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弓と剣  作者: 淳A
新興
293/490

一筋  マキの話

「ねえ、ねえ、テア、北方伯様に女難の相が出たんですって!!」

 テアも私と同じく北方伯様の大ファンだから、てっきりこの知らせに飛び上がると思ったのに、呆れた顔をして見せた。

「マキったら、遅っ! そんな一昨日の話、知らない人がいるとでも思う訳? 我が家の寝たっきりのおばあちゃんだって知っているわ。 それよりもっと最新、聞きたくない?」

「え、何、何があったの?」

「ふふふ、聞いて驚け、よ」

「テアったら! もったいつけてないで、さっさと教えて頂戴。 私とテアの仲じゃないの」

 テアは額縁を作ったり装丁をしたりするスイフォル表装店の娘で、美術商を営む私の父さんとテアの父さんは昔から仲が良い。 同い年の私達も自然と仲良くなって、小さい頃から一緒に遊び、花も嵐も乗り越えてきた幼馴染みだ。


「分かってますって。 私だってたった今聞いたばかりのほやほやなのよ。 あのね、ケルパ神社の大僧様、中僧様、少僧様、三人で北方伯様の御自宅に伺って、女難をお祓いになったんですって!」

「ええっ! もう? どうして分かったの?」

「さっきおじいちゃんがケルパ神社から帰って来てね。 北方伯様からお礼に戴いた色紙の額縁作るようにって大僧様から頼まれたんですって。 それがなんと、お嬢様のお手形付き! しかもおひとり一枚づつ。 合計三枚、戴いているのよ!」

「す、すごーい!」

「でしょ、でしょ! こんなにお目出度い仕事を戴くなんて家業が始まって以来よ。 二度とない名誉だって、もう家中てんやわんやの大騒ぎ」

「まあ。 すごい気合いの入った額縁になりそうね。 彫りに瑞鳥を入れたりとか? あ、金箔貼ったりして」

「どちらもやっちゃうかもしれないわ。 彫るだけなら家でも出来るけど、金箔を貼る方は特注で頼まないといけないから。 父さんとおじいちゃんが、今晩は帰って来ないって言って飛び出して行ったもの。 どうせ頼むのなら金の額縁に透かし彫りでもいいかも」

 額縁はどうでもいいけど、女難がもう祓われたと聞いて内心がっかりしちゃった。 そりゃ私が北方伯様の女難の種になれるはずがない事くらい知っているけど。 北方伯様がどうやって修羅場を乗り切るのか見たかったのに。 現場は見れなくったって、きっとすごい噂になったでしょ。


 じゃじゃじゃじゃーーーん、と音楽を背景に、北方伯様登場。 

 えーーい、退け退け、と並みいる美女を蹴散らすの。 そして奥様に改めて生涯変わらない愛を誓うのよ。

「我が愛は永久にそなたのみへ捧ぐ!!」

 そこで秋祭りの踊りみたいに、ぴっと決める訳。 すると恥じらいながらも大感激なさった奥様は、花びらの舞う中、北方伯様の腕の中へと飛び込まれる。

「私の全ては貴方様のもの。 お慕い申し上げております!」

 そしてお二人は熱く抱き締めあう!

 あーん、すてきっ!!


 北方伯様の女難ならそんな場面の一つや二つ、あって当然よね。 下手なお芝居見るよりよっぽど感動の大団円だわ。

 テアも私と似た様な事を考えていたみたいで未練がましそうに言った。

「だけどいくら有り難いお祓いだって、すぐ効果が現れるとは限らないんじゃない?」

「何をぼけた事言ってるの、テア。 あれだけもてもての北方伯様なのよ。 私達が知らないだけで、女難くらいとっくの昔から降るくらいあったに決まっているじゃない。 今まではどこの檀家でもなかったから神官様が祓って下さっていたんでしょ」

「そう言えば、軍には神官様がいらっしゃるんだったわね」

「はああ、それにしてもケルパ神社の檀家だなんて。 テアがうらやましいっ! ねえ、北方伯様ってとても信心深くて、しょっちゅう参拝なさるって、ほんと?」

「そうらしいけど。 私はケルパ神社で北方伯様のお姿を拝見した事なんて、まだ一度もないわよ。 いきあたりばったりにいらっしゃるから次はいつかなんて誰も知らないし。 マキだって偶に参拝に来ればいいじゃない。 運がよければ会えるかも。 ケルパ神社は檀家だとか檀家でないとか、全然気にしないから」

「そうなんだ」

「それに子供達に御飯を食べさせ始めたでしょ。 私も時々奉仕に行ってるんだけど、すっごく忙しいから人手はいくらあっても有り難いの」

「神社で御飯? 食堂でも始めた訳?」

「違うったら。 学校へ勉強に来た子供達に無料で御飯食べさせ始めたの、言ってなかったっけ?

