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弓と剣  作者: 淳A
新興
291/490

神官

「女難の相を祓ってもらったそうだな?」

「この上を行くって難しいですよね」

 将軍の御質問に、なんとも的外れな答えをしてしまった。 食べて、食べて、いーっぱい食べて、と歌うかの様なお弁当につい目を奪われちゃって。

 その日出されたお弁当は牛肉のサルチーロ。 俺の好物は数えきれないほどあるが、これは毎日食べたっていいぐらいの大好物だ。 それだけでも嬉しいのに、上にはとろけるチーズ、炒めた玉葱、キノコ、てっぺんにカリっと焼かれたベーコンが乗っているという超豪華版。

 付け合わせは、さっとバターであぶり焼きしてある所が心にくい茹でとうもろこし。 その隣であつあつの揚げ芋が、俺を忘れるんじゃねえぞ、と胸を張っている様子も微笑ましい。 そして、私も食べてくださるんでしょ、と囁く人参。 北ではみんな生で人参を食べるが、これはほんのり甘く煮てある。 今では俺も生をぱりぱり食べる事に慣れたけど、つやつやの甘煮人参に勝るものはない。


 ふと実家の料理人のタキを思い出した。 西では人参を煮て食べる。 スープや煮物の具、漬け物にするので塩味だ。 子供の頃から好き嫌いはあまりない俺だが人参だけは苦手で、いつも残していた。 でも旅先で俺が人参の甘煮を食べたと聞いたタキが家でも同じ物を作ってくれるようになり、それから塩味の人参も食べられるようになった。

 人参を食べるとね、目が良くなるんですよ、はタキの口癖だ。 ほんとかどうか知らないが、おかげですごく目がいい。 人参嫌いだったらここまで目が良くならなかったかも。


 よしよし、一口だって残すものか、とお弁当と無言の会話を交わしている最中に、女難を祓った話をする気にはなれない。 返事はお弁当をせめて半分食べた辺りにしても遅くはないはずだ。

 さすがに将軍が召し上がる前に食べ始めるという行儀の悪い真似をする訳にはいかない。 ここは忍耐の見せ所。 期待を込めて将軍のお手元をじっと見つめる。


「……冷めない内に食べろ」

「冷めたら美味しさが半減しちゃいますよね!」

 俺は早速手に取ったナイフでサルチーロを一口大に切った。 冷めても充分美味しかったと思うけど、じゅわじゅわ言ってるサルチーロはまた格別。 それにせっかく鉄板のお皿を熱くして木の受け皿の上に置いてくれた料理人の気遣いを無駄にしたくない。 加えて木曜日は将軍とのお昼に期待して、十時のおやつは食べない事にしている。 だから腹ぺこ。

 いつもは将軍の前でがつがつしないよう気をつけているんだけど、熱い内に食べてあげなきゃという焦りには消し難いものがあるよな。 あっと言う間に四分の一を食べきり、ちゃーんと噛んで味わってくれなきゃ嫌よ、というキノコの声が聞こえ、ようやく普段の早さに戻す事ができた。


「このキノコ、もしかして俺の伯父の所で栽培したやつですか?」

 ぷりぷりした食感に感動して言うと、さあな、と将軍がどこか上の空でお答えになった。 まあ、どこで栽培されたって美味しい事には変わりがない。 俺は黙々と食べ続け、九割がた食べ終わった所で、ごくごく美味しい水を飲み、ほうっと一息ついた。


 あれ? 将軍のお弁当がまだ半分近く残っている。 そんなに急いで食べたつもりはないんだけど。 もう少しゆっくりの方がよかったかな。 そこでようやく最初に質問されたお祓いについて、まだ答えていない事を思い出した。

「はい、ケルパ神社の僧にお祓いしてもらいました。 すっごく晴れ晴れとした気持ちです。 あれって結構ききますねー」

 安心して下さるかと思ったら、かえって不安が増したような微妙な表情になった。 そう言えば、食べろと勧めて下さったけど、その前に二呼吸ぐらい間があったよな。 やっぱりすぐに返事するべきだった?

