中隊長
「ウェイザダに新しく派出所を開き、トタロエナ族から兵士を募集して駐在させてはどうか」
週例会議の時、将軍からなんとも有り難い御提案を戴いた。
どの大隊長も将軍が月一で招集なさる月例会議の他に、週一で将軍と個別に会い、報告やら自分の隊だけに関する問題を協議する。 自分の隊なんてないも同然の俺にもそれは義務づけられているので毎週木曜、午前十一時に将軍執務室に出頭しているが、いつもは世間話をして、その後一緒にお昼御飯を食べて終わりだ。
実は、密かに早く木曜にならないかな、と毎週楽しみにしている。 と言うのも将軍が召し上がるだけあって、なかなか美味しいお弁当が出されるんだ。 大きな声では言えないが、この会議兼会食にはカルア補佐とマッギニス補佐が同席しない事も嬉しい。
別に大した話をしてる訳じゃないんだ。 補佐がいたっていいんだけど、この二人がいると大した話をしてない事が後ろめたくなると言うか。 美味しいですね、と一度以上言ってはまずいような。 だけど一回しか言わないのがちょっと残念って思うくらい美味しいお弁当なんだ。
それに世間話や弁当が美味いと言っただけで会議が終わったからって、それを責められた事がある訳じゃない。 でも補佐が一緒だと、どうしても仕事の話になってしまう。 元々仕事の話をするための会食じゃないのか、なんて言われなくても分かっているけどさ。
言い訳っぽいけど、結構真面目な話をする時だってある。 派出所開設はその良い例だ。 その日のお弁当には俺の大好きな鳥手羽の唐揚げが入っていたから、おおっと目が輝き、早速かぶり付いたせいで、つい、はしゅしょれすかあ、と言うおばかな返事になってしまったけど。
派出所があるとその付近の町には沢山金が落ちる。 領主なら当然大歓迎すべき話だ。 本来なら将軍から言われるのを待つんじゃなく、自分からとっくに言い出してなきゃいけない。
皇国五軍のどこであろうと大隊長にまで昇進するのは貴族に決まっている。 つまり自分の領地があるか、でなければ実家が領主とか妻が領主だ。 それで大隊長に昇進すると軍からの昇進祝いみたいな感じで、自分の好きな所に一カ所、派出所を開設してもいい事になっている。 それはマッギニス補佐から教えてもらっていた。 自領に駐屯地や派出所が既にある場合は百人程度の増兵が許可されるんだって。
だけど俺の領地じゃ町なんてない。 水道工事だって始めてみないと順調に進むかどうか分からないし、完成がいつか分からないのに派出所を作ったりしたら、北軍にとって金がかかるばかり。 大した実益はない。 申し訳ないので俺からお願いしてはいなかった。 準大公という大層な肩書きが付いたから、いくら言葉ではお願いでも命令になっちゃうし。
ところで師範のように平民出身で自分も実家も領地を持たないという大隊長は北軍だけでなく皇国中で初めてだ。 妻は貴族だけど、北出身じゃないし。
だから師範の様な先例はないが、もし師範が自分の出身村に派出所を開設したいと申請していたら、きっと許可されたと思う。 でも師範はそれをしなかった。 師範にどうしてしないのって聞いたら、けったくそ悪い、と言う返事だった。
俺はそこで初めて俺の義父が昔、貴族の乱暴者に滅茶苦茶に殴られ、瀕死の重傷を負った事を知った。 そしてその時領主が何もしてくれなかったという事も。 だから師範はその領主が喜ぶような事は絶対したくないんだって。 そう言えば師範は結婚式の時にも出身地の領主を呼んでいなかったな。
領主になったから領主の肩を持つ、て訳じゃないが。 師範の家には何もしてあげなくても裏では何かあったんじゃないの、とか思った。 だって領民は領主にとって財産の源、自分の持ち物、て感じ。 それを傷つけられたら相手が誰であろうと傷つけられっぱなしで黙っているはずはない。
まあ、でも相手が格上だったら嫌みを言うくらいで諦めるかも? もう二十年近く前の事だから今更ほじくり返したってしょうがないんだけど。
ついでに言うなら俺のように実家が北じゃないのに北軍大隊長になったという例も珍しい。 北軍史に詳しいトーマ大隊長が、史上三人目だって教えてくれた。
俺の実家は西だから、そこに北軍の派出所は作れない。 それで大隊長に昇進しても何もしなかったが、今では領地もある事だし、と将軍にお心遣い戴いた訳だ。 有り難い事ではあるんだけど、何しろ土地が土地だ。 派出所を建てるなんてそもそも出来るのか、という疑問がある。
