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弓と剣  作者: 淳A
寵児
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ため息

 舞踏会から第一駐屯地に帰り、何はともあれ忘れない内にと思い、マッギニス補佐にサルジオルキと言う名前の親戚がいるかどうかを聞いた。

「おりません」


 以前マッギニス補佐の説明は長いと言った。 それは嘘じゃない。 長い事は長いんだけど、なぜか俺の聞きたくない事に限って長くなるという嫌な特徴を持つ。

 例えば木の枝にまたがって弓の稽古をしようとした時、どうしてそれはやっちゃいけないのか。 法律上どうなっている、軍規ではこうなっている、それでもやりたい場合どういう方法があるか、などなど。

 俺としてはだめならだめで、あ、そう、と言う感じ。 理由や背後関係なんて教えてくれなくても良いんだけどな。

 なのにちょっと面白そうな話や俺の興味がある事、知りたい事になるとマッギニス補佐の返事はとても短くなる。 だから俺はマッギニス補佐の子供の性別を未だに知らない。 教えません、で終わり。

 今回の場合、親戚ではいないが、サルジオルキさんと言う名前の知り合いならいますとか、或いはサルジオルキ家に関してこういう逸話を知っています、でもいい。 せめて、なぜそんな事を聞くのかと聞き返すくらいのやり取りがあったっていいだろ。 一々上官の俺から、なぜだか聞いてくれ、とお願いしなくたってさ。

 でもマッギニス補佐が余計な事を聞いて来た事なんかない。 世間話の類をした事もない。 俺が上官だからという理由じゃなく、マッギニス補佐が世間話をしている所を見たり聞いたりした人は、この地上にいないのだ。

 なぜそこまで確信を持って言えるんだ、と思うかもしれないが、俺だってそう言い切るだけのちゃんとした根拠がある。


 毎日俺の所には自薦他薦の従者希望者から沢山の履歴書が送られて来ていた。 平の兵士がものは試しだと送って寄越したものもあるが、中には何とか侯爵やどこそこ王子の御紹介状付きとかもあったり。 だから目を通さずに冬の暖炉の燃えさしにする訳にはいかない。

 それでなくとも俺の元には招待状やら手紙やらが何十も届いている。 名前だけの大隊長とは言え軍関係の重要書類だってあるし、返事を書かねばならないものだって結構あるから半端な仕事量ではない。

 熱意と共に仕事に就いたタマラ中隊長補佐だったが、ついに音を上げた。 その様子を見たフロロバが、こんな冗談を言った。


「ヴィジャヤン大隊長の従者を募集。 年齢経験不問。 但し、マッギニス大隊長補佐が世間話をしていた所を見たり聞いたりした事がある人に限る。 応募の際、日時及び話の内容を明記の事。 これが添付されていない申し込みは一切受け付けない。 自薦他薦を含む」


 それを聞いた部下はみんなどっと笑って終わりにしたんだが、タマラ中隊長補佐だけは笑わなかった。 見かけ以上にせっぱつまっていたのだろう。 なんとそれをそのまま従者の為の会誌、「ともびと」に掲載したのだ。

 以来、従者希望の履歴書、釣り書、紹介状の類はただの一通も届いていない。 人生と言うか、仕事量が一変したこの大いなる貢献に感激したタマラ中隊長補佐は、フロロバに調理師の名目で職能給が付くようにしてあげた、というおまけまでついている。

 だからマッギニス補佐が世間話をしないと言うのは俺のでっちあげではない。 又、世間話をしないからマッギニス補佐は性格が悪いのだ、と言いたいのでもない。 マッギニス補佐の性格に問題があるとしたら全く別の理由だと思う。 それが何であるかを知るのは怖いから突き詰めて考えない様にしているが。


 だけど世間話がない人生って潤いに欠けると思わない? 例えばおもちゃの特売があったとする。 それを買うつもりがなくたって知ってて悪い事じゃないだろ。 特売が終わっちゃったという話でも、次はいついつ頃かも、とかさ。 単なる噂に過ぎなくたって、それを全部無視して生きる人生って味気ないとか思わない? 氷(マッギニス補佐)に味がついてないのは当たり前だろと言う人もいるだろうが。 世の中にはかき氷というものだってあるじゃないか。


