刺客
祭祀長のお住居から門へ向かう途中、入り組んだ道の曲がり角のひとつを曲がった途端、お面を付けた神官が俺達の前に立ち塞がった。
「ヴィジャヤン大隊長、騒がずこちらにおいで下さい。 声を上げればタケオ大隊長のお命を頂戴致さねばなりません」
先頭の神官がくぐもった声で俺を脅した。 指し示す先には蓋が開いているお棺が置いてある。
ちょっとー、冗談は勘弁して欲しいんですけど、と言いたくなったが相手は十六人いる。 しかも全員抜き身をぶら下げているんだ。 少なくとも冗談でない事だけは確かだ。
神域内で帯刀が許されているのは警備兵だけ。 しきたりを破れば死刑になる。 それはたとえ彼らが本物の神官だったとしても例外じゃない。 俺でさえ知ってる事なんだ。 神官の服を着ている相手が知らないはずはない。 つまり死を覚悟してやっている事になる。
ただ神官の衣は着ていても偽神官だろう。 そう思ったのは不気味なお面で顔を隠しているからじゃない。 先頭の神官を始めとして隙が全く感じられないんだ。 相当腕が立つ剣士と見ていい。
俺は神官の人達の事は親しく知らないが、数が少ないだけに皆さんとお会いした事がある。 神官の衣を身に付けていなければ宮廷官吏か上級貴族と思っただろう。 誰かを守ると言うより守られる事に慣れている御方ばかりで、剣の嗜みがある人特有の、透明の壁で囲まれているみたいな近寄り難さを持っている御方なんて一人もいらっしゃらない。
と言っても俺が知っているのは北軍にいる神官だけで、他の軍にも神官はいるし、勿論皇王城内にも沢山いる。 中には剣豪もいるのかもしれない。 でも俺達の目の前にいるのは師範に負けない立派な体格で、どう見ても傭兵だ。
神域のど真ん中で刺客に襲われるだなんて。 あんまりな出来事で信じられない。 悪夢のど真ん中に放り込まれたようなもんだ。 どんなに強そうな相手であろうと、一対一、いや、四対一までなら、師範を倒せるものならやってみな、と笑いとばしてやったが。 十六人に一斉にかかられたら、どんなに師範が強かろうと無理。 力量に関係なく数で負ける。 弓矢が手元にない丸腰の俺では何の助けにもならないし、ベルビバッケンだって傘一本。 真剣相手じゃひとたまりもない。
しかも前は塞がれ、後ろは祭祀長のお住居。 祭祀長を煩わせる事はどんなに火急の事態であろうとやってはいけない事になっている。 俺は許されるかもしれないが、師範とベルビバッケンも許されるかどうかは分からない。
それに神域の中でもこの区画は最奥だ。 祭祀長のお邪魔をしない様、限られた者しか入れないようになっていて警備兵さえ常駐していない。 祭祀長のお宅に助けを求めに走った所で、祭祀長とワスムンド神官のお二人しかいないんだ。 祭祀長のお住まいに武器が置いてあるとは思えないし、取りに行っている暇もない。 ここは諦めて素直に相手の言う通りにするしかないだろう。
俺がお棺の方へ進もうとしたら師範がすっと腕を出して俺を押し止め、自分の後ろへ、ぐいっと押し戻した。 そして後ろにいたベルビバッケンに向かって掌を開ける。 ベルビバッケンは手にしていた日傘の中棒に仕込んであった直径二センチの鋼の棒をすっと取り出し、師範の手に握らせた。
この日傘はマッギニス補佐が考案した。 皇王城や神域など、武器の持ち込みが禁止されている場所はいろいろある。 そんな場所へ持って行っても不自然ではなく、しかも武器になる物を実家に特注してくれたのだ。
ちょっと見にはターコッタのお父さんが作ってくれた日傘そっくりだが、外筒、親骨、受骨のいずれも鋼で出来ているというすぐれものだ。 広げると北方伯家の家紋まで入っているという芸の細かさ。 初めて見た時には感動して、つい傘を振り回して踊っちゃった。
俺が振り回したって大した脅威にはならないが、師範が操る仕込み棒は目にも止まらぬ速さだ。 相手がどんなに凄腕の傭兵だろうと立派な剣を持っていようと、あの速さに勝てるもんか。 それに刺客は神官の衣を着る為に甲冑を身に付けていない。 かなりの数を一瞬の内に気絶させる事が出来ると思う。
とは言っても所詮は棒。 刃がないから切れないし、太い訳でもないから真剣を受け止めたらぽっきり二つに折れる。 いくら師範でも棒一本で十六人倒すなんて出来る訳がない。
だけど後ろにいる刺客をよくよく見たら、目がただのガラス玉の奴がいる事に気付いた。 十五人いるように見えるが、十体は人形だ。 俺は師範とベルビバッケンに囁いた。
「生きているのは先頭の奴と後ろの五人。 みんな両脇に人形を立ててる」
それを聞いて師範がベルビバッケンに囁いた。
「お前はサダを守る事だけを考えろ」
そう言ったかと思うと、地を揺るがす猛虎の咆哮が師範の腹の底から噴出した。
おおっ。 大咆哮だっ!
