないので、もしサリに妹が生まれたらこれをお下がりしてもいいかとエナに聞いてみた。
「いいえ、それは許されておりません。 殿下からの贈り物に限らず、皇王室より戴いた物は全て貰った人だけの物です。 盗んだりしたら罪に問われるのは当然ですが、たとえ貰った本人であろうと他人に譲ってはならない決まりになっております。 譲る相手が家族でも実子であっても変わりません。 これには貸す事や売る事も含まれておりますので御注意下さいますように」
ほーんと、面倒くさいったらない。 宝石でもあるまいし、子供の服くらい融通利かせたっていいんじゃないかと思うけど。 でもこのしきたりは、昔あった贈り物を巡る血で血を洗う争いから生まれた教訓で、同じ悲劇を起こさないためのもの、貰った人の命を守っているのです、と言われては従うしかない。
ところで第一皇王子殿下の場合、一歳のお誕生日には言祝ぎの儀式の後、更に御髪揃えの儀と呼ばれる儀式があり、その後臣下を呼んだ誕生祝賀会が開かれる。 その次の年はお立ちの儀、その次はお声掛けの儀、と御成長にあわせて毎年なんだかんだあるんだって。
オスティガード第一皇王子殿下の三歳の誕生祝賀会は九月に行われる。 サリは婚約者として招待される権利があるらしい。 だけど皇王陛下の御配慮があり、サリが五歳になるまでは御遠慮申し上げてもよい事になった。
それは有り難いが、その年、殿下は七歳となる。 その辺りから祝賀会は一段と気合いが入ったものになるようだ。 先の事とは言え気が重い。
普通なら、どんなに上級貴族であっても子供が登城する事なんてない。 その例外が皇王族の婚約者とお遊び相手だ。 サハラン前近衛将軍が先代陛下のお遊び相手として登城するようになった時、二歳になっていなかったと父上から聞いた事がある。
一歳や二歳なら多少の無礼は許されるだろうが、五歳辺りになると儀礼をある程度知っていないとまずい。 五歳どころか今でも知らない事だらけの俺の子供に、ちゃんと儀礼の習得が出来るんだろうか? 今では頼りになるブラダンコリエ先生とエナが付いているから何とかなるような気もするけど。
ところで皇王子殿下の婚約者が皇国内の女性の場合、誕生祝賀会をする事が許されているとトビが教えてくれた。 そんな会があったなんて俺は今まで一度も聞いた事がないが、それはほとんどの皇王子殿下が外国の王女と御結婚なさったからのようだ。 かなり昔に遡らないと皇王子殿下の婚約者の誕生祝賀会が行われた記録はないとトビが言っていた。
「それなら別にやらなくたっていいだろ。 呼ばれて嬉しい人ばかりでもあるまいし」
「それどころか呼ばれて嬉しい人ばかりと思われます」
「ええー? 御祝儀とか贈り物付きで、こんな北の果てまで旅して来なくちゃいけないのに? 有り難迷惑なんじゃない?」
「貴族にとってこの種の御招待に応えるのは先行投資とも言えるもの。 おそらくここぞとばかりに贈り物にも気を張る事でしょう。
御本家ならともかく、北方伯家は新興貴族。 代々に渡る深い姻戚関係はどこの貴族ともまだございません。 今の内に顔つなぎをしておいて、あわよくばいずれお生まれになるサリ様の御兄弟との御縁組みを、と誰もが考えるはずです」
そう言われてげんなりした。 まだ生まれてもいない子供との結婚目当てかよ。 増々やる気が失せた。
そりゃ俺はもっと子供が欲しい。 その子にしっかりした婚約者がいれば安心だ。 そうは言っても生まれた子供の気持ちってものがあるだろ。
せっかくちやほや育てられても婚約者がもういるから好きな人とは結婚出来ません、だなんて。 たとえ自分に好きな人がいなくたって親が決めた婚約者と反りが合わなかったらどうするのさ。
その時は婚約破棄すればいいのかもしれないが。 世間に婚約破棄がないとは言わないけど、破棄したい方はかなりの金を払う事になる。 その金がないなら結婚するしかない。 それから何十年あるか分からない人生を嫌いな人の顔を見て暮らすの? 俺だったらぐれるね。
親が決めた婚約者だからって会う前から不幸になると決めつける事はないだろうし、俺みたいにいきなり会って好きになる事もないとは言えないけどさ。 それに貴族なら本邸の他にいくつも別邸がある。 年に一回夫婦として陛下へ御挨拶に伺う以外はお互いの顔を見ずに暮らす事だって出来ない事じゃない。 とは言っても相性なんて結局本人同士が会ってみなきゃ分からないもんだろ。 親としては結婚相手くらい自分で選ばせてあげたい。
ただサリにはそんな自由、最初から許されていない。 遠い将来、好きな人と幸せな結婚をする弟や妹を見て、あの子達には許されているのに私に許されなかったのはなぜ、と聞いたりしないだろうか?
不甲斐ない父は、ごめんねと謝るので精一杯だ。 だからってサリの弟や妹に、サリには許されていないんだからお前達も我慢しろとは言いたくない。
下手に婚約を迫られたりしない為には、そんな機会は最初から作らないのが一番だ。 それでなくても質実剛健(別名貧乏とも言う)が売りの北方伯家。 派手な誕生祝賀会なんてする必要はない。
身内なら呼んでもいいかな、とは思った。 父上母上を始めとして、みんな呼ばれたら喜んで来て下さるだろう。 俺と喜びを分かち合う為に。 子供の誕生日に一番嬉しいのは本人じゃなくて親なんだ。
でも身内と一口に言っても俺の父上母上は呼ぶのに、リネの父上母上は呼ばないの? しかしリネの父上と母上、そしてリノ義兄上夫妻は血縁と言っても平民だ。 呼ぶとなったら準皇王族のサリに会うには何かと踏まねばならない手続きがある。 それはどうする訳?
兄弟は? 夫婦で呼ぶ? ライ義姉上、ユレイア義姉上にだって親兄弟がいる。 みんな呼ぶの?
それに俺の義兄弟である師範とレイ義兄上を呼ぶなら、ヨネ義姉上の弟だって呼ばないのはまずいんじゃない?
ユレイア義姉上には同父母の兄弟は兄上お一人しかいないと聞いているが、正嫡子の異母兄が一人と、すごい数の庶子がいるらしい。 兄弟姉妹は正嫡子に限るとか? それとも庶子を含む?
俺の兄弟だけじゃない。 母上の兄妹であるジョシ子爵とオスタドカ準公爵夫人には子供の頃かわいがってもらった。 伯父叔母や従兄弟はどうする?
とまあ、一口に身内と言ってもどこで線引きするかによってかなりの数になる。 今まで皆さんに何かとお世話になっているだけに、こちらを呼んであちらを呼ばないのは心苦しい。 かと言ってどこかで切らなきゃ大宴会になってしまう。
それで結局サリの誕生日には誰も呼ばない事にした。 どうせこんなちっちゃな子に誕生祝賀会の意味が分かる訳はない。 お祝いは一緒に住んでいる家族だけでする事にして、サリの誕生祝賀会はやらない事、贈り物の類は全て遠慮する事を親戚一同に知らせておいた。