どうせ作るなら北軍と領民のどちらの利益にもなってほしい。 それで派出所を作るとしたら何をどう始めるのが一番いいか、トタロエナ族に詳しいウェルター中隊長とソーベル中隊長補佐を呼んで相談にのってもらった。
ステューディニ中隊長から水場建設予定地の進言書をもらってある。 それに従って取りあえずイーガン駐屯地の近くに一カ所、そこから三日の距離の所に一カ所、水道工事を始める事になった。
水が引ければ人の流れも変わるし、塩と砂を運ぶ事業も始められる。 その青写真と建設工事予定表を元に、ちょっと変わった派出所を作る事になった。
派出所としての建物は建てない。 その代わり給水場に野営地を作り、そこに夏の間水道の保守と売買をする兵士を駐在させる。
同時にトタロエナ族志願兵を募集し、その際、任地は大峡谷内になる事を約束する。 給金は金でなく、食料で払い、飲み水はただ。
給水場の数は年三カ所の割合で増やしていく。 水が引け次第、岩塩と砂が運べるようなレールを敷く工事を開始する。 開通したらトロッコを置き、それをポーロッキに引かせる。
その大筋が決まった所で将軍から許可を戴く事が出来た。 これからが勝負とは言え、何度も練り直した計画が許可されてほっとした。
この計画が提出出来たのはウェルター中隊長とソーベル中隊長補佐のおかげだ。 俺の部下でもないのに親身になって相談にのってくれた事に対してお礼がしたくて自宅での夕食に招待したら。 なんとその時ケルパが二人に例のひよひよ挨拶をしたのだ!
「ウェルター中隊長、退官後、北方伯家に家令として勤めてくれる気はない?」
「喜んで承ります」
「いやー、助かった! あ、ウェルター中隊長の後任はソーベル中隊長補佐が引き継いでくれるんでしょ?」
俺がそう言うと、ウェルター中隊長とソーベル中隊長補佐が顔を見合わせた。 そして俺に言い聞かせるかのようにウェルター中隊長が答える。
「残念ですが、おそらくそれは通りません。 ソーベル中隊長補佐には中隊長としての任務を果たす能力があります。 しかしトタロエナ族出身である事が大きな障害となるでしょう。 私の後任はまだ決まっておりませんが、ソーベル中隊長補佐は私の後任の補佐を務める事になると予想されます」
「出身が障害? 何人もの人命救助の功績に加えて瑞鳥捕獲の特務メンバーでもあるのに?」
「それはそれ、と申しますか」
そんな事って、あり? ウェルター中隊長は第六大隊所属だ。 信じられなくてフジョート第六大隊長にウェルター中隊長の後任は誰になるのかを聞いた。
「今の所、候補が五人いる」
「候補者の名前を教えてもらえませんか?」
「ジョドール、ロリンボン、アムズラナ、モズコパット、ボーレイスだ」
他の隊の人事に口出しするのは気が引けたけど、思い切って聞いてみた。
「あのう、なぜソーベル中隊長補佐の名前がないんでしょう?」
「ソーベル? トタロエナ族を中隊長に据えるだなんて、とんでもない」
ウェルター中隊長が予想した通り、出身を理由に反対されてしまった。
「貴族で昇進に値する者がいくらでもいる。 なのに彼らを押しのけてトタロエナ族を昇進させたら候補者五人全員から猛反発を食らうのは必至だ。 ソーベルが瑞鳥飛来の特務を成功させる為に貢献した事は大いに評価できるが、誰もが納得する昇進と言う訳にはいかない。 北の猛虎でもあるまいし。
イーガンは場所が特殊なだけに大峡谷を知らない者に任せるのは不安だが、ソーベルが補佐として付くなら大丈夫だろう。 階級は補佐でも実質上の中隊長として任務を果たせばよい。 ソーベルだとて下手に昇進して部下に反目されていては円滑に任務が遂行出来まい」
実質上の中隊長の任務を果たすと言ったって上官の命令は絶対だ。 上官がだめって言ったら部下が覆す事なんて出来ない。 だけど他の部下に反目されていては任務に支障が出る、と言われれば反論出来ないし。
冬には三個小隊、百五十人程度の常駐兵しかいないため、イーガン駐屯地を指揮する上官は昔から中隊長に決まっている。 でも夏の間だけとは言え千に膨れ上がる兵を指揮するんだ。 他の中隊長が指揮している所は派出所と呼ばれるのに、イーガンだけは中隊長が指揮していても駐屯地と呼ばれるのはイーガンの中隊長には大隊長並みの権威があるからでもある。
