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弓と剣  作者: 淳A
新興
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中僧

 お祓いと言えば、本家本元は祭祀長だ。

 むかーし、昔のその昔。 災いや天変地異を予言した人が皇王陛下にお祓いをしてあげ、そのお礼に祭祀長に任命されたんだとか。 だからお祓いは占い師や僧だけでなく、祭祀長、副祭祀、神官も出来る。 と言うより、彼らの方が本職らしい。 優れたお祓い師だから陛下に召し出された、みたいな?


 そうは言っても女難の相なんて。 そんなどうでもいい災いのために祭祀長のような偉い人にお祓いを頼む気にはなれない。 父上の友人には上級貴族が多いから俺も偉い人達に会う機会は結構あった。 その俺でさえ北軍に入隊するまで祭祀長や神官にお会いした事は一度もなかったし、準公爵になる前の父上にもなかったと思う。 あればきっと家ですごい話題になったはずだから。

 神官の皆様は神域と呼ばれる一画にお住まいで、そこに許可なく入れるのは皇王族だけと聞いている。 貴族にとってさえ近寄り難い雲の上の人と言う感じだ。


 第一駐屯地内にも神域があり、スティバル祭祀長始めとする神官の皆様はそこにお住まいでいらっしゃる。 祭祀長は皇王陛下の代理人なんだから尊いのは当たり前だけど、祭祀長にお祓いを頼むには将軍でさえ陛下の許可がいるのだ。

 ただスティバル祭祀長はとても気さくな御方で。 時々神域からお出掛けになり、辺りの者達にお言葉を下さる。 俺もスティバル祭祀長に何度もお会いしたけど、それは祭祀長として大変異例な事なのだとトビが言っていた。


 異例と言えば、スティバル祭祀長が師範の結婚式で祝詞を上げて下さったのも異例なんだって。 いくら大隊長に昇進したとは言え師範は平民出身だから。 毎週師範をお茶に御招待なさっている事にしても祝詞にしても、全て祭祀長の方から進んでして下さった。 師範がお願いした訳じゃない。

 しかしどんなに気さくな御人柄であっても祭祀長と民間の占い師との格式の違いは明らかだ。 それは祭祀長以外の誰が未来の事を語ろうと、そしてそれが本当に起こった後でも予言と呼んではいけない。 そういうところにも表れている。 占い師のお告げは全て占いと呼ばれ、予言より一段も二段も低いという扱いだ。 それと、在野の神官はいない。 神官でもないのに神官と名乗ったりしたら厳しく罰せられる。


 副祭祀か神官にお祓いを頼むなら祭祀長に頼む程の遠慮はいらないような気はするが、皆さん神域の外へお出かけになる事が滅多にない方々だ。 俺の知り合いという訳でもないのに、いきなりお祓いして下さいと頼むの? いくら厚かましい俺だって気が引ける。

 サリは準皇王族だから、サリをお祓いして下さい、ついでに家族も、みたいな感じで頼めばやって下さるかもしれないが。 やってもらうとなったら料金が気になる。 神官は民間の占い師よりずっと格上だ。 ならカールポールと同じ料金、て訳にはいかないだろ。 もっと高いお祓い料を払う事になるに違いない。


 ところで占い師なら沢山いるが、この職にも階級があるんだって。 なんでも占いが当たる度に格が上がって行くらしい。 百発百中のカールポールは最上級。 そして最上級の占い師が占った災難のお祓いを下級の占い師が引き受ける事はない。 まあ、頼む客もいないだろうけど。

 その点、少し開けた所なら大小様々な神社があり、そこには僧が住んでいる。 僧なら占い師の階級に何の関係もない。 もっとも僧の本来の仕事は結婚式や葬式で、お祓いは副業。 檀家の人達の悩みを聞いてあげるついで、という感じ。

 平民でも大抵どこかの神社の檀家になっているから、そこにならお祓いも頼みやすい。 お祓いで有名な神社に頼んでもいいし。 ただ田舎だと一つの村に一つの神社しかなかったりする。 そういう所では僧は一人何役も務めるよろず屋となって、冠婚葬祭、占いやお祓いはもちろん、子供に読み書きを教える教師や簡単な病気を治す医師から揉め事の仲裁までするらしい。


 因みに伯爵以上の貴族の場合、自分の家専属の神社を持っている。 俺の実家はユーエル神社の檀家で、その神社にはヴィジャヤン伯爵家以外の檀家はいなかった。 なんたらかんたら由緒ある神社らしいが。 俺はそんなものに興味はなかったから詳しい事は何も知らない。 神社に関する嫌な思い出なら結構あるけど。

 例えば子供の頃、ユーエル神社に家族で参拝に言った時、お祈りが長過ぎて退屈したものだから、外で遊んでもいいですか、て父上に聞いたんだ。 それが隣にいた僧に聞こえちゃってさ。 もう、えらく叱られた。 そのお説教の長いの長くないのって。 お腹が空いてぶっ倒れるかと思ったね。 二度と僧の前では何も言うもんか、と子供心に誓った事を覚えている。


 大きくなっても僧に関する良い思い出なんて一つもなかった。 おじい様とおばあ様が亡くなった時だって慰めになる言葉なんて何も言われなかったし。 向こうは慰めていたつもりなのかもしれないけどさ。 特におじい様がお亡くなりになった時なんか、父上におめでとうと言わんばかり。 その嬉しそうな態度にすっごく腹が立った。 それでもユーエル神社の僧って徳が高い事で有名なんだと。


