北方伯好み 建築家、ヒュートンの話
北方伯本邸を建てるのは誰か? 現在の皇国建築業界の関心事はそれに尽きる。 建築家となる者は大なり小なり後世に名を残したいと願っており、北方伯本邸を建てたら他の何を建てるより歴史に名を残す事になると予想出来るからだ。
未曾有の建築ブームが始まり、寸暇を惜しむ建築業界だが、寄ると触るとお互いを探り合っている。 但し、今何を建てているか、これから何を建てるかをではない。 北方伯家に設計図を送ったか、送ったのなら返事は来たかを知りたいのだ。
名のある建築家ならどんなに忙しくとも自分の自信作を御一考下さいと既に送ったはず。 自惚れる訳ではないが、私もそこそこ人気の建築家だ。 これならと思う自信作を送ったが、残念ながら送ってから二ヶ月以上経っている。 未だに何の音沙汰もない所を見ると私は選ばれなかったのだろう。 だが今のところ誰もお返事を戴いていない。 一体、誰が選ばれたのか?
最近、スアサンダ離宮の建設も発表され、それも話題だった。 ボシェカルシは当代一の建築家との呼び声も高いが、斬新過ぎると評価され、結局その仕事はレティハレが射止めた。
当初、北方伯本邸を建てるのはレティハレ、ボシェカルシ、グリゴウのいずれかではと予想されていたが、ダンホフ別邸はグリゴウが手がける。 そうこうしている内にヴィジャヤン準公爵別邸はボシェカルシが設計する事に決まった。 この三人が他の仕事を請け負ったとなると彼らも北方伯本邸の受注に失敗したのだ。 本命がいなくなった事が業界の噂を余計に煽った。
もしかしたら、と思う気持ちは捨てきれなかったが、来ない仕事をいつまでも待ち続ける訳にはいかない。 マッギニス侯爵家より別邸の設計を打診された時、私は迷った末に引き受けた。
侯爵家にお伺いすると、まず始めにマッギニス侯爵がおっしゃった。
「別邸が大きくなり過ぎないよう心せよ」
それは随分風変わりな御注文だ。 上級貴族の本邸は何百年も前に建てられている。 全邸を建て替えるなら自分の趣味に走ってもいいが、それは資金的に無理な事が多い。 増築は可能だが、そこだけスタイルの異なる増築をしたら世間の笑い者になるだろう。 けれど別邸なら更地に建てられるので、どの貴族も華美で大きな別邸を建てたがるものなのだ。 気に入った土地が狭いため中身に凝るという御方もいる事はいるが。
マッギニス侯爵別邸なら警備の都合もある。 館自体は小さくとも敷地内に警備員の詰所や宿舎を建てるだろうから最終的にはそこそこ大きくなるとは思うが。 上級貴族が次々と別邸を建てている中で一番小さかったら、いくら中身は贅を尽くしていようと、これがマッギニス侯爵別邸か、と訝しく思われるのでは?
侯爵御自身がそうおっしゃったから、と素直に小さく建てた後で、これではあまりに見すぼらしいと設計した私の責任であるかのように言われては面白くない。 それで知り合いの建築家に、どれくらいの広さの別邸を建てるつもりか聞いてみた。
今の所返事がもらえたのはグゲン侯爵、ヘルセス公爵、カイザー公爵、マレーカ公爵を手がける四人だけだったが、なぜか全員、顧客から大きくするなと言われていた。 噂ではスアサンダ離宮でさえ伯爵の別邸と言ってもよいくらい狭小なのだとか。 しかしなぜ大きくするなと指示されたのか、その理由を知っている者はいなかった。
ともかく図面を引く前に土地を視察に行く必要がある。 それで私は北へ旅立った。
北の春の美しさは格別と聞いていたが、初めて北を訪れた私は空気の澄んだ大地に広がる輝くばかりの緑に目を奪われた。 マッギニス侯爵別邸予定地も選び抜かれたのだろう。 美しい湖の湖畔で、しかも対岸には北方伯別邸が建っている。
北方伯には本邸がまだないのだから、あそこに御夫妻がお住まいでいらっしゃる事は間違いない。 遠目に見ただけだが、あまりの小ささに驚いた。 貴族の邸にあるまじき大きさと言ってよい。 あれでは部屋数は二十やそこらしかないだろう。 まさかこれが別邸を大きくするなとおっしゃった理由?
それではまるでマッギニス侯爵が北方伯家に御遠慮なさっているかのようではないか。 御次男が北方伯の補佐をしているだけの関係で、あのマッギニス侯爵家が伯爵家に遠慮する?
