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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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オーク

 びゅん

 鞭がしなる。 だが打たれなくたって馬も必死だろう。 哀しいかな、荷馬車用の駄馬だ。 駿馬の速さでもなけりゃオークから逃げきるなんて無理。

 捕まれば食われる。 いーやーだあああ。

 どうすりゃいい? 剣の腕は大した事がない俺だ。 それに一応剣を持って来た事は持って来たが、俺の剣じゃオークの皮は硬すぎて切れない。 なにしろあいつらの皮を使って甲冑が作られるぐらいだ。

 しかもオーク用の特殊な剣を使ってさえ切れる場所が限られている。 俺がオーク用の剣を持っていたとしても太刀打ち出来たとは思えない。 なのにそんな化け物が七頭も! 群れをなして俺達を追いかけて来る。

 北で狩猟を楽しむつもりだったから弓矢なら持って来た。 弓の腕なら少しは自信がある。 だけどこの弓は鴨や兎を狩るための中距離用だ。 こんなへなちょこでオークを倒せる訳がない。

 ただオークはでかい口を開けて走っている。 俺のなまくらな弓で倒すとしたらあの口に命中させるしかない。

 がたがた揺れる荷台から全速力で走るオークを狙って?

 当たるかよ。 だけど当たらなければ食われる。 こっちも必死だ。

 

 バシュ! なんと二本目の矢が先頭の奴に当たってくれた。 ぐわああ、と大きく叫んでオークがのたうち回る。

 まぐれでいい。 とにかく当たってくれ。 死にたくない! 北の猛虎に会うまでは。 せっかくここまで来たのに。

 汗が弾ける。 拭っている間もない。 後六頭。 天に祈っている暇さえないが、それでもなんとか二頭目を三矢で仕留め、三頭目を五矢で倒した。

 追いつかれる前に倒さなきゃ。 だけど矢に限りがあるから無駄打ちにならないよう気を付けないと。 どうか、どうか、間に合ってくれ。

 四頭目。 くそっ。 あせっているせいか、なかなか当たらない。 生まれてこのかた飛んでいる鳥を射ち落とす時さえ滅多に外した事がないこの俺が。

 落ち着け。 落ち着くんだ。

 息があがり始めたけど、なんとか八矢目で四頭目を仕留め、五頭目を四矢で、六頭目を五矢で倒す事が出来た。 残念ながら持って来たのはたったの三十矢。 残りはあと三矢しかない。 

 間に合うか? まだ最後の一頭が残っている。 ぜいぜい息があがって、もう弓を引き絞るのさえ無理。 けど弓なんて触った事もないトビに俺の代わりをやらせたってかすりもしないだろう。

 びゅん。 後少しの所で外した。

 びゅん。 びゅん。 そこで矢が尽きた。

 がしっとオークの腕が荷馬車の端を掴む。 馬車を止められ、俺達はすぐさま荷台から飛び降り、一目散に駆けだした。

 ひーーん、、、

 がう、がーーぐっ、ぐっ、

 馬はかわいそうだが、オークが馬を食べている間に逃げきれれば俺たちは助かる。 何分で食べ終わる?

 他のオークは全部倒した。 馬一頭食べたら腹が膨れてくれるかも?

 とは言え、しょぼい馬だ。 足りなかったら? ここまで来れば駐屯地も近いと思うけど。 

 後五キロ? 十キロ? 分からない。


 全速力で走ったせいで俺は二十分もしない内に息切れし、これ以上走るなんて無理という有様になった。 崩れ落ちる俺の腕をトビが掴んで立たせようとする。

「若! ここで留まる訳にはまいりません。 もう少しがんばって下さい。 間もなく駐屯地が見えて来るはずです!」

 俺は首を振った。 

「ト、ビ。 ……はあ、お、まえ、は。 ……あ、先、に、行け」

「何をおっしゃる。 若を置いて先に行ける訳がありません」

「いや、おまえは、はあ、足だけは、俺より、速い、から。

 はあ、お前が、先に、行って。 た、助けを、呼んで、こい」

「助けを呼ぶなら御者がもう先に行っております」

 俺はヴィジャヤン伯爵家の家紋付き指輪を外し、トビに渡した。

「助けが、もし、間に、合わなかったら、父上に、これを。

 さっさと、行け。 これは、命令だ!」

「私の主は旦那様です。 旦那様より若のお側を離れるなと命令されております。 これはお預かりできません」

「ここまで、おまえを、はあ、連れてきた、責任は、俺に、ある。 お前まで、ここで、一緒に、死ぬ事は、ない。 今なら、まだ、きっと、大丈夫だ。 走れ!」

「若が走れないなら若を背負って走るまでです」

「な、なに、ばか、言ってる。 そんなの、出来るわけ」

「若、私は死ぬまでお側を離れません。 四の五のおっしゃるだけ無駄。 速足で結構ですから何とかがんばって下さい。 追いつかれたら追いつかれた。 その時諦めればよいだけの事。 一人より二人の方がまだチャンスがあります!」


 オークに追いつかれたら俺程度の剣じゃ通用しない。 二人いたとしてもオークの餌が増えるだけだ。 トビも一応小さい剣を持って来ているけど、トビは武術の類を習った事はない。 賢いトビなら万に一つも助かる見込みはないって事、分かるだろ。

 真面目な奴とは知っていたが。 俺は内心呆れた。 ここで俺と一緒に食われたって無駄死にって事ぐらい、どうして分からない?

