不向き
女難の相なんて、そんなものがあったんだ。
夕飯の後、占いが外れたって事をみんなに話したら、どうも話が通じない。 トビから説明してもらって、ようやくわかった。 もー、恥ずいったらない。
「そんな間違いしちゃうって事も、ありますよね?」
夫の間違いは妻がフォローしてあげなきゃと思ったのだろう。 リネがそう言ってくれたが、みんなからは容赦のない「はいぇ」と言う返事が返って来ただけだった。
これははっきりとした返事をしたくない時に俺がよく使う「はい」と「いいえ」の中間音で、「は」を軽めに言い、「い」を「いい」となる一歩手前までさりげなくのばし、「え」を言ったか言わないかの感じで終わらせている。 部下や奉公人がこれを使い始めた時、俺の真似をするんじゃない、と強く言えなかったんだよな。 それ以来、我が家の逃げとして使われるようになった。
起死回生を目指し、寝室に下がってから「知らぬ占いに外れなし」をリネに言ってみたんだけど、不発というか、今一つな反応だった。 当たった外れたは知っているいないに関係ないんじゃないでしょうか、だって。 ちぇっ。
だからって朝から待ちこがれていたお楽しみを諦める様な俺じゃないが。 今晩こそリネの瞳に新婚の時のようなきらきらを蘇らせてみせる、と張り切っていたのにー。 決まらないったらありゃしない。
思わず、初めに意味をちゃんと教えておいてくれよ、とカールポールに文句を言いたくなった。 さすがにそれは逆恨みというものだけど。 俺だって僧を追い払うなんて変なの、とは思ったんだよな。 あとちょっとの所で自分を信じきれなかったのが悔しいぜ。
やっぱり疑問があるならその場で聞いておくべきだった。 とは言っても女難の相の正確な意味を知っていた所で、どうせなら当たって嬉しい事を教えてくれればいいのに、で終わらせていたと思うが。
女にもて過ぎて起きる災難だなんて。 へっと、笑っちゃうよな。 そんなもの、俺に起こる訳がないだろ。
そりゃリネに浮気されたら災難だとは思うさ。 でもそれって、女(妻)にもてなかったせいで起こる災難じゃないか。 念のためリネに浮気する気があるかどうか確認しておいたけどな。 ないって言ってたし。
まあ、俺の愛人や奉公人になりたいと訪ねて来る女の人なら毎日のようにいる。 ほとんどが高貴な方からの紹介状付きだったりするから、一応会う事は会っているけど、ちゃんと全てお断りしているんだ。 北まで御足労戴いたのに申し訳ないが、俺が来いと言った訳じゃないし。
これからも愛人を作る気なんてありません。 それに女性が次々と現れたって、もてているからだとは思わない。 その人達にとって別に俺じゃなくたっていいって感じがするんだよな。 北方伯、英雄、瑞兆の父でありさえすれば。
そりゃ、今のところ俺はそう呼ばれている。 でも爵位なんて陛下が取り上げようと思えば簡単に取り上げられるものだろ。 腕に怪我をしたら弓は射てなくなるし。 サリがもし死んだら瑞兆の父の有り難みだってなくなると思う。
カレンダーのせいで顔が知られちゃっているから、例えばフロロバを掴まえて、こちらがかの有名な北方伯、と紹介する訳にはいかないけどさ。 顔は知られていようと、ありのままの俺を知らない事には変わりない。 普段の俺が女難の相さえ知らない物知らず、と分かったら逃げ出すんじゃないの?
多少の期待は仕方ないとしても、皆さん、俺が何でも出来る大金持ちの超人か何かと勘違いしているから困るんだ。 何番目かの愛人でもよろしいですから、とか言うんだぜ。 愛人一人の食い扶持稼ぐのに一体どれだけかかると思うんだ? 伯爵と言ったって名ばかり。 支出はあっても収入がない領地しか持っていないんだぜ。 しがない給料取りにとって愛人なんて贅沢って事くらい、どうして分かんないの?