 謝っておいた方がいいのか迷っていると将軍がおっしゃる。 

「なぜ神官にお祓いをお願いしなかった?」

「え? でも神官にお願いするなんて大隊長には出来ませんよね?」

 将軍が盛大なため息をついた。

「お前なら出来る、と誰も教えなかったのか?」

「出来るんですか?」

「ああ、出来るぞ」

「いくら出来ると言っても、女難みたいなどうでもよい事のお祓いをお願いするなんて、遠慮するべきじゃないんですか?」

「どうでもよいかよくないかは向こうが判断する事だ。 既にケルパ神社に祓ってもらったのだから今更どうしようもないが。 それは非常にまずかった」

「どこがまずかったのでしょう?」

「神官を怒らせた」

「怒らせた?」


 怒られる理由を考えてみたが何も思いつかない。 一体、何がまずくて怒られたんだろ? 怒られるって、普通、お金絡みだよな。

「お祓い料を取り損ねたからですか?」

「お祓い料って。 お前はまさか、神官にお祓いを頼めばお祓い料を取られるとでも思っていたのか?」

「えっ? ただでもいいんですか? だけど神官って民間の占い師より格上なんですよね?」

「確かに祭祀長及び神官は皇王陛下直属臣下だ。 そういう意味では格上と表現するのは正しい。 皇国人民は全員皇王陛下の臣下ではあっても陛下の直属ではない。

 直属臣下が陛下及び皇王族以外の依頼に応える事は滅多にないのも事実。 上級貴族が頼んでさえ断られる事があるから、お前が近寄り難いと感じるのも無理はない。 だが彼らは皇王族の依頼なら即座に応える。 又、応えたからと料金を取る事はない。

 お前の執事はお前のために使い走りをしたから駄賃を払えと言ったりしないだろう? 既に給金をもらっているのだから。 それと同じ理屈だ。 陛下から給金を頂戴している神官が皇王族の為に行うお祓いの代金を要求する事はない。

 お前は準皇王族の実父であり、陛下の皇寵を戴きし者。 つまり皇王族の縁者だ。 仕事が山積していれば優先順位を付けられる事はあるとしても、北にはサリ様以外の皇王族はお住いではない。 お前がお祓いをしてくれと頼んだら理由が何であれ、即座に対応してくれただろう。 お前に厄災が降りかかればサリ様にも影響があるのだし」

「あの、それならなぜ怒っているんですか? お祓いしたってお金がもらえる訳じゃないのに。 余計な仕事をしないで済んでよかった、と思うなら分かりますが」

「思惑があるからだろうな」

「思惑?」

「北方伯家をお守りするのは神官である、と言いたい訳だ。 言いたかった、と言うべきか。 だが北方伯家は既にケルパ神社の檀家となった。 お祓いもそちらに頼んだのでは、そんな事を言いたくても言いようがない。 

 それに家族も含めてお祓いしたのだろう? 本来なら神官ではない者が準皇王族をお祓いするなど許されない。 民間の神社にお祓いを頼む前に何故神官に許可を求めないのか、祭祀庁を蔑ろにするにも程がある、と怒っているのだと思う」

「えーっとお、沢山の人に守ってもらえるのは嬉しいです。 それなら今からお願いして、神官の方にも祓ってもらうというのはだめなんでしょうか?」

「一番になりたい奴に二番で我慢してくれと言って喜ぶと思うか?」


 じゃあ、どうすればいいのさ、と文句を言いたくなったが、それをここで将軍に申し上げても仕方がない。 将軍は単に神官が怒っていると言う事実を伝えて下さっているだけだ。 思わずため息が漏れる。

「すると謝って済む、という事でもない?」

「相手は謝罪が欲しいのだとは思わん。 お前はケルパ神社の檀家を辞めるつもりはあるか?」

「ないです」

「辞めれば神官を喜ばせ、充分な謝罪になると思うが。 それでもか?」

「うーん。 神官にお祓いを頼んでもいい事は分かりましたが。 俺にとって神官が雲の上の人である事に変わりはないです。 気安くお世話にはなれないって言うか。 さっと行けて、ぱっと頼めるケルパ神社の僧の方が頼りになるんですよね。

 ケルパ神社は俺が檀家を辞めると言っても文句を言ったりしないと思いますけど。 普段何くれとなくお世話になっているのに恩知らずな真似はやりたくありません」


 俺は将軍に、今までケルパ神社の僧に愚痴をいろいろ聞いて貰っていた事を話した。 ケルパ神社が率先して様々な人助けをしている事も。

 北では第一駐屯地の辺りは都会と言えるが、皇都や南の都会と違って冬が長いから路上で生活している乞食はいない。 北で食い詰めた者は大抵皇都か南へ流れて行く。

 だけど親が死んだり、捨てられたりして孤児になった子供が沢山いる。 その子供達には皇都や南へ行くだけの金もなければ知恵もない。

 大人でも難儀する北の冬だ。 子供だけで越すには余りに厳しく、毎年春になると凍死した孤児の火葬をしていた。 でも今年の春はそれをせずに済んだ。 ランティーニ大僧がケルパ神社に集まったお布施を使って孤児の為に食べ物と暖房を買ったから。