 トビは大人びているから俺よりずいぶん年上に見えるが三つしか離れていない。 父上に勤勉と明晰なのを見込まれ、俺の側付きとして今回の旅に付いて来た。 父上の信頼に応えたいという気持ちは分かるけど。 この命の瀬戸際に。 時と場合を考えろよ。 とは思ったが、口を動かすだけで疲れる。 何も言わなかった。


 追いつかれない事を祈りながら何とか少しでも先へと足を動かしたが、俺達の祈りなんてオークの知った事じゃない。

 ど、ど、ど、、、

 最後の一頭の足音が後ろから近づいて来る。 追いつかれた。 

 俺とトビは迎え撃とうと剣を構えた。 

 ぐおおお、、、

 間近で見るオークのでかいこと。 俺とトビは左右に分かれ、隙を狙おうとした。 オークが右腕を大きく振りかぶる。 

 ザン!

 突然一つの影が横から現れ、オークに襲いかかった。 それがオークの右脇から上に向け、鮮やかな一太刀を浴びせる。

 があああ、があああ

 傷付けられ、怒り狂ったオークの目標が新しく現れた敵に移った。 

 ぐぐぐぐ、ぐぐうう、

 無傷の左腕を振り上げ、剣士をなぎ倒そうとする。 その隙を狙った剣士の一太刀が左脇に決まった。 

 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ、

 剣士はそこでオークから逃げる様子も見せず、転げ回るオークを追いかけ、顎の下に止めを刺しに行った。 手負いのオークの最後の抵抗を物ともしない剣士の一撃が振り下ろされ、オークの断末魔が辺りに響き渡る。

 あっけにとられて見ている俺達の前に見事な体躯の剣士が近づいて来た。 いくら近づいて来るオークのせいで後ろにばかり気を取られていたとはいえ見晴らしの良い原野なのに。 全然気付かなかった。 身を隠せる場所なんてどこにもないだろ。 一体この剣士はどこから湧いてきたんだ?

 足ががくがくする。 走りすぎたためか、ほっとしたのか。 ともかく、ともかく、助かったんだ。 

 お礼を言おうと改めて剣士の顔を見たら北の猛虎がそこにいた。

 これってまさか、会いたい会いたいと思い過ぎたせいで見えた幻覚、じゃないよな?

「怪我はないか?」

 俺はなんとか首を横に振って応えた。 声が出ない。 

 彼はぴーーーっと鋭い口笛を吹いた。 それに応じるかのように遠くから馬の蹄の音が聞こえてくる。 馬に乗った北軍兵士が三人、駆け寄ってくるのが見えた。

 灰色の髪の兵士が俺に向かって聞いた。 

「怪我人は?」

 息があがって答えられない俺に代わり、リイ・タケオが短く、ないと答えてくれた。 茶髪の兵士がオークの死骸を指して聞いた。

「これが最後か? まだいるのか?」

 リイ・タケオが俺に向かって訊ねる。

「こいつ以外、何頭見た?」

 それに六頭と答えたいが、口が動かない。 トビが代わりに答えてくれた。

「六頭です。 全部、若の矢が仕留めました」

 トビ、お前はすごい。 すごいぞ。 分かっているのか? この剣士こそ、かの有名な北の猛虎。 生リイ・タケオに、今、話しかけたんだぞ、と軍対抗戦を見た事がないトビに教えてあげたかったが、喉がひっついてしゃべれない。

「ふうん。 ならそこら辺に散らばっているんだろう。 おい、回収班全員に招集をかけてくれ」

 リイ・タケオの命令に赤毛の兵士が応と頷き、駐屯地に向けて駆け出した。 灰色の髪の兵士が言う。

「すげーな。 六頭って。 しかも、矢? 歴史に残る快挙だぜ」

 リイ・タケオが俺に向かって訊ねた。

「どうやって倒した? 二人だけで仕留めたはずはないよな? それとも他の奴らはみんな殺されたのか?」

 せっかくリイ・タケオと直に話す機会が訪れたというのに俺の声はまだ戻らない。 くそっ。 声よ、戻れっ。

 俺の声が出ない事に気付いた茶髪がトビに聞いた。

「俺の名はオダ・スリカンスだ。 お前達の名前は?」

「さ……」

 名乗ろうとはした。 だけど声が、自分の声が聞こえない。 憧れの生リイ・タケオを前にして。 かっこ悪い……。 せめてびしっと挨拶ぐらい、名前を覚えてもらえるチャンスなのに、と考えたのが最後。

 空白が俺を包んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 若とオークの攻防、まるで映画を観ているような臨場感。 この「オーク」を読んで 「弓と剣」のファンになりました。 特に もう自分の最期かもしれない場面。若がトビを逃がそうとした会話で二人の人間…
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