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弓と剣  作者: 淳A
寵児
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別邸  若の両親の会話

 サルジオルキ筆頭女官とサダのやり取りの一部始終は舞踏会の会場でこっそりカナから聞いた。

 舞踏会では旦那様と話をする時間はなかったので、帰りの馬車の中でそれを伝えたら、ひとしきりお笑いになった後で旦那様がおっしゃる。

「後宮で恐れられている女傑サルジオルキもサダの涙目には勝てなかったか。 世紀の対決をこの目で見れなかったとは、残念無念」

「カナったら、鬼に金棒、若に涙目、なんて言うのですもの。 もう、おかしくて。 どうにも我慢できずに中庭に逃げ出して笑いを納めたのですけれど。 舞踏会に戻ってからも一晩中思い出し笑いが込み上げてきて、堪えるのに大変な苦労をいたしましたわ」

「くっくっくっ。 それは大変だったね。 だがごり押しのサルジオルキには良い薬となったであろう。 向かう所敵なしと思い込んでいた様だからな」


 サルジオルキ筆頭女官はおそらくセジャーナ皇太子殿下の戴冠を諦めてはいないのだろう。 以前から色々画策なさっているという噂は聞いていた。 オスティガード殿下がお生まれになって、その目論見が成功する可能性は薄くなったものの、何分未来の事。 確かな事など誰にも分からない。 オスティガード殿下が成人する前にセジャーナ皇太子殿下が戴冠なさる可能性は充分にある。

 とは言え、両陛下は大変御仲睦まじくていらっしゃると専らの噂。 オスティガード皇王子殿下に万が一の事があったとしても、これから何人もお子様がお生まれになると予想される。 誰が見てもセジャーナ皇太子殿下が即位なさる事は望み薄。

 それより何かの機会にサリがセジャーナ皇太子殿下のお子様と恋に落ち、結婚する方がまだあり得る。 けれどサリが北で育ち、御成婚式までオスティガード皇王子殿下にしか会わないのでは皇甥殿下との恋など生まれようがない。


 サダとリネは最近叙爵されたばかり。 元の身分が低いだけに今なら権威で脅せば畏れ入り、言いなりになるとサルジオルキは思ったのだろう。

 しきたりに従えば、貴族を呼ぶ時は彼らが持っている称号の中で一番高い称号で呼ばねばならない。

 婚約成立と同時にサリは既に皇王族の一員となった。 だからサダの場合、低い順から並べれば北軍大隊長、ヴィジャヤン北方伯、オスティガード皇王子殿下御婚約者御父上、ヴィジャヤン準大公となる。

 準大公は確実な事ではないのだから身内でもないのにそう呼ぶ必要はないけれど、オスティガード皇王子殿下御婚約者御父上、御母上と呼ぶのは当然の儀礼。 筆頭女官ともあろう者が知らなかったはずはない。


 トビなら称号が不敬であることにすぐ気付いたでしょう。 でも相手が故意にやっているなら尚の事、理由や目的が分からないのに事を荒立てるのはまずいと判断し、流したのだと思う。 あの場で執事が皇太子妃殿下筆頭女官と呼び方を巡って喧嘩し始めたりしては収拾のつかない事にもなりかねない。 そもそも相手は喧嘩を売りたいが為にしたのだとしたら、拗れれば拗れる程相手の思う壺。 サダの立場を難しくしてしまう恐れがある。


 サダが舞踏会から戻ってからの顛末は急転直下で、事情を聞こうにも既に全員が出発した後。 何しろ私でさえサダの出発を知ったのは、一行が次の宿泊先であるスメタナレイクに到着した頃の時間。 素早いと言ったらない。 それで旦那様が辺りにいた者達からの情報を繋ぎ合わせ、推理なさった。

 

 サダ達がサリの眠る部屋に戻ろうとしたら「北方伯夫妻」では皇王族用の部屋には泊まれない事を告げられた。 夫妻には別室が用意されていたけれど、そこは皇王族用の部屋ではないからそちらにサリを連れて来るのもだめ。