なのに来る人来る人、俺に養ってもらう気満々。 ひどいのになると、侍女まで連れて来ているんだ。
侍女として雇って下さいと言う人だって、手を見れば仕事らしい仕事なんて生まれてこの方一度もした事がないとはっきり分かる。 試しにトマトときゅうりの苗を見せたけど、どっちがどっちの区別も付かない。 冗談じゃないっつーの。 野菜が天から降って来る訳でもあるまいし。
言っとくけど、野菜を育てる専門家(農婦)だとしても雇う気はない。 リネが家族が食べる分を育ててくれているし、足りない分は買える。 一ヶ月人を雇う金で我が家の一年分の食費が賄えるだろ。
ただ女難なんて起こるはずはないと思い込んでいる所に起こったら誰だって驚くよな。 それでカールポールがわざわざ教えてくれたんだろう。 ひょっとして、これってお試し占い? このように当たります、次は有料です、とか?
それなら本当に当たるかどうか様子を見た方がいいかも、と思わないでもなかった。 でもトビによるとカールポールの占いって自慢するだけあって百発百中らしい。 様子を見るなんて呑気なことを言っている場合じゃないようだ。
それにしても驚いたのがカールポールのお祓い料。 なんと一回最低でも十万ルーク取られるんだって! 信じられる?
じゅう、まん、るーくっ!!
聞いて思わず仰け反った。 有名か何か知らないけど、ぼってるよなあ。 その金で六頭殺しの若饅頭が何個買えると思う?
えーっと、えーっと。 ……。
俺の頭じゃ正確な数字は出て来ないが、一人で食べ切れる数じゃない事は確かだ。 何を言われているのか分からなかったおかげで、その場でカールポールにお祓いを頼んだりしなくて助かったぜ。
いやー、占い師がこんなに儲かるものだったとは。 もっとも第一駐屯地付近に住んでいる占い師のお祓い料の相場は安い人で一回五千ルーク。 高くても一万程度なんだって。 北に二万を越える占い師はいないとフロロバが教えてくれた。
一万ならカールポールよりずっと安い。 俺にとっては小遣いで払える額だが、平民にとってはそれだって大金だ。 当然払えない人もいる。 そういう人はみんな近所に住んでいる僧にお祓いを頼むのだそうだ。
自分が檀家になっている神社に頼めば二千。 檀家でなくても三千も出せばやってくれるんだとか。 ケルパ神社みたいに頼む人の気持ち任せで、いくら寄越せと言わない神社は珍しいらしいが。
安いのは嬉しい。 とは言っても、安かろう悪かろうを心配する人もいるだろう。 安いから僧に頼むと言う人ばかりではないはずだ。 お祓い数回したくらいで兵士みたいな疲れて命がけの仕事より儲かるなら俺だって同じ商売始めたくなっちゃう。 しかも占い師は資格を取らなきゃなれないという職業じゃない。 誰だって勝手になれる。 だから俺が占い師です、と言うのは自由だ。 明日と言わず、今日から開業したっていい。
まあ、いくら羨ましくたって本気で始めたりはしないけどさ。 だってお客が現れてくれるかどうかはまた別の話だろう?
俺ほど有名なら客も来るだろうって? そんな訳ないね。 災難という目に見えないものを祓うんだぜ。 ほんとに祓ってくれたのか、どうやって見極めるのさ?
例えばその一年、災難にあわなければ合格なのかもしれないが、翌年災難にあったら、それってちゃんと祓ってくれたって事になるの?
そもそもお祓いなんて有り難いっぽい人じゃなければ金を払って頼む気になれるもんか。 俺がやったって全然効かなくて、災難にあったから金を返せ、と後で言われそうな気がする。
有名と言えば師範だって有名だけど、師範が占い師として開業したら千客万来だと思う? そんな訳ない。 俺の予想じゃ客なんて一人も現れないね。 申し訳ないけど、義弟の俺でさえ頼む気にはなれない。 開業祝いの御祝儀をあげたくらいで終わりにする。 師範の顔を見れば、どんな災難だろうと走って逃げるに違いない。 それでも、だ。
気力を振り絞らなきゃ頼みに行く気になれない占い師だなんて。 災難だけじゃなく客だって逃げると思う。 それでも師範の所に行こうと思うのは余程切羽詰まっている人だろう。
もっとも俺の場合、客が来る来ないより、まずお祓いの文句が覚えられそうにない。 致命的なのが、覚えられたとしても言ってる最中に笑い出しちゃうような気がするんだ。 どうしておかしいのか説明出来ない。 だけど一言唱えただけで絶対笑っちゃうと思う。
祓い給えー、ぶははは。 清め給えー、ぶははは、なんてさ。 占い師として失格だろ。 やっぱり職業には向き不向きってあるよな。