 北軍入隊前は世間話なんて大の苦手だった俺がそんな事を言うだなんて、俺も変わったよな。 と言っても今だって世間話が得意な訳じゃないが。 ただ自分の一日を振り返ってみると、結構毎日いろんな人といろんな世間話をしているんだ。 弓の稽古の休憩時間や会議に行く移動の途中、昼飯の時のついでとか。 俺はふんふん聞いてるだけで偶に相づち打つ程度だから楽だし。

 誰と誰が結婚した、子供が出来た、別れた。 

 家を売った、買った、建てた、引っ越した。

 病気になった、怪我をした、元気になった、死んだ。

 馬や家具を売った、買った。

 あれが安い、こんな新製品が売りに出された。


 そう言えば、着せ替え人形、弓と剣シリーズにリネが加えられた事はフロロバから聞いた。 製造元のブーナム堂ではどんどん家族と言うか、人形を増やすつもりだったらしい。 ところがサリとマッギニス補佐、そしてトビの人形は発禁になったんだって。

 それにしてもフロロバは一体どこからそんな話を仕入れて来るんだろう? 発売された物なら知っていてもまだ分かる。 だけど発売されなかった物の事なんてどうして分かったの? 本人に聞いても情報源は教えてくれなかった。 そんな事知っていてもだから何って感じだけど。

 フロロバほど物知りである必要はないにしても、俺としては人間知っていて悪い事は何も無いと思っている。 何気ない噂話にもそれなりに学ぶ事があるし、後で何が役に立つか分からないのが人生だ。 まあ、マッギニス補佐の人生を味わい深いものに変えようなんて思うほど俺は命知らずでもないが。 いくらおばかな俺だってこれだけ何度も間違えれば学ぶし。


 間違いと言えば、俺は最近、間違っても前向きに受け止めればいいのだ、と思うようになった。 そりゃ間違いなんてやりたくない。 しないに越した事はないんだが、マッギニス補佐の大寒波を経験していたからこそサルジオルキさんの冷気に対抗出来た。

 当時のマッギニス補佐の怒りを思い出すだけで震えが来る。 後始末も大変だった。 いくら俺だって第一庁舎にいた全員を凍えさせるほどの間違いは滅多にしないが、そっちこっちから嫌と言う程苦情をもらった挙げ句、二度と同じ間違いはいたしません、と言う誓約書まで一筆書かされ、随分へこんだ。

 リスメイヤーが凍傷に良く効く薬を配給してくれて、被害が最小限で済んだのは良かったが、後で俺のせいで薬の在庫がなくなったと文句を言われ、薬を補給する金は自腹だったし。 お詫びに六頭殺しの若饅頭をそっちこっちに配ったから財布もへこんだ。

 金はない訳じゃないが、俺の場合、給金は全額トビに渡して管理させている。 毎月の小遣いとして三万ルークを貰い、予期せぬ出費があった時は別途貰うとしているんだ。 余分な金が欲しいならトビにその理由を説明しなくちゃならない。 今度はどんな失敗したのか、その説明をするのが嫌で自分の小遣いにさようならを言ったのだ。


 因みにマッギニス補佐を怒らせた原因は単なる俺の勘違いだ。 ほんと、ばかばかしいくらい単純な理由なんだ。 重要書類は分かりやすい様に赤か青の封筒に入れてある。 将軍が招集なさる月例会議で使うのはいつも赤の封筒だから俺は何も考えずにその日も赤を持って行った。 今日は青の封筒を持って行って下さいとマッギニス補佐に事前に念を押されていた事をすっかり忘れて。

 それだけならマッギニス補佐も俺に冷気の部分攻撃を二、三カ所くれるくらいで終わりにしたと思う。 残念ながらそこで俺は、マッギニス補佐がこれを持って行けと言ったんです、なんて確信を持って言っちゃったのだ。 将軍、副将軍、大隊長、その補佐が居る前で。 それがマッギニス補佐の癇に障ったのだろう。


