年下
毎月新顔が入隊してくるから俺にも年下の仲間が出来た。
つまり俺は先輩だ。 えっへん。
ま、さすがに一ヶ月や二ヶ月先に入隊したというだけじゃ先輩と言うより同期だけどさ。 しかも何かを詳しく知っている訳でもない。 先輩として世話してあげる気があったって碌な助けは出来ないけど、半年も違えば充分先輩だろ?
いばりたいとか、そんなんじゃなくて。 年下が入隊する、て事に何かわくわくするような期待感があるんだ。
俺は末っ子だから今まで年下とか目下の人間という人と暮らした事はない。 そりゃ主の息子という意味では俺は奉公人より目上だ。 でも父上は自分の努力の末手に入れた訳ではないもの(伯爵家の三男という生まれとか)を振りかざす事を嫌う人だった。
一見何でもありの我が家だけど、能力主義というのが父上の方針というか。 あれはもう信念と言ってもいいんじゃないかな。
要するに仕事の出来る奴は尊敬される。 出来ない奴は尊敬されない。 そして俺に出来る仕事はない。 子供だからとかじゃなく。 父上を始め家族や奉公人は全員、俺が大人になっても仕事が出来る男にはならない、て事を知っていたような気がする。 子供だろうと出来る奴は出来るから。
例えばトビなんか正にそう。 奉公に来たのはトビが十一だかそこらの時だけど、雇われたその日から有能ぶりを見せていた。 因みにトビはサジ兄上の勉強相手として雇われた。 勉強の他に仕事もしろなんて言われていない。 なのにどんどん仕事をこなしていったんだ。 勉強の休憩時間に。 邸内の仕事には何があるか、手順や注意点を辺りにいる人から聞いて。
俺もトビの真似をして手伝える事が何かないか聞いて回った事があった。 でも意味がよく分からないのにやったものだから結局奉公人の仕事を増やしただけでさ。 父上から仕事をしている奉公人の邪魔をしないように、と言われた。
おじい様とおばあ様がお元気だった頃は、お茶の相手として重宝されていたが。 それくらいなもん。 サガ兄上とサジ兄上は父上の名代を務めたり書類の決裁をしたりしていた。 でもそんな事、字がろくに読めない俺には出来ない。 今は読めるが、それでも出来ないと思う。 質問されたって答えられないし、何を質問されたかちゃんと覚えられないから。
仕事が出来ない俺は常に底辺だった。 ただ弓で狩りをするようになり、いつの間にか夕飯代が浮くくらい獲物を捕って来るようになって、ちょっとは地位が向上したような気もする。 気のせいかもしれないが。 だって俺の家の本業は兎を狩る事じゃないだろ。
とは言っても、じゃ実家の本業が何か、なんて俺は知らないんだけどさ。 サジ兄上から領主は領民がきちんと生活出来るように領地の揉め事を解決したり、従うべきルールを定めたりすると説明された事はある。 でも父上は領地にいない事の方が多いんだ。 領地にいなくても解決出来る揉め事、て何? その質問にサジ兄上は、まあ、色々ある、と答えて下さっただけ。 結局俺は今でも父上が何をしているのかよく知らない。
その点、軍での仕事は分かりやすい。 特に新兵なら上からこれをやれ、あれをしろ、と命令してもらえる。 そして軍には古参という無言の序列がある。 黙って年月を重ねていくだけで尊敬してもらえるんだ。 これはもう、俺の為にある制度と言ってもいい。 先に入隊しただけで偉くなるとか、笑いが止まらないよな。
いや、まあ、俺だってそれなりに任務を果たしている。 でも俺の場合、弓の稽古をしていればいいんだ。 そう上官のソノマ小隊長に言われたからそれしかやっていない。 ほんとにそれだけでいいの? なんて思っても聞いていません。 仕事を増やされ、その仕事が難しかったら困るし。 弓の稽古が任務だなんて他のちゃんとした任務をこなしている兵士には申し訳ないが。
もっともこんな特別待遇、長くは続かないと思っているけどな。 人の噂も七十五日とか言うし。 七十五日はとっくに過ぎている。 そろそろみんなに忘れられる頃だ。 我こそは六頭殺しと言ったって、新兵の中には、何を六頭殺したの、と聞いて来る奴もいるんじゃない?
そうなったら弓を射る以外にこれと言った取り柄がない、てのはやばいよな。 これはどうしたらいいんですかと後輩に聞かれたって答えられない。 いくら先輩とは言え、こんなに頼りないと兄のように慕われる、て事にはならないだろ。
でも年上だしさ。 年上を尊敬する気持ちなら持ってくれるんじゃね? 大きく期待するほど無謀じゃないけど。
ある日いつものように厩の掃除をしていたら新兵がおずおずと俺に近寄って来て俺の事を聞いてきた。
「あのう、お手間を取らせて大変申し訳ないのですが。 六頭殺しの若ってどの人か、教えて戴けませんか? この辺りにいるって聞いてきたんですけど」
「俺だけど」
「え? まったー。 先輩、冗談ですよね? 自分の名前はクラ・プーロレンと申します。 三日前に入隊しました。 何卒よろしくお願い申し上げます。 それで先輩の本当のお名前は何とおっしゃるんですか?」
「サダ・ヴィジャヤン。 よろしくな。 本名だ。 冗談でもない。 あ、今、手汚いから握手はなしで」
「……」
なんでそこで無言? 何か俺に言いたい事があるから探しに来たんじゃないの?
ただそいつの顔を見ていると、なぜか子供の夢を砕いたかのような罪悪感を覚えた。
それでも一人ならまだいい。 俺の勘違いかもしれないし。 そっちが勘違いした事に気付き、恥ずかしくて黙ったという事もあり得る。 だけどこんな風に聞いて来る奴、そして黙る奴が二人、三人、四人、五人と増えていった。
以下同文。 同じ質問。 同じ反応。
そして質問した後、そそくさと俺以外の兵士の所へと駆けて行き、俺の言った事が本当かどうかを聞く。 その兵士が、そうだぜと答え、新兵が仰け反る。 その繰り返し。
なぜだ? なぜ俺が六頭殺しの若だと聞いて驚くんだ? 英雄とは顔がいいものと思い込んでいたとか? たとえ顔がまずいとしてもさ、人を顔で判断しちゃいけないって教わらなかったの?
俺としては何をどう想像していたから失望したんだか是非聞いてみたい。 そりゃあ、すごーく尊敬してもらえるとまでは期待してなかった。 でもそんなにあからさまに失望するって。 ちょっとひどいだろ?
ただどこが悪いのか分かったとしても直せるような欠点じゃなかったりして? だから向こうも何も言えずに去って行った、とか?
そう考えただけでがっかりしちゃって。 トビの前だというのに、ついでっかいため息をついてしまった。
「はあああ」
「若。 そのような大きなため息をつかれるとは、何か御心配事でもございましたか?」
「だってさー。 来る新顔来る新顔、全員に失望されちゃっているし」
「失望? 推察致しますに、あれは失望ではないと思いますが」
「失望じゃないなら何なのさ?」
「驚愕でしょう」
「きょうがく?」
「神様のような人に違いないと想像していたのが、お隣の兄ちゃんよりフレンドリー。 そのギャップとでも申しましょうか。 平たく申せば、偉大な弓の射手に偉ぶった所がない事に皆驚いているのです」
この頃俺って結構有名なのかも、という自覚は出てきたが。 偉大な弓の射手? 神様のような人って。 何、それ。
トビの主贔屓は最近ちょっと怖いレベルに到達しているんじゃ、と思った。