御前試合の大会場を揺るがした猛虎誕生の大咆哮が、まざまざと蘇る。 絶体絶命と言っていい状況なのに、俺の心が奮い立ち、胸が喜びで震えた。 初めて聞いた、あの日のように。
日頃師範の罵声と雄叫びを聞き慣れている百剣でも、この大咆哮には心底びびると言う。 でも敵前なら別だ。 これほど俺達の勝ちを約束してくれるものは他にない!
師範が先頭の偽神官に向かって遮二無二突き進む。 まるで体当たりを食らわそうとしているかのようだが、偽神官の剣が振り下ろされる前に師範の鋼棒がそいつの首根っこに決まった。
びしっと肉を打つ鈍い音がして刺客は地に崩れ落ち、それっきりぴくりとも動かない。 後ろにいた奴らは一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐさま立ち直り、一人が正面、二人が師範の両脇から切りかかってきた。 師範の鋼棒が、ひゅんひゅん風を切る。
最後列にいた二人がベルビバッケンに襲いかかって来た。 ベルビバッケンが傘を振り回して果敢に応戦し始める。 傘は中棒の芯を取り出したから空洞だけど骨が全部鋼で出来ている。 閉じて使えば剣を受け止めても簡単に折れたりしない。
石突きが鋭く尖っていて剣より長いし、ぶんぶん唸り声を上げる傘に、相手はたじたじ。 しかしさすがに傘じゃ相手を倒せない。 突きを決めようとして動きを止めた途端に、もう一人にやられる。 何とか師範が来てくれるまで時間稼ぎするしかないが。 凌いでくれるか?
ベルビバッケンがうまく二人の刺客を足止めしている内に師範の鋼棒が二人目の刺客の小手に決まり、剣を叩き落とした。 すかさず面を決めたのが見える。
それからは早かった。 師範の鋼棒が三人目の胴を突き、四人目の首筋に決まる。 どちらも地にうずくまって動かない。 師範はベルビバッケンが相手をしていた残り二人に立ち向かい、どちらにも碌に剣を使う隙を与えず、あっと言う間に倒した。
師範が鋼棒を傘に戻した所で門の所に詰めていた警備兵の内の四人が駆けつけた。 ここから神域の入り口までかなりあるが、師範の咆哮はそこまで届いたのだろう。 相当急いだらしく、先頭の警備兵が息を弾ませながら叫ぶ。
「如何なさいましたっ?」
そこにお面を付けた神官が剣を握って倒れているのを見て驚きを隠せないでいる。 おまけに不気味な人形が十体も突っ立っているんだから。
滝のような汗を流し、ぜいぜい息の上がっている師範とベルビバッケンの代わりに俺が答える。
「偽神官に襲われた。 この刺客の中にお前達が知っている者がいるか?」
俺はそう言って六人の仮面を次々と剥ぎ取った。 俺の予想した通り、本物の神官は一人もいなかった。 もしかしたら北軍兵士かも、と疑わないでもなかったが、少なくとも俺が一度も見た事のない顔で内心ほっとした。 四人の警備兵は俺に、全員見た事のない顔です、と答えた。
そこにワスムンド神官を従えた祭祀長が駆けつけて下さった。 ワスムンド神官が警備兵に向かってお訊ねになる。
「一体何事ですか」
それに俺が答えた。
「神官の格好をした刺客に襲われました」
そして祭祀長に一部始終を御報告申し上げると、祭祀長は静かに頷かれ、師範とベルビバッケンを労って下さった。
「武器も持たずにこれだけの数の刺客を仕留めたとは、実に見事。 日頃の鍛錬の賜物であろう」
そして刺客と人形を軍警に引き渡す様に、と警備兵に命じられた後、俺達に向かっておっしゃった。
「これから将軍に会いに行く。 タケオ大隊長、ヴィジャヤン大隊長、ベルビバッケン上級兵。 私の護衛として供をするように」
そのお言葉により、俺達はその場で剣を授かった。




