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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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名折れ

「仮にも貴族の端くれに名を連ねるくせに、貴公は饅頭なんぞを売り歩いて恥ずかしくないのか」

 誰、この人。 きこうって、何? あ、貴公か。 そんなふうに呼ばれたの、生まれて初めてかも。 と、まず考えたために反応が遅れた。

 俺ってば、こんな風に余計な事を考えるから反応がとろいとか言われちゃうんだ。 気を付けなきゃ。

 いや、それより。 饅頭を売り歩いている訳じゃないし。


 実家から饅頭が数箱送られてきた時、一箱はタケオ小隊長に持って行った。 その他は弓部隊の上官、先輩、兵舎のお隣さんにお裾分けしたが、金はもらっていない。 でもそれ以来、 あの饅頭を買いたい、送料を払うから送ってくれ、と言う人が何人もいて。 その人達からの注文を実家に回したんだ。 因みに買って下さいと言った事は一度もない。

 とは言っても品物が届けば俺も配達した。 だって毎日注文の数がどんどん増え、トビ一人じゃ回りきれない量になってしまったんだ。 そんなに日持ちのする物じゃないから早目に届けないと。


 トビが代わりの配達人を探しているんだけど、中々適当な人が見つからなくてさ。 そりゃやると言う人ならいくらでもいるが、下手な人に頼んだらお金はいらないとか言われちゃうんだ。 その代わりサイン入り色紙をくれとか。 ひどいのになると、俺の妹に会ってくれないかとか。 そんな頼み事を配達してもらった後で言われたら断るのに苦労しなきゃいけない。 かえって面倒だ。 配達料いくらいくらで引き受けます、という人じゃないと。

 ただ物が饅頭だ。 高い配達料は払えない。 手間賃が安いだけに、ついでとか後回しにされちゃって、すぐに配達してもらえなかったらそれも困る。 それで仕方なく自分達で配達している訳。 もう少し注文の数が増えたらちゃんとした商売人に頼めるんだけど。


 そういう事情があるって事、説明すれば分かってもらえたと思うが、俺ってそれでなくとも口が遅いから。 せめて俺が言い終わるのを待ってからしゃべってくれるような人だったらなんとかなったんだが。 この人は頭がいいからだろう。 俺が、あのとか、それはとか言ってる内に次々文句をまくしたてる。

 俺の速射と競争しようとしているみたい。 そうだとしたら、あなた、勝ってますよ。

 そう教えてあげたかったが、相手は俺がいかに貴族らしくないか、北軍のステイタスをあげるのに全然配慮していないか、びしばし言って来る。


 ええ、ええ、そうでしょうとも。 自慢じゃないが、俺は元々貴族らしくないし、北軍のステイタスを上げるなんて考えた事もない。

 そもそもステイタスって上がったか下がったか、どうしたら分かるの? それさえ知らないんだ。 下がっていたとしても不思議はない。 だから何? ステイタスが上がったら給金も上がるの? それだったら気にする気持ちも分かるけど。 仮にそうだとしても、どうしたら上がるのか知らない俺に上げろと言われたってさ。

 それはともかく、配慮なんか全然していないんだ。 この人の言ってる事に間違いはない。 でもさ、「饅頭なんぞ」て。 その言い方はないんじゃない?  俺は珍しくむっとした。 ここは一言、はっきりさせておかないと。 俺の事をどう言われたって気にしないが、俺がおばかなせいで罪のない美味しい饅頭を貶されては黙っていられない。


「饅頭のどこが恥ずかしいんですか?」

「どこ、だと? それから説明せねば分からんのか? せっかくのふたつ名も今や饅頭の名前になりさがっているのだぞ。 貴公の実家は一体何を考えている? 引いては北軍の名折れになるとなぜ分からない?」

「俺の実家が何を考えていようと先輩には関係ないです。 第一、饅頭が北軍の名折れになるだなんて俺は思いません。 六頭殺しの若なんて、そんな大層なもんじゃないでしょ。 その内みんな忘れるし。

 でも美味しい饅頭の方はいつだって美味しいです。 食べ物なんだからずっとみんなに食べてもらえます。 その内六頭殺しと言えば饅頭を指す事になったりして。 その名前って、じーつーはー、昔そんな人がいてさ、みたいな感じで。 結構俺のふたつ名も饅頭のおかげで長続きするかも。 だから饅頭に感謝こそすれ、恥ずかしいだなんて思いません」


 その人は明らかに俺より年上だ。 階級も上級兵の肩章を付けている。 軍服の仕立ての良さだけじゃなく、言葉遣いといい、雰囲気といい、かなり上の貴族の出身だと思う。 弓部隊の人じゃないが、間違いなく怒らせたら怖い人だ。 比べるのは間違っているかもしれないが、トビといい勝負のような?

 タケオ小隊長から出ているびりびりのオーラとは違うが、眼光に迫力がある。 この人が立っているというだけで辺りの空気がなんとなくひやっとした感じ。 こんな怖い人に口答えなんかしたらまずい。

 と、口答えした後で気付いた。 しまった、かも?

 だけどその人は俺の口答えに絶句した様子で、それ以上何も言わず、立ち去ってくれた。 今まで誰からも口答えされた事がなかったからびっくりしたような気がする。 あんな頭の良さそうな人と言い合いになったら、俺、泣いちゃったかもな。 そんな恥ずかしい事にならなくて、ほっとした。


 俺としては何か変わった事を言ったつもりはない。 だけどいつの間にかこの時の会話が、六頭殺しの若は自分の名入りの饅頭を誇りにしている、となって周囲に広まったようだ。 なぜかそれが饅頭の売り上げに拍車をかけたようで。 俺とトビだけではとても配達しきれない量となり、駐屯地からそう遠くない所にあるパン屋を販売兼配達人として雇う事になった。


 因みに、俺に文句を言った人は「氷のマッギニス」というあだ名で知られているマッギニス侯爵家の次男なんだって。 道理で高貴な雰囲気がぷんぷんと漂っていた。

 まあ、これで俺はもう配達していないんだ。 饅頭を売り歩いているってマッギニス先輩に言われないでも済むよね?


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