 それだけじゃない。 ケルパ神社では昔から子供達に読み書きを教えていたが、子供に勉強させてやれるのは平民でも金のある親だ。 そんな余裕はない親の方が多い。 そこでランティーニ大僧は勉強に来た子供達に御飯をただで食べさせ始めた。 おかげで今ではすごい数の子供達が勉強に来ている。

 ランティーニ大僧は、読み書きが出来れば将来仕事を選べる。 賢い子供は国を変える力だとおっしゃり、この春から小学校を建て始めた。 さすがにそこまでやったらお金がいくらあっても足りないんじゃないの、と思わないでもないが。


「俺のしがない名前でもお布施を集めるのに役立つのなら、どんどん使ってもらいたいんです」

 そう申し上げると、将軍はちょっと困った様なお顔をなさった。

「正直な所、私では祭祀庁内で何が起こっているのかよくわからん。 そもそも部下がどこの神社の檀家になろうと、そんな事は軍の上官が指図する事ではない。 又、なぜスティバル祭祀長ではなく、アブヒグナ神官が私に苦情を言いに来たのかも解せない。 どうやらスティバル祭祀長はこの苦情の件に関して何も御存知ないようなのだ。

 しかし誰が相手であろうと神官に下手な対応は出来ない。 ここであれこれ悩むよりスティバル祭祀長に相談した方が早いだろう。 話のわかる御方だし、どうすれば丸く収まるか御助言下さるはずだ。

 但し、正式に祭祀長に面会を申し込むとなると神官経由になる。 取り次ぎの神官に嫌がらせをされたら余計拗れないものでもない。 タケオ大隊長が毎週スティバル祭祀長とお茶をしているだろう? その時ついでに連れて行ってもらえ」


 はあ。 ほんとにもう、面倒くさいったらない。 俺は冷め切ったサルチーロの最後のひとかけを食べ、静かにご馳走さまでしたと言った。

 スティバル祭祀長にお会いするのはいいんだ。 久しぶりだし、何も用事がなくてお会いするなら楽しみにしたと思う。

 スティバル祭祀長にはどこか空の彼方を見ているような果てしなさがあって、お話を伺うと細かい事を思い煩うのがばかばかしいと言うか。 浮世のしがらみを忘れ、清々しい気持ちになる。 だから尚更、変なごたごたを持ち込むのは気が重い。


 アブヒグナ神官と言われたって、名前と顔が一致しない。 たぶん神官にも階級とか派閥とかあると思うが、俺じゃ将軍以上に祭祀庁の事なんて何も分からない。

 祭祀長と神官の関係だって、上司と部下と言っていいのかどうかもはっきりしない。 以前、スティバル祭祀長が神官を務めた事はないとおっしゃっていたのを聞いた事がある。 それで祭祀長って神官の中から選ばれるんじゃないの、とトビに質問した事があった。 そしたら、違います、と言われた。 

 皇王陛下が宰相や将軍を務めてから戴冠するのではないように、祭祀長となる人は最初から祭祀長になるべく決まっているのだ。 神官となる人も同じ。

 但し、祭祀長と神官はどちらも皇王陛下のような世襲じゃない。 代々神官の家系とか、何人もの祭祀長を輩出した家はあるらしいが、とても珍しいんだって。

 要するに能力主義? みたいな感じで選ばれるらしい。 とは言っても、どういう基準で何の能力が優れているから選ばれたのか、誰が選んだのか、外部の者が知る事は一切ない。

 まあ、詳しい事は分からなくても止ん事無き御方である事は間違いないんだ。 アブヒグナ神官を怒らせた、と聞いただけでもびびっているのに、他の神官の人達も怒っていたらどうしよう?


 やれやれ。 女難をお祓いしたばかりなのに、一難去ってまた一難? これって別の難だから仕方がないの?

 冗談で、効きませんでしたよ、とランティーニ大僧に言っちゃおうかな。 だけど神官は全員男性だ。 女性の神官なんていないんだから、これが女難のはずはないんだけどさ。 もしかして男難の相もあったのに、カールポールの奴、わざとそっちは黙っていたとか? 初回のお祓いはただにするつもりで、さわりだけ教えておいて、他の災難は次回、高額のお祓い料を取るためにとっておいたりして。


 うう、俺ってば、段々性格が暗くなっているんじゃない? まさかマッギニス補佐の(悪)影響?

 マッギに交われば暗くなる、なんちゃって。


 ぶるるっ。 な、何だ、今の。 夏なのに、一瞬訳の分かんない寒気がした!


 俺はとりあえず無言の謝罪をマッギニス補佐に捧げておいた。


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