報告
「止ん事無き筋より、ヴィジャヤン大隊長との御面会の御希望があったとの事」
翌週の会議でジンヤ副将軍が取りあえず分かった事を将軍へ御報告なさった。 それによると、どうやら皇王族のどなたかが俺に会いたいとおっしゃった。 その御希望が中央祭祀長を通して神官に伝わり、それを叶えて差し上げようとがんばるあまり、誘拐という極端な手段を取った、て事らしい。
何しろ後宮にお住まいとなると日常の制約が色々あり、会いたい人に会いたい時会えるというものじゃない。 祭祀長に会うのだって、あれだこれだの手続きがあるのを見ても分かる。 それでも神域なら祭祀長か神官に呼ばれれば入れるが、後宮は呼ばれたからって男性が入れる場所じゃない。 後宮にお住まいの女性の場合、まず御自分が後宮の外へのお出掛け許可をもらわなくちゃいけないのだ。 医者か後宮の警備をする近衛兵なら男でも入れるけど、俺はそのどちらでもないから。
そして皇王族の女性が後宮から外出なさるにはちゃんとした理由がいる。 舞踏会なら一番簡単で、特に皇王室主催のものなら出席する方が当たり前なんだから許可は必要ない。 だけど俺は皇太子殿下の舞踏会には仕方ないから出たが、それ以外は全部お断りするつもりでいる。 年中何回となく催される舞踏会やお茶会の全部に出席し始めたら切りがないし、それでなくても皇王陛下主催の新年舞踏会は外せないんだ。 年二回も舞踏会に出るだけでも億劫なのに、この上もっとだなんて。 勘弁して下さい、と言うのが本音だ。
ここで金の事を言いたくはないが、どこかに行くのって、ただじゃないんだぜ。 俺の場合新年及び皇太子殿下の舞踏会はどちらも将軍と一緒に出席しているおかげで護衛扱いしてもらっている。 つまり旅費は北軍が負担してくれているし、結婚式に出席するとかの私用でもサリが準皇王族のおかげで公費扱いとなっているから給料を使い果たさずに済んでいるけど。 そうでなかったら一体どれだけ金を払う羽目になったか計算する気にもなれない。 トビに聞けばすぐに数字が出て来るだろうけどさ。
実は、イーガン駐屯地への出張旅費だって、ついでに領主として自領の仕事もやっているのに全額北軍に負担してもらっている。 幸い思ったより早く岩塩が手に入るようになり、それを市場に出回っている塩より安く北軍に納入できるようになったから北軍にも悪い事にはなっていない。 それで誤魔化しちゃっているけど。 ちょっと後ろめたいが、旅費を払おうにも自分でやった事がないからどう手続きしたらいいか分かんないんだ。 かと言ってものすごい勢いで書類を片付けている部下に、ついでに返納手続きもしておいて、なんて頼めないし。
そっちこっちに出掛ける事自体は嫌な訳でもない。 舞踏会に出れば噂も手に入るし、商売の種になる事もある。 領主なら皇王族に招待されたら喜んで出席すべきなんだ。 ただ俺は父上のように話術が得意でも商売上手でもない。
それに有名になったおかげで、そっちこっちから御領地で商売をさせて下さいといろんな商人が来ている。 今の所俺の領地からの産物には全部買い手がついているから買い手を探したい訳でもないのに皇王城まで出掛けるなんて。 単なる金の無駄遣いだろ。
ところで宮廷には舞踏会の他にも様々な公式行事がある。 将来サリが出席する事になると思われる行事をエナとブラダンコリエ先生から教えてもらったが、季節行事、信仰行事、外交行事など、全部合わせたらそれこそ毎日のように何かあるのだ。 新年の御前試合みたいに有名なやつなら俺でも知っていたけど。
だから皇王族の女性だって後宮から出られないという訳じゃない。 でも公式行事はほとんど誰がいつ何を言うかまで決まっている。 そのうえ周りは女官と護衛で固められているんだ。 たとえ俺が出席したとしてもお顔を拝見し、御挨拶申し上げるだけで終わるだろう。
それ以外のお出掛けとなると、皇王妃陛下の御意を承った女官長が許可しなければ、願い出たのが皇太子妃殿下だったとしても叶わないんだとか。
まさか、カールポールが占った女難って、これ?
