面接 フィッツモリの話
「おい、来週の例会、全員招集だ」
同僚のグイチャード軍曹がわざわざ私の仕事場までやって来て虹橋会の例会の念を押した。 例会は隔月に一回開かれている。 ほとんどが花見(鉢植えの花)、月見、バーベキュー、紅葉狩り(テントの屋根に木が模様の絨毯を掛ける)、芋煮会。 とまあ、つまり飲み会で、任意参加だ。 私の任務に出張はなく、例会に欠席した事はない。 だが任務や私事で出れない者も多く、毎回参加者にばらつきがあり、五十人前後という所か。
ただ特別な発表や報告がある時は全員招集がかかる。 虹橋会は所謂同好会だから命令ではないが、駐屯地のトップであるウェルター中隊長が虹橋会会長である為、任務での出張とかち合ったりしないよう配慮して下さる。 全員招集がかかった時は普段の例会には出席なさらないソーベル中隊長補佐でさえ必ず出席なさるし、葬式等の事情があるのでもない限り欠席する者はいない。 サイウォンのように自分の結婚式を途中で抜け出して出席した、というのはちょっと極端だと思うが。
女房に逃げられるんじゃないか、と辺りが心配したが、その例会はウェルター中隊長とソーベル中隊長補佐による大峡谷探検報告会だった。 タケオ大隊長の豪快な一刀でバゲリスタやジャオウエを切り倒した様を猛虎ファンの女房につぶさに語り、離婚を免れたのだとか。
全く危ない橋を渡る奴だ。 これがサリ様誘拐未遂事件の報告会だったらどうする。 情報通のレサレート小隊長が報告して下さったのだが、内容は全て機密事項。 家族にさえ言うなと緘口令が敷かれた。 例会で発表される事は機密でも何でもない事の方が多いとは言え、偶にはそんな事もある。
ほとんどは六頭杯見聞報告のように数人の会員以外は第一駐屯地に行けなかったので、行けた会員が見て来た事を報告したとか、全会員が聞きたい事だから全員招集をかけているに過ぎないが。 いずれにしてもみんなの関心を集めるような何かではあるはず。
「何があるんだ?」
「分からん。 だが俺の勘ではでかいぜ」
グイチャードはそれだけ言うと、そそくさと次の連絡先へと走って行った。 これは期待出来る。 普通にでかいなら、それを匂わせる噂がちらほら事前に流れるのに今回は何もない。 それがかえって前代未聞のでかさである証拠のような気がした。
開会と同時にウェルター中隊長は私達会員へ以下の発表がある、とおっしゃった。
一、イーガン駐屯地は第十二大隊ヴィジャヤン大隊長管轄となった。 これに伴い、常駐兵は全員第十二大隊へ転属となる。
一瞬の間をおいて、うわあと言う大歓声、口笛、拍手が湧き上がった。
す、すごい。 これはすごい!! ヴィジャヤン大隊長の直属部下になっただと? 信じられない!
これを女房のマナに言ったら何て言うだろう?
マナだけじゃない。 他にましなのがいくらでもいるのに、あの男でほんとにいいのか、と陰でマナに聞いていた義父母は勿論、私を辺境の番外駐屯地勤務とばかにしていた親兄弟や親戚一同に仰天される大ニュースだ。
何しろ今までイーガン駐屯地は不便なだけに人気のなさでは北軍でも指折りだった。 無理やり常駐させても依願除隊が増えるだけだから、ここの勤務だけは希望しない限り常駐兵とはならない決まりになっている。 独身が多いのも、ここに住むなんて嫌、と相手に言われ、結婚か常駐かの二択になるからだ。
因みに私の場合、マナがちょっと変わった女で。 外国より外国っぽい、ただで外国暮らしが出来るだなんて旅費がかからなくて安上がりよ、と言ったからその選択を迫られずに済んだが。 迫られて結婚より常駐を選んだ奴が結構いる。 世間がイーガン常駐兵の事を指して変わり者揃いと言うのも、あながち的外れとは言い切れない。
ところが瑞鳥飛来で大峡谷への関心が高まり、次に北方伯領となった事で常駐希望が倍増した。 そこに降ってきたこの第十二大隊転属。 まさに人生一発大逆転。 これからはここが第一駐屯地に次ぐ人気の勤務地になる事は間違いない。
興奮は中々静まらなかったが、これだけじゃない、とのウェルター中隊長のお言葉に、ようやくみんなの歓声が静まった。
二、自分は来年一杯で退官する。 その際、ソーベル中隊長補佐が中隊長に昇進し、後を引き継ぐ。
どよめきと共に大きな拍手が上がった。 それにしてもトタロエナ族出身の中隊長とは。 また何と思い切った。 普通の大隊では実現するはずのない人事だ。 将軍から待ったがかかったとしても不思議ではない。 それなのにこんなにすんなり、かどうかは分からないが、ともかく許可が下りた事に驚いた。 さすがはヴィジャヤン大隊長。 人を見る目がおありになる。 そして私達の驚きは更に続いた。
三、ソーベル中隊長補佐はレサレート小隊長を中隊長補佐に指名した。
げっ! レサレート小隊長が中隊長補佐?