 誰かの意向を受けてした事か、筆頭女官の独断か。 いずれにしてもサリに何かを仕掛けるつもりでなければ両親と引き離そうとするはずはない。

 サダには皇寵がある。 北方伯と呼んだ不敬を陛下に申し立て、筆頭女官を罰する事も出来るけれど、残念ながらそれをするには皇都に行かねばならない。 その場で彼女に呼び名を改めさせる事が出来るのは皇太子殿下か皇太子妃殿下のみ。

 もし筆頭女官が妃殿下の意を受けてした事なら妃殿下にすがった所で無駄な事。 最悪の場合両殿下が合意の上なさった可能性もある。 その場合、離宮にいる限りそれ以上はどうしようもない。


「トビがその辺りの事情をサダに伝えたのだろうね。 それを聞いたサダは筆頭女官と議論して時間を無駄にするより宿泊しないという相手が予想していなかった対応でその場を切り抜けたのだ。 モンドー将軍からその晩の内に北へ帰る許可を得るや否や、あっと言う間に着替えと荷造りを済ませ、出発した。

 一晩くらいなら文句を言わずに別室で休むとサルジオルキは考えたのだろうが。 一分の隙も見せぬとは、サダも意外にやるではないか」

「普通なら舞踏会から戻るのは夜中の三時を過ぎていますもの。 十時に戻るだなんて彼女も不意を突かれたのでしょうね。 サダがどのようにしてそれ程早い時間に切り上げられたのか分かりませんが」

「レイが教えてくれたところによると、リネが皇太子殿下と踊り出した途端、殿下がセクシーだとか、俺は負けているとか、サダがぶつぶつ呟き始めたらしい。 いきなり退出するための口上を教えてくれと言って。 その場で練習し、踊りが終わったと同時にリネの元へと飛んで行ったのだそうだ」

「殿下がセクシー? あの子ったら、また何か勘違いしているのね」

「まあ、そうだろうな。 しかし勘違いだろうと何だろうとサダの直感は侮れない」


 旦那様のお言葉に私は深く頷いた。 私達家族は過去に幾度となくサダに危ない所を助けられている。 後でサダにどうしてそんな事をしたか、理由を詳しく聞いてみると勘違いだったりする事も往々にしてあったのだけれど。 そのおかげで家族が命拾いした事には変わりがない。 それであの子が行きたくないと言った時は私達はどこであろうと何の目的であろうと予定を取り消すようになったのだ。


 それにあの子は様々な縁を私達にもたらしてくれた。 意図してやっている事ではなくても。 例えば旦那様が経営なさっている「皇国の耳」の次代を担う五人の諜報員は全てサダが縁で雇った者達だ。

 賢い忠義者であるトビも私達がブルセル国に旅した時、あの人サジ兄上のお勉強相手に丁度いいんじゃないの、とサダが言ったから連れてきた。


「音楽好きで知られる皇太子殿下がリネの歌姫としての評判を聞いていないはずはないからね。 もっとも以前のサダなら決断力のけの字もなかっただろう。 即断即決即実行とは。 いやはや、我が息子ながらあっぱれなもの。 これも北で揉まれたおかげかな? かわいい子には旅をさせろ、だね」

 旦那様が微笑む。 私は頷いて、ほっと安堵のため息をついた。 サダの事だから何とかなるのでは、と思う一方で、あの子にとって初めての宮廷舞踏会。 ダンスのステップを練習した事など全くないのだから、とんでもない失敗をするのではという不安が消せなかった。