貴族という人種は変遷する一時の人気に惑わされる事などない。 仕事柄、貴族がどれだけ序列や爵位、しきたりと呼ばれるものに拘るかを知っているだけに、新興の北方伯家に対する遠慮には意外の感を抱かずにはいられなかった。
確かに北方伯家のお嬢様がいずれ国母となられるが、それは何年も先の不確定な未来の話。 それに大きさを抑えるように、と指示したのはマッギニス侯爵家だけではない。 建築家が北方伯家を設計したがっているのは世間の北方伯人気に踊らされているからと言えなくもないが、同じ現象が上級貴族の中でも起こっているとは、にわかには信じられなかった。
ところで今回の旅では防寒対策や建材に関して聞くつもりで、北の著名な建築家であるリメコッチ氏に面会を申し込んでいた。 寡聞にして現在北方伯がお住まいの邸を設計したのはリメコッチ氏である事を知らずにいたのだが、御自宅にお邪魔すると話のついでに北方伯別邸設計図を見せてもらうという幸運に恵まれた。
外見通り、貴族の邸らしからぬ間取りだ。 それもそのはず、この邸は元々平民の金持ち用に建てられた家だった。 新婚当初は叙爵もまだでいらしたし、平民出身の奥様が小さな邸を御希望なさったとも考えられるが、お嬢様が準皇王族となられた事でもある。 気に入らなければ引っ越す事など簡単だろうに。 北は僻地と言っても第一駐屯地付近は北の首都と言うべき町。 これより大きな邸宅など他にいくらでもある。 取りあえずは小さな邸に落ち着くにしてももっと大きな別邸に移るとか、新邸の建設を始める事も出来たはず。 なぜ未だにこんな手狭な家にお住まいなのか?
リメコッチ氏は現役から引退され、その後、仕事は一切請け負っておられないとの事。 だが北軍の建築相談役をしていらっしゃる関係で、北方伯と何度かお会いした事もあるのだとか。 好奇心は抑え難く、北方伯がこの邸を御自宅に選ばれた理由を御存知かどうか、リメコッチ氏に伺った。
「さあて。 伯は何と申しますか、尋常ならざる御方でして。 お気持ちを推測するなど、凡人の身にはとてもとても。 それにあの邸はイーガンの奇跡の最中にお決めになられたようで。 つまり伯御自身が家探しなさったのではございません」
「すると御夫人がお気に入られ、それでお決めになられた?」
「私が聞く限りでは、そうとも言い切れないような」
「では執事の推薦でしょうか?」
「かもしれませんな。 まあ、私が聞いたのは単なる噂ですし」
「噂? どのような噂でしょう?」
「何でも伯の部下がですな、不動産税の安さで決めたとか」
「部下?」
「ま、誰が決めた事でもよいではございませんか。 伯にお目通りが叶った時直々に、大変住み心地の良い家で、とても気に入っているとお褒めのお言葉を頂戴致しております。 特に調理場が広いのがとても便利だ、と。 何でもそこを御家族団欒の場にしていらっしゃるのだとか」
御家族団欒の場?
私は帰ってからもその言葉を心の中で反芻した。 設計する時そんな視点で家を考えた事など一度もなかった。 家とは美しさであり、権威の象徴。 それが顧客の要望でもあり、家族団欒の場が欲しいと希望した貴族は今まで一人もいなかった。 それがいいとか悪いとかと言う問題ではない。 建築家は顧客の望む家を建てるのが仕事。 勿論建築家自身が何も考えずに家を建てる訳ではないが、建築家の意見が要らないなら大工に頼むだろう。
そもそも上級貴族が家族が団欒する情景だなんて思い浮かばない。 しかも今回の依頼では家の大きさが限られている。 従来のデザインを踏襲したら各部屋が余りに小さく狭くなり過ぎるという問題があった。
散々悩んだ末に、私はマッギニス別邸に北方伯別邸と同じ、家族団欒の場という概念を取り入れた。 従来の貴族別邸から大きく外れ、リメコッチ氏の影響がはっきりと見て取れるデザインだ。 書斎、来客出迎え用の部屋、サンルームがない。 食堂と中央の応接間を仕切る壁を取り払い、アーチと柱で空間を仕切った。 メインフロアにある調理場に付随するエリアを広く取り、そこに食卓を置く。
貴族の別邸は大抵正面が豪華で前庭に重点が置かれるのだが、湖畔を楽しむという視点で裏庭にパティオを作り、そこでお茶が飲めるようにした。
このデザインに自信があった訳ではないが、元々大きくするなと指示されている。 とは言え、侯爵家別邸としてはあり得ない程小さい。 提出はしたものの、やり直しさせられる事を覚悟していた。 ところが私の設計はそのまますんなり通り、マッギニス侯爵別邸は数ある別邸の中でも一番早く着工し、完成する事になった。
完成前からこのデザインは業界で大きな話題となり、どうしてこのような間取りにしたのかと誰からも聞かれる。 その度に私は、北方伯好みに建てました、と答えた。
それ以来「北方伯好み」は建築業界で流行語となり、一般の家でもこのデザインが取り入れられるようになった。 今ではどれほど大きい邸であろうと必ず調理場を大きく取り、食卓を同じ空間に置く。
私が「北方伯好み」の創始者であるかのように言う人もいるが、それを聞く度に創始者はギャム・リメコッチ氏であると訂正している。