意外な人事に少しの間があったが、これにも大きな拍手が湧き上がった。 レサレート小隊長の交渉手腕はよく知られているが、イーガンの奇跡の時何があったか、みんな知っている。 あれ以来、お二人は犬猿の仲とまでは言わないが、そりが合わないと言うか、お互いを避けていると言うか。 仕事以外で話をしている所なんて見た事がなかった。 ましてやこの指名を予想させる様な信頼関係があるとは思えなかったから意外だったが。 適材適所。 ソーベル中隊長を補うのに最も相応しい人と言える。
四、グイチャード軍曹が小隊長に昇進し、レサレート小隊を指揮する。
当然とも言える人事に温かい拍手があったが、さすがにこの後、この日一番の驚愕発表が待ち受けているとは誰も予想していなかった。
五、ヴィジャヤン大隊長はトタロエナ族を訓練する教官を約二十名募集なさる。 選ばれた者は小隊長に昇進する。
一瞬しーんとなってから、どっと最初の大歓声に優るとも劣らない大歓声が沸き上がった。 しばらくして収まった所でウェルター中隊長が背景を説明して下さった。
イーガン駐屯地での夏の運搬作業を徐々にトタロエナ族に任せる事が決まった。 トタロエナ族は今までも隊商の荷物運びを請け負っていたから運搬業務自体は出来ない事ではないが、今までは彼らを雇っていたのは隊商。 北軍がトタロエナ族を兵士として募集した事はなかった。
と言うのも彼らには兵士という概念がなく、命令に従う、報告するという兵士の基本を知らない。 今後は兵士として入隊させる以上、任務がこなせるように訓練する教官が必要になった、という訳だ。
虹橋会会員は全員常駐兵士だから大峡谷に関して詳しい。 トタロエナ族の事もよく知っている。 それで優先的にこの教官試験を受けさせてもらえる事になった。 私達の中で二十名に達しなかった場合、他の隊の兵士にも応募する権利を与え、教官試験を受けさせる。
それにしてもこんなに一度に大量の小隊長のポストが空くだなんて。 しかもヴィジャヤン大隊長直属!
天から降ってきた絶好の機会に、教官になるには何が必要か、どう準備すればいいのか、みんな口々に質問し始めた。 それにウェルター中隊長が纏めてお答えになった。
「来週、ヴィジャヤン大隊長がイーガン駐屯地を視察なさる。 その際、面接が行われる予定だ。 突然付け焼き刃で何かしようとしても誤魔化せるものではない。 学科試験などはないので事前準備は不要である。 以上」
面接まで大した日にちはないし、準備は必要ないと言われたが、だからと言って、はいそうですか、と何もしないのか? みんな寄ると触るとこの話題で、ほとんどの者が面接準備を始めた。 とは言ってもトタロエナ族を訓練した事がある奴はいない。 誰もやった事がないんだから、それについての経験が問われる事はないだろう。
それよりトタロエナ族の習慣や大峡谷に関する知識が問われるはずだ。 私はそれに関する質問と模範解答を百問ぐらい作って勉強した。
この日のために駐屯地内の大掃除もやった。 別に掃除くらいいつだってしているし、元々汚い訳じゃない。 なのに将軍が閲兵にいらしたとしてもここまでしたかどうか、という気合いの入れよう。 何しろヴィジャヤン大隊長は御家族連れでいらっしゃるのだとか。 兵士の中には奥様のファンもかなりいる。 瑞兆であるサリ様の人気も高い。 掃除をする手にも力が籠った。
イーガン駐屯地初の準皇王族の御訪問となる訳だし、お迎えする庁舎を新築したいくらいだが、領主のお嬢様でもある。 第一庁舎は領主館、つまり御自宅となった。 過分なもてなしの必要はないとのお達しがあり、お泊まりになる部屋の改装や家具を買い替える事まではしなかった。
当日、私達は第一宿舎前の大広場でヴィジャヤン大隊長をお迎えした。 こんなに近くでお目にかかった事はない。 イーガンの奇跡の時、対岸から見たあの勇姿を思い出して思わず胸が熱くなった。
ウェルター中隊長の号令で一糸乱れぬ閲兵式が行われた。 ヴィジャヤン大隊長がきりっとした敬礼で応えられる。