 粗忽者の俺ではこれからも間違いをしてしまうだろうが、それから学ぶようにすれば悪い事ばかりではない。 だけどそれを週一に行われる定例会議の時言ったのは失敗だった。

 因みに小隊会議は定例会議と呼び名は変わったが、中身は今までと同じだ。 俺は大隊長になったし、中隊長補佐もいるので小隊会議と呼ぶのは適当でない、と言われて変えただけだから。

 いつも会議の始めに俺が一言所感を述べる事になっている。 その時サルジオルキさんとの一幕を例にあげ、間違いから学んだ事は貴重な経験となる、間違う事を恐れないように、と締め括った。 それを聞いた部下はそれぞれこんな風に反応した。


 タマラ中隊長補佐 「学ばれる姿勢は、その、評価出来ないとまでは申しませんが」

 リッテル軍曹 「誓約書まで書かされていながら懲りないとは。 ここまでくれば一種の才能かもな」

 フロロバ 「前向きなのはいいですけど、人の迷惑ってものもありますからねえ」

 リスメイヤー 「薬の備蓄を増やすので予算を増額して下さい」

 メイレ 「あのう、手がかじかむと手術で手元が狂ったりするんです」


 そう言われたので、マッギニス補佐を怒らせる間違いだけはやりませんと言い直そうかとも思ったが、俺がたった今例としてあげたのは、まさにそのマッギニス補佐を怒らせた間違いだ。

 例がまずかったと気が付いた時にはもう遅い。 言葉に詰まっていると、マッギニス補佐がいつもの迫力で言った。

「つまり、これからも意欲的に間違いを通して学ぶお心づもり、とこうおっしゃる」

 その冷徹かつ正確な言葉に、どう返事をしたら良いと言うのだろう。 俺はリッテル軍曹以外の年長さんに救いを求める視線を投げた。 だけどバートネイア小隊長は目を伏せ、援護は無理、頼んでくれるな、と態度で示している。 ネシェイム小隊長はドアをじっと見つめ、まるでこの瞬間に誰かが突然入室して、この気まずい瞬間を誤魔化してくれる、と信じているかのよう。

 俺の返事次第では大寒波再びの憂き目を見る、と全員が身構えたせいか静かな緊張感が会議室に張りつめた。

 ううっ。 孤立無援?


 正直に言ってしまえば、俺はマッギニス補佐の言葉に内心むっとした。 そんな風に身も蓋もない言い方しなくたっていいだろ、と言い返そうかとさえ思った。

 でも今日はみんな冬物コートを脱ぎ捨てて会議に出席している。 ようやく部下の信頼が少し戻ってきた事を密かに喜んでいたのに、ここでまた失言してマッギニス補佐を怒らせたら冬物コートに逆戻りだ。

 夏に冬物コートを仕舞えないだなんて。 それでなくとも低い俺の人気は地を這うだろう。

 深い諦めと共に俺は今後どんな間違いも起こさない努力をする事をマッギニス補佐に誓った、と言うか、誓わせられた。


 ほーんと、俺なんか上官と呼ばれたって名ばかりだよな。 重みも有り難みもありゃしない。

 比べたって仕方ないけど、師範なら部下にすごーい人気がある。 上からも下からも信頼され、同僚である他の大隊長にだって一目も二目も置かれているのにさ。

 それに師範が何かを間違えたなんて聞いた事ない。 仮に間違えても師範なら赤と青を間違えるみたいな下らないものじゃない気がする。

 あーあ。 師範が羨ましー。


 そりゃ俺だって自分が世間に騒がれているという自覚くらいあるけど、そんなのって俺を知らない人達が騒いでいるだけだろ。 家族以外では部下が一番身近な人達で、大した人数じゃない。 みんなと良い関係でいたいと思って俺なりに頑張っているのに、これだもんな。

 別に人気者になりたいとか尊敬されたいとか、そんな高望みをしている訳じゃないんだ。 なのにこれじゃ好かれるどころか嫌われているんじゃないの? 俺が情けないのは身から出た錆なんだけどさ。

 俺は自分の人気のなさに、そっとため息を零した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一話一話で話がまとまっているので少しの時間でも読みやすいです。 [気になる点] この辺りから、マッギニスさんからの冷気が実は比喩表現じゃなくて冷気(物理)なのかな?という疑問が出てきます。…
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