 取りあえずの危機は切り抜けたけれど。 旅という言葉は我が子が北軍に入隊以来一度も家に帰ってはいない事を思い出させ、つい寂しさを口にしてしまった。

「旅に行きっぱなしで帰って来ないのでは旅に出した甲斐もありませんわ」

「ならばこちらからサダを訪ねて行けば良いだけの事。 家族が待つ所が家。 西でなければ家ではないのかい? 訪問を遠慮せねばならぬ間柄でもないだろう?」

 そう言われれば本当にそう。 いずれにしてもサダが家を出て以来、私達はそちらこちらに旅をする毎日で、滅多に西には帰らないのだから。


「冬は長く厳しいが、北も春夏秋なら過ごし易い。 冬の厳しさこそ、サダをここまで鍛えてくれたのかもしれないけれどね」

 旦那様のお言葉に、では今度はいつ行こうかしらと考えて、サリの誘拐未遂事件がまだ片付いていない事に思い当たった。

「それはそうと、先代皇王妃陛下の件はどうなりまして?」

「その件だが。 陛下は北に離宮を建設なさるよう勅命を下された」

「離宮、でございますか?」

「それほど北方伯に会いたいのならば、母上が北に行けばよかろう、とのお言葉でな。 北の第一駐屯地からそう遠くない所にスアサンダと言う皇王室直轄領がある。 離宮建設費用は先代皇王妃陛下のお手持ちから捻出されるという話だ」

「まさか、先代皇王妃陛下を北へ追放なさる?」

「追放とは人聞きの悪い。 北も住めば都らしいよ。 私達もこれから何度も北を訪れる事になるだろう。 別邸を建てた方がよいと考えている。 訪問の度にサダの家に宿泊してはリネに気を遣わせるし、子供も次々生まれ、警備も増強せねばならないとなれば、いつ来るか分からぬ客のために空き部屋を用意しておくのはきつかろう」


 私達の間にしばらく心地よい無言の時が流れた。 私が嫁して以来、伯爵家が別邸を建てた事はない。 どんな家にするか考えただけでわくわくする。 けれど次に起こるであろう事件への不安は私の心の奥底から消せずにいた。

「これで終わり、とはなりませんわよね?」

「始まり、と言う方が近かろう」

「やはり次は皇太子殿下とレイエース殿下のどちらかでしょうか?」

「それはあまり心配しなくとも良いかもしれない」

 訝しく思って旦那様のお顔を見た。

「リネに逃げられた事が相当悔しかったのだろうね。 皇太子殿下が前後の事情を御自ら御下問になられたそうだ」

「それはそれは」

「どうやら妃殿下との間で一悶着あったらしい。 取りあえず舞踏会が終わる頃にはけりがついたようだが。 ダンホフ公爵が帰る前に耳打ちしてくれたが、サルジオルキは平に格下げされた」

「えっ?」

 女官の降格は滅多にない。 特にサルジオルキ筆頭女官は皇太子妃殿下が御実家から連れてきた、所謂子飼いだ。

「代わりにハーブスト女官が筆頭に昇格した」


 ハーブスト女官はダンホフ公爵の妹でユレイアの叔母だ。 温厚穏便な性格で知られている。 彼女ならセジャーナ皇太子殿下の戴冠を狙う野心はないと見てよい。 またプラシャント皇王妃陛下の女官長であるトイフデナとも良好な関係を築いていると聞いているから、トイフデナ女官長の下で働くユレイアにとって仕事がしやすくなるだろう。

 それを聞いて嬉しさが込み上げてきた。 旦那様も満足そうにおっしゃる。

「レイエース殿下は先代皇王妃陛下のお気に入りだ。 おそらく今回の離宮建設の経緯に関しては逐一御承知だろう。 誘拐未遂に一枚噛んでいた事さえ疑われている。 陛下の御厚情により今回お咎めはないが。 カイザー侍従長が念の為、レイエース殿下侍従筆頭ソマンデパリに話を通しておくと言ってくれたから母上と同じ轍を踏む事はなかろう」

「それは本当にようございました」

 事件を聞いた時はとうとう恐れていた事が起こった、と胸が潰れそうな思いがしたけれど。 取りあえずの解決としてはこれ以上を望むべくもない。


 私達は北に遊びに行く予定を立て始めた。 冬は避けようと思っていたのだけれど、北には犬ぞりと言うものがあるのだとか。 孫と一緒に乗ったら面白いのではないかしら? さて、サリはサダに似た寒がり屋さんか、それともリネに似た寒さに強い風の子か。


「それにしてもサダほどの寒がり屋さんなら一冬持つまいと期待していたのに」

「星が導きし運命には抗えまい」

「星、でございますか? 旦那様ったら、珍しく詩的な事をおっしゃいますのね」

「ははは。 詩的か。 そうかな」


 今が盛りであろう北の春に思いを馳せる。

 その春を運んで来るのは冬。

 雪遊びも案外楽しいかもしれない。


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