表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弓と剣  作者: 淳A
寵児
238/490

嫉妬

 まあったく、油断も隙もあったもんじゃないっ!

 ぐうううっ。 セジャーナ皇太子殿下までリネに夢中になるだなんてっ!

 なんでそんな事が分かるかって?

 ダンスを踊っている時の皇太子殿下の手さ!

 そっとリネの手を包むかの様に握るあの手を見て分からいでか!

 あれは恋だ。 ええ、ええ、いくらにぶにぶの俺にだって、ちゃーんと分かりますとも。


 嫉妬に狂った夫の妄想だと?

 何を言う! 俺の直感の鋭さを知らないな? こう見えても家族の危機を何度も救った事で有名なんだぜ。 そりゃ時々勘違いしてたとか怪我の功名って事もあったりはしたけどさ。

 一回とか、二回とか。 さ、三回ぐらいあったかもな。

 だああっ! そんな事はどうでもいいんだっ!

 道理でこの離宮に来る前、いやーな予感がしたはずだよ。 だから美人で人気者の妻を舞踏会なんかに連れてきたくなかったんだ。


 皇太子殿下とリネは今日が初対面も同然だろって? それがどうしたって言うの。 俺だってリネの前を馬で駆け抜けたその一瞬で恋に落ちた。 惚れたはれたに時間なんて関係あるもんか。

 そもそも貴族の場合、結婚式で初めて結婚相手に会ったなんてざらだろ。 皇王族なんて外国からお嫁さんをもらう方が普通だし、美人という噂があるだけで愛妾に召し出されたりする。

 会っていくらも経っていないからって安心する気にはなれない。 平民だって世の中には会ってさっと結婚、はっと気付けば子供十人とか言う夫婦、いくらでもいるんじゃないの? 一目惚れ、て言葉があるくらいなんだしさ。


 ただ皇太子殿下の場合リネに以前一回会っている。 その時はクールな対応だったから一目惚れした訳ではないだろう。 一目惚れしたならとっくの昔にお召しがあったはずだ。 何となく、まだほんわか憧れているだけ、みたいな感じがする。

 だけど憧れと恋なんて両手を繋いだ仲良しさんだろ。 それに相手の人柄を知ってから好きになる人もいる。 皇太子殿下はそういうタイプなのかもしれない。 まずい事に、リネは知れば知る程素晴らしい人柄だ。 この舞踏会が切っ掛けでますます好きになり、後宮に召し出される、なんて事になったとしても不思議じゃない。

 その証拠が皇太子殿下の視線だ。 自分の方を見てもらいたがって、ちらちらリネに流し目を送ったりしてさ。 いやらしい手よりも雄弁じゃないか。

 確かに皇王族の方々の場合感情が面に出る事なんてない。 顔を見ただけじゃ分かりづらいが、こんなに沢山美しく着飾った女性がいる舞踏会でリネの方ばっかり見ていたらばればれだろ。


 不幸中の幸いと言うか、皇太子殿下はいつも玉の輿狙いの積極的な女性に囲まれていらっしゃる。 常に女性から追いかけられる御方で御自分から女性の気を引くなんてした事がないからだろう。 リネの方から話しかけてくるのを鷹揚に待っていらっしゃる感じ。

 それでいいんです。 女性を追いかけ回すなんて高貴な御方のなさる事ではありません。 一生そんな事なさらないで下さい。 俺の為に。


 有り難い事にリネは緊張して目を伏せている。 この分なら踊り終わるまで皇太子殿下の視線に気が付かないだろう。 いいぞ、その調子だ! そのまま気付かないでいろよ。

 はああ。 一難去ってまた一難か。 いくら呑気な俺だって、リネに夢中になる男がミルラック村から来た奴で最後とは思わなかったが。 皇太子殿下まで熱を上げる事になるだなんて。 さすがに予想していなかった。 だって殿下には正妃は勿論、愛妾だっていらっしゃるんだぜ。

 でもよくよく考えてみれば、これくらい予想しておくべきだった。 皇王族なら正妻の他に何人も寵愛するお妃様がいる方が普通なんだ。 そんな皇王族の内情に全然興味なかったから少しも気に留めていなかったけど。

 それは皇太子殿下に限った事でもない。 例えば先代皇王陛下には五人の寵妃と、その方達との間にできた皇王子、皇王女殿下がいらっしゃる。 皇王陛下に寵妃がいらっしゃるとは聞いていないが、まだいないと言うだけで、その内増えるのだろう。

 陛下によっては寵妃が二十人とか三十人いた、或いは百人以上いた時代もあったと聞いている。 そこまで増やさなくとも皇王族の方々に愛妾が十人前後いるのは別に珍しい事でもないんだ。


 それで思い出したが、先代皇王陛下の頃から愛妾の数がぐっと減り、お目に留まりたい女性の間の争いが激化した、みたいな事をおじいさまとおばあさまが話していらした事があった。

 俺の記憶に間違いがなければ、皇太子殿下には寵妃が今の所お二人しかいらっしゃらない。 だから三人目にリネを、となったとしても驚くべき事ではないんだ。

 勘弁してーーっ! 俺に勝ち目はあるのかっ? 絶対俺の方が分が悪いよな?