おい、おい。 じゃあ、ケルパ神社のお祓いは効かなかった、て事?
うーん、それとも誘拐されずに済んだのはお祓いのおかげなのかな?
そんな感じがするよな。 マッギニス補佐の傘とベルビバッケンの大活躍はあったけど、いくら師範でも真剣相手じゃ一つ間違えば、だった。 おまけに神域内での大立ち回りだったのに、こっちへのお咎めは何もなくて済んだから。
いやー、あの時すぐお祓いを頼んでおいて助かったぜ。 安くても効果抜群のお祓いだなんて、リスメイヤーの疲労回復剤みたい。 ちょっと得した気分だな。
ともかく皇王族が命じた事なら誰の命令か分かったとしても処罰する事は不可能だ。 皇王族が臣下の誰を誘拐しようと殺そうと罰せられる事はない。 理由を問われる事さえないだろう。
それって、もし師範やベルビバッケンがあの時殺されていたら、単なる殺され損、て事?
えーーっ、何、それ。
下手な事を言ったら不敬罪になる相手に、大っぴらに文句を言う訳にはいかない事くらい知っているけど。 俺はむかむかしちゃって発言しないではいられなかった。
「刺客の剣はどれも刃を潰しておらず、殺気全開で師範に襲いかかってきました。 しかも大人数であるかのように見せかけるための人形まで使って。
場所が場所なだけに刺客の剣を拾って応戦したら、それだけで師範は罪に問われたはずです。 結局剣を使わず刺客を全員倒せたんだし、いいじゃないか、なんて俺には言えません。
俺の誘拐が目的だったとしても、どうして師範を殺さねばならないのでしょう? 師範を失う事が北軍にとってどんな打撃となるか、皇王族の御方は御存知ないのですか? 御存知ないのでしたら、このような事が二度と起こらない様、奏上せねばならないと思います」
会議室がぴんと張りつめた空気に包まれた。 あれれ。 俺、言い過ぎた?
で、でもお。 間違った事は言ってないよな?
将軍お一人の御決断で何かを奏上する事もあるだろうけど、軍としての希望を奏上するのは、軍の現状や陛下から命じられた事を遂行した結果を奏上するのと訳が違う。 大隊長の全員か、少なくともそのほとんどが同意してないと将軍が奏上なさる事はない。 それはマッギニス補佐から説明されていた。 だから普通は発言する前に他の大隊長の同意か、少なくとも反対はしないという言質を取ってから発言するように、て。
俺は他の大隊長が師範や俺の事をどう思っているのか知らない。 だけどここでちゃんと奏上しておいてもらわなきゃ似た様な事がまた起こるかもしれないだろ。 そして次に起こった時にも無事切り抜けられるかなんて誰にも分からない。
外国から襲われるならまだ諦めもつく。 でも身内とも言える皇王族から襲われる事だけは勘弁してもらいたい。 俺の身を守った事が原因で師範が罰せられるだなんて。 考えただけで我慢出来ない。
すると怖い顔をして発言を求めた大隊長が何人かいたが、将軍は掌を軽く上げてそれを制止し、おっしゃった。
「北の猛虎は北の守り。 大峡谷に虹を掛けた弓と共に並び立ち、サリ様の御成長を見守るに相応しき剣、との有り難きお言葉は、既に陛下より頂戴してある。 故に皇王族の皆様も先刻御承知の事、と早合点したのは私の誤ちであり、即座に正す。 以上だ」
そのお言葉をもって会議が終了した。




