岩塩
分からない事があったらトビに聞く、を信条にしている俺だが、トタロエナ族から税を取る気満々でいるトビに、どうしたら彼らの生活が楽になるだろう、なんて聞けない。 領民に楽をさせようと思ったら何をどうするにしたって俺の持ち出しになる事は目に見えている。 いつも俺の利益を第一に考えてくれるトビが、喜んでそんな事を考えてくれるはずはない。 俺の得になる事なら次々思いついてくれるのは有り難いが。 俺の損になる事となると何か思いつく事があったとしてもやりたがらないんだ。 そして俺がそんな事をしようとしたら怒る。 それが怖い。
でも領民が豊かになれば、いつか領主に返って来るんじゃない? 俺が生きている間じゃなくても俺の子供の時代に、とかさ。 俺とリネの間に二人目が生まれなくて領地を皇王家にお返しする事になったとしても、俺が領主でいる間は領民の生活を楽にしてあげたい。
もっとも遠い未来の話より、とりあえず今、領民の子供が売られずに済むようになればいいな、と考えているだけなんだが。 トビに聞けないなら誰に聞こう?
領地経営を三十年近くなさっていた父上なら経験豊かだから何かお知恵を貸して下さるかもしれない。 現伯爵である兄上も領地を采配するお勉強を沢山なさっていたし、とても賢い方だからよいお考えがあるんじゃないか? それに今ではレイ義兄上を始めとして広大な領地を管理している領主が身内に何人もいる。
その内の誰に聞いたっていいんだけど、どの領地にもトタロエナ族みたいな先住民族がいる人はたぶんいない。 皇国どころか外国にだって税を払っていない土着民がいる領主なんていないと思うんだよな。
それにさ、領主って領民に金があろうとなかろうと、税は払ってもらいます、て感じ。 又、そうでなければ領主なんてやっていけないだろ。 ほんとに金があるのかないのか一々調べている暇なんて誰にもないんだから。
どうやって税を絞り取るかに関する秘訣なら知ってる人は結構いると思う。 だけど俺の聞きたいのはそんな事じゃない。 そもそもこんなの、一足す一でもあるまいし、聞けば誰かが答えを教えてくれると思う事自体間違いだ。 北にある領地と南にある領地じゃ特産物だって全然違う。 とは言ってもおばかな俺の頭じゃ限界見えてるよなあ。
俺は大隊長執務室で、なんかいい案が天から降って来ないかな、とか考えていた。 すると側でさくさく仕事を片付けていたマッギニス補佐が、ふとその手を止めて、如何いたしました、と聞いて来た。
俺がぼーっとしている事はよくある。 どうやらそれはすごく分かり易いようで、しょっちゅう注意されたりしているんだが、不思議な事に今晩の御飯は何かなとか、昨日サリが掴まり立ちしたなーとか、そろそろおもちゃ屋さんで特売やるんじゃないか、みたいな事を考えてぼーっとしている時にどうしましたとマッギニス補佐に聞かれた事は一度もない。
考えている中身がどうでもいい事か、割と真面目な事かを正確に読み取る事が出来るのはトビとマッギニス補佐だけだ。 それでトビに聞けないのならマッギニス補佐に聞いてみるのがいいかも、と思いついた。
「どうすればトタロエナ族の生活が楽になるかなって考えてた」
マッギニス補佐が笑ったのを見た事はない。 でも所謂「笑われる」に近い目にあう事は結構ある。 大隊長には無理でしょう、とかそれに似た様なセリフを自信と確信を込めて言われるんだ。 勿論、マッギニス補佐が言う事には全て自信と確信が込められているが、それより更にランクの上がった自信と確信と言うか。 決して俺の気のせいなんかじゃない。
ともかく、そんな事は出来ません、と一笑に付されてお仕舞いになる事を覚悟してぽろっと言ったんだけど、マッギニス補佐は全然笑わなかった。 面倒な言い方になるが、俺は所謂「笑われる」に近い目にあわなかった。
少し間を置いてからマッギニス補佐が言う。
「塩を売る商売を始めれば、それが可能になるかもしれません」
「塩?」
「そうです。 今まで隊商が持ち帰る大峡谷の産物は高額な物の中でも運ぶのに簡単な物、つまり小さくて軽い物に限られておりました。 鉱物の中でも宝石として使える石、薬になる物等です。
しかし給水場が出来れば水を運ばずに済みます。 ポーロッキの数は従来のままで塩のような軽くはない物でも持ち帰る事が可能となりましょう」
そう言いながらマッギニス補佐は棚の一つの扉を開け、何種類かの石を取り出して見せた。
「調査した所に拠りますと、大峡谷には上質の鉄鉱石、岩塩、陶器を作るのに向いた粘土、花崗岩、珪砂があるようです。 岩塩、粘土、珪砂なら地面に露出しているので採掘の手間がかからず、道具を持っていないトタロエナ族でも簡単に取ってこれます。 とは申しましても最初の内は採掘場所がイーガンに近くなければ簡単には運べないでしょうが」
更に分厚い書類を見せてくれた。 表紙に岩塩市場価格調査表と書いてあった。
「比較的軽く、高額で売れるのは岩塩です。 売値は持ち帰った岩塩の質が関係しますので、もう少し慎重に調査致しませんと申し上げられませんが、運ぶ手間に見合う値段で売れる事は確実と思われます。
将来効率の良い輸送手段が確立すれば、北方伯家にとって安定した収入源となる事が期待出来るでしょう。
岩塩だけでなく、いずれは重い鉄鉱石や花崗岩を運ぶ為にもレールを敷く、又はそれに類似する恒久的な輸送手段を設置する事を考えねばなりません。 しかしその工事を行う為には水がなければ不可能なので、水道工事が終わるまではポーロッキで運べる物に限られますが。 塩なら北軍も買うでしょうし、遠くへ輸送しなくても買い手はいくらでも見つかります。 採算を取るのは難しい事ではありません。
そこで塩を持って来たら食料と交換してやる、とトタロエナ族に約束するのです。 食料が確実に手に入る道があれば、彼らの生活も楽になるのではないでしょうか?」
俺は思わず、ぽかーんとマッギニス補佐の顔を眺めてしまった。 賢い奴とは知っていたが、これ程賢かったとは。
「マッギニス補佐、お前はえらいっ!!」
感動のあまり大きな声で褒めた。 そしたら、お静かに、と注意された。
ちぇっ。 せっかく褒めたのに。 損した気分だぜ。