 ユーエル神社に限らず、徳が高いと有名な僧は世間に何人もいる。 でも占いが当たる事で有名な僧は滅多にいないとトビが言っていた。 そして沢山いる占い師の中でもカールポールみたいに全勝記録を誇る占い師は他にいないのだとか。 だからエナやフロロバもカールポール伯爵の噂は知っていた。

 有名だろうと無名だろうと占いなんて無視する気満々でいたが、トビに意見された。

「カールポールが占ったとなると、たかが占いとは言いきれない重みがございます。 全く無視しては、神を恐れぬ傲慢な態度と世間に受け取られ、皇王庁から問題視されるかもしれません」


 世間の評判なんてどうでもいいんけどさ、ほんとに女難にあったらリネに悲しい思いをさせちゃうよな。 それで俺はリステレイフ中僧に相談する事にした。 ケルパ神社はお金がない人にもお祓いしてあげている事で有名だ。 俺に金がない訳じゃないけど、たかが女難の相を祓うために高額なお祓い料を出す気にはなれない。 女の人の揉め事なんて、喧嘩しないでね、とお願いしてお引き取り願えばそれでお仕舞いだろ。 それ以上何をする必要があるの?


 とにかく座って待っていたって解決しない。 翌日早朝、ケルパ神社に参拝した。 すると境内に入ってすぐ、リステレイフ中僧がランティーニ大僧を叱っているっぽい声が聞こえて来た。

 実は、ランティーニ大僧がリステレイフ中僧に叱られるのは珍しい事じゃない。 ランティーニ大僧は僧になる前は大工で、そもそもケルパ神社の僧になった切っ掛けと言うのが、お布施代わりに神殿の修理をしてあげたから、と聞いている。

 ケルパ神社が貧乏な時はそれに大いに助けられていた。 でも今じゃ人気が出て、参拝客がランティーニ大僧に面会を願って順番待ちをしている。 なのに客を待たせ、鋸や鉋を片手に頼まれてもいない大工仕事をしようとするらしい。 俺の愚痴を聞く事はあっても俺に愚痴を零された事なんて滅多にないリステレイフ中僧だが、珍しくため息をつきながら教えて下さった。


 ケルパ神社にお布施が集まり出したのはここ一年やそこらの事だから、貧乏性が簡単に抜けないランティーニ大僧のお気持ちも分かるんだけどな。 俺だって未だに無料、ただ、おまけという言葉には逆らえない魅力を感じている。

 ランティーニ大僧は今年五十五歳になるが、四十代そこそこにしか見えない機敏な身のこなしだ。 それは大変結構なんだが、いくら長年取った杵柄とは言え、さすがにその年で屋根の上を飛び回るのは、ちょっと。 年寄りの冷や水とまでは言わないにしても、リステレイフ中僧が心配して止めたくなるのも無理はない。


 境内に入ると案の定、ランティーニ大僧は修理現場に行くおつもりだったようで、大工道具一式が詰め込まれている背嚢を背負っていらっしゃる。 ここで逃がしてなるものか、と言わんばかりにリステレイフ中僧が両腕でがっちりとその背嚢を掴んでいた。 まるでおんぶお化け。 必死なお顔のリステレイフ中僧には申し訳ないけど、思わず笑っちゃった。


「おはようございます、ランティーニ大僧、リステレイフ中僧」

 俺が声を掛けると、ランティーニ大僧が、あ、見られちゃった、みたいな感じで眉をちょっと下げて照れ笑いなさる。

「これはヴィジャヤン大隊長。 おはようございます。 ようこそいらっしゃいました。 今日はリステレイフ中僧に何か御用ですか?」

「ええ。 実は女難の相が出たって占い師に言われまして。 どうしたらいいか相談に来たんです」

「それは難儀な。 それでしたら早速お祓いした方がよろしいでしょう。 事が女難ですし、ついでに御家族の皆様も御一緒にお祓いしては如何ですか?」

「ありがとうございます! 助かります!」


 ただサリをケルパ神社に連れて来るとなると警備の手配をしないといけない。 そしてお祓いの最中は他の参拝客に遠慮してもらう事になる。 それは申し訳ないよな。

「勝手を言って申し訳ないのですが。 サリの警備の都合がありまして。 出来ればリステレイフ中僧に俺の家まで御足労戴けないでしょうか?」

「分かりました。 それでしたら私とリステレイフ中僧、キャレリナ少僧の三人でお宅に伺うという事で如何でしょう? 鳴り物があった方がお祓いの効果があがりますから」

「よろしくお願いします! あの、急がせて申し訳ないんですけど。 今朝やって戴いてもいいですか?

 何か荷物があるなら持ちますから」

 そこでリステレイフ中僧がおっしゃった。

「ランティーニ大僧、お待ち下さい! 私のような過去に罪科のある僧がお祓いをしては北方伯家の障りとならないものでもありません。 お宅へ伺うなど、とんでもない事です」

「罪科?」

 俺が訊ねると、リステレイフ中僧は二十年前、公爵令嬢に許可無く言い寄ったという罪で宮廷を追われ、父であるチェスカラ子爵から勘当されたという過去を話して下さった。


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