イーガン駐屯地への夏の臨時兵は第六大隊だけから出兵しているんじゃない。 北軍全体から今年はお前が行け、みたいな感じで出しているんだ。 毎年様々な部隊から来る新顔の寄せ集めなだけに上官としてはそれだけで気苦労だ。
その点、ウェルター中隊長なら北軍の名物中隊長として名が知られているうえにウェルター子爵家の正嫡子で誰からも尊敬されている。 彼の出す命令に従わない人はいないだろう。
だけど北ではトタロエナ族に対する偏見が結構強い。 俺は西で育ったから北の少数民族であるトタロエナ族の事なんて何も知らなくて。 それで偏見の持ち様もなかったが、北の兵士なら一度はイーガン駐屯地で夏の短期任務を遂行する関係でトタロエナ族の事を知っている。
厳しい環境で生き抜くため彼らは普通の家を持たない。 大峡谷に穴を穿ってそこを住処にしているんだ。 水のない土地で暮らすだけにその耐久力はすさまじいばかり。 厳しい日差しに照らされての行軍なのに、丸一日水を一滴も飲まないんだ。
大峡谷を一緒に旅した時、俺はソーベル中隊長補佐に聞いた事がある。
「トタロエナ族って、みんなお前みたいにすごいの?」
「長年駐屯地で暮らしたせいで自分はすっかり柔になりました。 大峡谷で暮らすトタロエナ族ならこんなものではありません」
そんなにすごいのに、他の兵士がトタロエナ族の事を話しているのを聞いていると尊敬しているって感じは全くない。 どちらかって言えば便利のいい家畜並の扱いと言うか。
トタロエナ族は文盲でトタロエナ族の言葉は皇国語と全然違う事も関係しているのかも。 夏に隊商に雇われるから皇国語をしゃべるけど、ぼつぼつって感じ。 言葉が流暢じゃないと友達にもなれないし。 軍での地位が底辺である事も偏見に拍車をかけているのかもしれない。
ソーベル中隊長補佐はちゃんと読み書きができるが、入隊してから学んだと言っていた。 俺から見れば、それって努力の人って事で、きちんとした学校を出てから入隊したよりも立派だろ。 少なくとも俺みたいな小学校卒より立派だと思うんだけどな。 他の人に言わせると、十八になるまで文盲だったなんて中隊長に相応しい教養に欠ける、て事になるらしい。
確かに中隊長ともなれば沢山報告書を提出しなくちゃいけないから単純な文章しか書けないのは困るんだけど。 そんな事言ったら小卒で大隊長になっちゃった俺だって立派な文章なんて書けない。
もっとも俺の場合、実際の部下は数人だったから大した報告書を書く必要がなかった。 偶に書かなきゃならない時は俺がまず書いて、マッギニス補佐かタマラ中隊長補佐に書き直ししてもらっている。
相応しい教養に欠ける俺だって大隊長をやっているんだし、ソーベル中隊長に教養ある補佐を付ければ何とかなるんじゃないの?
とは言っても教養がある奴となると、たぶん貴族か貴族の親戚で。 まさにソーベル中隊長補佐が昇進して面白くない奴、て事になる。
補佐や部下の人選では困るとしても俺としてはソーベル中隊長にイーガンの指揮をしてもらいたかった。 領民であるトタロエナ族の信頼を勝ち得るためにも。
俺はイーガン駐屯地を俺の大隊の管轄としてもらえないか、将軍に掛け合った。 するとフジョート大隊長と月例会議で他の大隊長の了承も得られたら許可する、と約束して戴けた。
それでマッギニス補佐にイーガン駐屯地を俺の指揮する第十二大隊に編入させるための根回しをしてもらった。 ウェルター中隊長が退官するのは来年末だからまだ先の話だけど、今まで北軍兵士がやっていた夏の仕事をトタロエナ族にさせたい。 そうすればトタロエナ族に給金として食料を渡してあげられるし、北軍の各部隊からイーガン駐屯地に臨時出兵させる必要がなくなる。 この臨時出兵は毎年の事なだけにどの大隊も負担に思っていたから一石二鳥だ。
ただこれを実現するにはトタロエナ族を兵士として訓練しなきゃならない。 文盲で命令に従う事を知らないんだから一人前の兵士にするには時間がかかる。 今から準備を始めないと、水が引けても相変わらず北軍に頼りっきりとなってしまう。
幸いイーガンを俺の隊へ編入する案は反対されずに通り、第十二大隊に第一中隊が出来る事になった。 俺の大隊直属だから俺が中隊長を決めてよい。
ウェルター中隊長が退官したら北軍史上初のトタロエナ族出身の中隊長が誕生する事を将軍に報告した。