ヴィジャヤン大隊長の後ろには犬がいた。 それが式の最中にそこら中を走り回ったかと思うと、ある兵士の前でひよひよと吠えた。 何なんだ? あれはトムフォーデだ。 ガイゼンバンとダーネソンの前でも。 それを見たネシェイム小隊長が、三人を別室へ連れて行った。
その後でひよひよはなかったが、尻尾でぽんっと叩かれた奴が二十人くらいいて、私もその中の一人だった。 私達はソーベル中隊長補佐に先導され、別室に連れて行かれた。 間もなく一人ずつ中隊長執務室へ呼ばれて行ったが、そこにはなんと、ヴィジャヤン大隊長が机の前に座っていらっしゃる。 まさかこんなにすぐ面接になるとは。 ど、どうしよう。 心の準備が出来ていない。
私の焦りなどに関係なく、ヴィジャヤン大隊長が御質問なさった。
「教官って、モテるんでしょ?」
大隊長から直接お言葉を戴くなど私にとっては初めての経験で、緊張していたせいもあるが、質問が意外過ぎて最初は何を言われたのか分からなかった。
教官がもてる? 私が寝る間も惜しんで用意した質問集の中にこの質問はなかった。 この「もてる」は、果たして俗に言う所の「モテる」なのか? モテるに、モテる以外の意味があったかどうか迷いはしたが、分からない事を深読みしてもしょうがない、と諦めて正直に答えた。
「教官がモテるとは寡聞にして存じません。 また自分は輸送部隊の兵士を訓練する教官を務めて十一年になりますが、私がモテた事はありません」
「そうなんだ。 あ、でも結婚しているんでしょ? 奥さんに惚れられて、とか?」
「妻とは見合い結婚です。 嫌われてはいないでしょうが。 惚れられたとは申し上げにくいです。 その、お互い断る理由もないし、という感じでした」
ヴィジャヤン大隊長は不思議そうなお顔をなさった。 そしてそれだけ。 ヴィジャヤン大隊長から退室してよし、と言われた。
落胆は隠せない。 私は選ばれなかったのだ。
面接が終わり、すっかりしょげて帰宅した私をマナが慰めてくれた。 六頭殺しの直属になれただけでもすごいじゃないのと言われたが、こんな昇進の機会が二度あるはずはない。 私はやけ酒をあおって寝た。
ところが翌日、二日酔いの私に小隊長昇進の知らせが届いたのだ! 尻尾で叩かれた二十人は全員小隊長昇進通知をもらっていた。
犬に挨拶された三人は面接に呼ばれて北方伯家へ行ったらしい。 帰ってから聞いてみると、トムフォーデとガイゼンバンは北方伯家の家令補佐として引き抜かれ、もうすぐ始まる土木工事の監督をする事になったそうだ。
そしてダーネソンはなんと北方伯家執事補佐。 いい奴だけど、こんな大抜擢になるような能力とかあったっけ、とみんな一様に驚いていた。 足が速いので知られているが、そんな事が理由のはずはない。
トムフォーデは確か子爵家庶子だし、ガイゼンバンは結婚してから籍を別にして平民となったが、生まれは男爵家正嫡子だ。 かろうじてその辺りは選ばれた理由の一つと思わないでもないが、一番地位の高い仕事を手にしたダーネソンは私達が知る限り代々平民。
北方伯家に奉公したい貴族の子弟ならわんさかいるが、どんなコネがあろうと断られると聞いていた。 それは子爵や男爵程度ではコネ不足という意味だと思っていたが。 もしかしたら貴族のコネがある奴はだめと言う意味だったのか?
私自身平民だし、教官に選ばれるに相応しい能力がある訳でもないのに選ばれた。 せっかくの幸運にケチをつける気はないが、なぜ私が選ばれたのか。 そしてあの面接の質問にはどんな意味があったのか。 結局誰に聞いても分からなかった。
ただ他の選ばれた奴も私同様、いや人によっては私より訳が分からない奴がかなりいた。 大きな声では言えないが、スキャンオリンなんて宴会要員と言うか。 それ以外の取り柄があったっけ? トタロエナ族は歌や踊りが大好きだから部下の人気を集めるのには苦労しないだろうが。
面接の内容だってみんな私と五十歩百歩。 そもそもどうして面接されたのか、納得出来る理由が言える者はいなかった。 ロシッカが笑いながら、俺達を選んだのはあの犬だったんじゃないか、なんて言っていたが。 まさかな。