 読み書きを教えるのは前からやっていたけど、ここらじゃ八つともなれば口減らしに奉公に出される子がほとんどでしょ。 大僧様が、奉公に出す代わりに学校に寄越すようにっておっしゃって。 子供だって奉公に行けばおまんまを食べさせてもらえるじゃない? それで始めたの」

「まあ。 御飯付きの学校? さすがは北方伯様が檀家の神社だけあるわね。 やる事が違うわ。 私、ケルパ神社って貧乏なんだとばっかり思っていた」

「ちょっと前まではそうだったけど、去年奥様が安産祈願で参拝にいらしてから大人気だもの。 安産で、しかも瑞兆様が授かったんだから、お布施だって集まっていると思うわよ。 私は労力奉仕しかしてないけどね」

「それなら私も手伝いに行ってみようかな」

「今なら学校を建てるのに、ぴっちぴちの大工のお兄さんがいっぱい来ているし」

「きゃーっ! それを早く言ってよっ!」

「あはは。 悪い、悪い。 じーつーはー、私、春に一目惚れした人がいて。 その人をマキに取られたくなかったのよね」

「何よ、それ。 私がそんな仁義の無い真似する女だって言いたいの?」

「マキの仁義は重々承知、とは言っても念には念をって言うじゃない」

「んもう! テアったら、この正直者! なら、その人とはもうしっかり決まったのね?」

「うふっ。 今ふたりで貸家を探しているんだ。 冬になる前に所帯持とうって」

「まあっ!おめでとう! よかった! ね、やっぱりカトにしなくて正解だったでしょ?」

「うん、今ではちゃんとそう思える。 去年はマキに散々迷惑かけてごめんね」

「いいって、いいって」


 太っ腹な所を見せてそう言ったけど、ほんと、去年はひどいものだったわよ。 長年の友達付き合いもこれまでか、と思ったほどなんだから。 何しろテアに会う度、聞かされるのはカトの愚痴ばっかり。 目が溶けるんじゃないかってぐらい延々と泣き続けて、慰めようもなかった。

 カトって見てくれはいい男なんだよね。 言い寄る女だって一人や二人じゃない。 でも中身が伴っているならまだしも、自分の顔がいい事を知ってるちゃっかり男で。 女に貢がせるだけ貢がせた挙げ句、ぽい捨てにするって噂を確かな筋から聞いていた。

 テアは恥ずかしがり屋だから自分からカトに話しかけるなんてしやしない。 それで安心していたんだけど、女たらしと言われるだけあってカトは誰にでも愛想がいい。 自分が好かれてるって分かったんでしょ。 カトの方からテアに付き合ってくれと言ってきた。


 それをテアから聞いた時は、もう付き合っている人がいるんじゃないのって聞き返したんだけど、別れたんだって。 そんなの嘘に決まっているのに。 二股、三股が平気な男なんだから。

 テアって惚れた男に尽くす一途な女なんだもの。 カトなんかにはもったいない。 母さんの時代なら浮気は男の甲斐性かもしれないけど、あんなに女に騒がれている北方伯様でさえ妻一筋なのよ。 これからの男はああでなくちゃ。 今時そっちこっち遊び歩く男なんて、お呼びじゃないわ。 顔がよかろうと金があろうと、こちらから願い下げよ。

 だけどテアはすっかりのぼせ上がっちゃって。 あいつだけは止めておいた方がいいって何度も忠告した事はしたけど、それ以上の口出しなんて出来なかった。

 でも真剣に好きであればあるほど、相手はそうじゃないって事に気付かされるよね。 テアが楽しそうだったのは、せいぜい最初の二週間、てとこ。 後はずっとカトに泣かされっぱなしだった。


 去年の秋、ようやくテアの決心がついて別れたものの、簡単には忘れられなかったみたい。 テアはげっそり痩せて、冬中どよーんとした顔をしていた。 春になってから随分元気になったと思っていたら。 道理で、うきうきする訳よ。

 次の日、私は早速テアにお相手を紹介してもらった。 タホはきりっとした感じの大工で、テアを静かに温かく見つめている所に好感が持てた。 若いのにもう棟梁から手の込んだ仕事を任されているらしく、気絶しそうな高い所に上ってきびきびと仕事をしている。 筋肉が盛り上がって顔が濃いカトに惚れたわりには、タホが細身で地味顔なのがちょっとおかしかったけど。


 とにかく私もぼやぼやしていられないわ。 帰ってすぐ父さんに話をして、ケルパ神社に奉仕に行きたいと言ったら珍しく二つ返事で許して貰えた。 どうやら父さんもケルパ神社に顔出しする切っ掛けが欲しかったよう。 私の家は檀家じゃないから参拝以上の事は出来ないけど、娘が奉仕に行けば御挨拶に伺ういい口実になるものね。

 こうして私もケルパ神社へ通うようになった。 テアの言った通り、ぴっちぴちのお兄さんがいっぱいいて、そっちこっちからお声は掛けられた。 でも遊びで声をかけられた時は何となく分かる。 一々うんと言ったりはしなかった。


 そんなある日、参拝に来た甲冑職人のカイに出会ったの。 なぜだか分からないけど、この人かも、と思ったんだよね。 だから仕事場にお弁当持って行ってあげたりした。 でもあっちからはうんでもない、すんでもない。 散々じらされて、ようやく付き合って欲しいと申し込まれた時は嬉しくて飛び上がっちゃった。

 私は甲冑の事なんて何も知らないけど、カイの親方はカイの仕事ぶりをずいぶん褒めていた。 お世辞なんかじゃないと思う。 カイが仕上げていた猛虎様用の甲冑って、ほんと、すごかったから。 怖いって言うか、ぞくってするって言うか。 鬼気迫るって言ったらいいのかしら。 甲冑だけでも平伏したくなる様な迫力があって。 ため息が零れちゃった。

 敵なんて、これを見ただけですたこら逃げ出しそう。 きらきらした所はひとつもないけど、きっと猛虎様もお喜びになるんじゃないかな。

 とは言っても仕事の腕前なんかより、カイが私だけをじっと見つめてくれる所にきゅんと来たんだけどね。 お前一筋って感じで。 まるで私の北方伯?

 きゃっ、照れるっ。


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