 俺には師範みたいな心を掴んで離さないオーラがある訳でもない。 リネの夫という幸運は天から降ってきた。 俺はそれを勢いで掴んだに過ぎない。


 せくしーな皇太子殿下 対 年下で迫力に欠ける俺


 うわーん、どうしよう? やっぱり男はせくしーで勝負するしかないの? でもどうしたらせくしーになれるんだ?


 だーーっ、ぢっ、づっ、でっ、どっ!

 今頃聞いたって遅いよっ! 負けてる。 どうがんばったって、しっかり負けてる。 だけど何とかしなくちゃと焦った所で、いい案なんか思いつかない。


 待てよ。 いくら旗色が悪い俺でも皇太子殿下と同格の扱いになったんだよな? すると妻を愛人として差し出せとか言われても、うん、と言わなくてもいいんだろ?

 出来ればこの重要ポイントを今すぐトビに確認したいが、周りには人がいっぱいいる。 そんな事を聞いたり出来るような雰囲気じゃない。 舞踏会が終わってリネが寝付くのを待ってからでないと。


 とにかくダンスなんてどうでもいい。 早く部屋に戻りたくていらいらした。 皇太子殿下が最大の脅威には違いないが、この舞踏会には外国の王子様やら有名な剣士とか、かっこいい男性がうじゃうじゃいる。 この場にいるだけでリネは次々と踊りを申し込まれるだろう。 一々断わらなくちゃいけないだなんて面倒くさい。 皇太子殿下とは一曲踊ったんだ。 これで義理は果たしたんだよな?


 俺はその場で早めに退出しても無礼にならない挨拶をレイ義兄上から教えてもらった。 そして曲が終わると同時にリネの元に飛んで行き、皇太子殿下には余計な事を言わず言わせず、さっとリネの手を掴んで退出した。 舞踏会場から出た途端、リネは大役を終えた安堵のため息を漏らしていた。


 よかった。 どうやらリネは皇太子殿下に気に入られた事に気付いていない。 よしっ。

「リネ、がんばったな。 えらいぞ。 明日は夜明けと共に出発しよう」

「助かりました。 旦那様に切り上げて戴けて」

「うん、あんな場所に長々いたら疲れちゃうもんな」

 意気揚々とサリの部屋へ戻ったら、この部屋は皇王族専用なので伯爵御夫妻では御一緒にお泊まりになれません、と女官の人に言われた。 俺達には別の寝室が用意されていて、勿論サリを俺達の部屋に連れて来るのもだめ。


 へー、そう。 俺はトビが文句を言おうとするのを止めた。 だってこれって今晩の内に駐屯地に向けて帰る絶好の言い訳になるじゃないか。

 明日、宿泊予定だったスメタナレイクは北軍の派出所だ。 民間の宿屋じゃないから突然今晩泊まらせて、と言っても大丈夫。 夜は人通りがないし、飛ばしても問題はない。 たぶん三時間もあればスメタナレイクに到着する。


 俺は女官の人に嬉しそうな顔を見せない様、気を付けた。 能面顔って、実はそんなに簡単に出来る事じゃない。 ヘルセスが入隊した時、あれってやろうと思えば出来るのかな、と思ってさ。 鏡の前で試した事があるんだ。 それが結構難しくて。 こうかな、いや、こうすれば、と色々練習した事が役に立った。

 トビを至急将軍の元に走らせ、今晩スメタナレイクに向けて出発したい事情を伝えた。 勘の良い将軍は俺達が会場から早々に抜け出たのを見て、こういう事もあるかと予想していたらしい。 百剣の皆さんに念のため馬の準備をしておくよう通達してくれていた。


 俺達はさっと着替えを済ませ、舞踏会から戻って半時もしない内に月明かりの夜へと駆け出した。 自分の嫉妬の為にみんなを振り回すのは申し訳なかったが、正面から対抗したって勝てる相手じゃないんだから仕方がない。 勝てない戦からは逃げるが勝ちだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