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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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観察眼  猛虎の話

 饅頭を貰ったのは入隊以来これが初めてだ。

 どうして俺が甘党だと分かった? それを知っている奴なんて軍内にはいないのに。 少なくとも俺は今までそう思っていた。 その証拠に、師範として稽古をつけていると結構な数の土産や礼を貰ったりするが、甘い物を貰った事なんて一度もない。


 入隊して六年経つ。 道場ではほとんどの奴と毎日顔をあわせているから俺の癖や好き嫌いは隠し様もない。 と思うんだが、金ではない貰い物と言えばいつも酒だ。 でなければ酒のつまみ。 変わった酒器を持ってくる奴もいたが、要するに俺はみんなから酒好きと思われている。

 俺の父親の本業は農夫だが、副業で酒造りをしている。 どうやらそれがいつの間にか知れ渡り、酒造りの息子なら酒が好きに決まっていると思い込まれたようだ。

 実は、そんなに飲まない。 晩酌で飲むとしたら一杯か二杯がせいぜい。 全く飲まない日の方が多い。 飲むと次の日の稽古にさしつかえるし、飲んだ途端に自分の感覚が鈍るのが分かるからな。

 常に誰かに襲われる事を心配している訳じゃないが、好かれている訳でもない。 それぐらい知っているし、自分の強さを過信する程バカじゃない。 長年一緒に稽古していれば、それなりに馴染んだりもするが、いざっていう時頼みになるのは結局自分自身だけ。 稽古中はもちろん、終わったって油断をした事はない。 昼だろうと夜だろうと。

 だから酒を貰ったって味見程度。 一人で瓶を飲み切った事はない。 だが、せっかくの酒だ。 捨てるのは勿体ない、という訳で機会がある度に美味いから飲んでみろと皆にふるまっている。 それがまた誤解に拍車をかけているようだ。 酒盛りの最中だって俺がほとんど飲んでいない事はよく見りゃ分かりそうなもんだが。


 まあ、そんな事はどうでもいい。 要するに甘い物は好きでも食う機会はなかった。 軍で出す食事に菓子が付いている事はないし、駐屯地の周りに菓子を売っている店はない。 果物屋くらいだ。 兵士向けの飲み屋や食堂なら数えきれない程あるが。

 いくら甘い物好きでも菓子を買う為にわざわざ遠出している暇はない。 俺が甘い物好きだと知っている家族でさえ、もうそんな物を欲しがる年でもないと思うのか、菓子類が送られてきた事はなく、せいぜいで干し柿に干し芋だ。

 と言う訳で、人前でも一人でも菓子を食った事はなかった。 誰も俺が甘党である事を知らないんだから、サダが誰かからの又聞きで知ったはずはない。 そもそも詮索好きな奴、て訳でもないらしい。 聞かれれば答えるが。 少なくともこいつに俺の好みを聞かれた奴は俺の周囲にはいないし、筆無精と聞いているから俺の家族に手紙を出して聞いたとも思えない。


 どうしても気になったから本人に聞いた。

「おい、なんで俺が甘党だと思ったんだ?」

「だってお菓子を見ていましたよね?」

「いつ?」

「いつって。 よく見ているじゃないですか。 人がお菓子を食べている時とか」

「それは食べている奴を見ていたんだろ」

「ええ? 人を見ていたんじゃありませんよ。 昨日だって。 ほら、あれ。 ガデールって言うんでしたっけ? 白と赤の丸いやつ。 お菓子を見ていたんじゃないなら誰が食べていたか覚えていらっしゃいます?」

 そう聞かれて答えられなかった。 菓子の中身が黄色だったのは覚えているが。


 確かに菓子を食べている奴がいれば、ちらっと見るぐらいの事はしている。 物欲しそうな顔で見ていたとは思わない。 なのに視線を投げた瞬間、俺が見たのは食っている男ではなく、菓子だと分かるとは。 呑気が服を着て歩いているような顔をしているくせに、侮れん奴だ。

 て事は、俺の視線の流れる先を見切った? そこまで鋭いならなぜ剣が上達しない? あの弓の早射ちを見れば反射神経が鈍いという訳でもなさそうだし、腕力だってそこそこある。 観察眼だけ上達する奴がいるとは信じられないが。

 そこで思い出した。 サダは三年前、御前試合で俺が近衛の大将をぶっ飛ばした時、剣で平打ちにした事を知っていたんだ。

 あそこは約一万人が入る大会場だ。 上級貴族ならともかく、伯爵あたりではかぶり付きとは言えない席だろう。 俺の姿は爪の先より小さかったんじゃないのか。

 たとえかぶり付きで見ていたとしても、あの時俺の剣筋が読めたのはサダを除けば平打ちを食らった近衛大将だけだと思う。


 そう言えばソノマが教えてくれた事があった。 サダは獲物との距離を正確に見極める事が出来るらしい。 ソノマは一週間に二、三回はサダと一緒に狩りに行っている。 ある日サダが飛んでいく鴨を射落とさずに見送った。 それで、なぜ射落とさなかったのかを聞いたら、こう答えたという。

「十四メートルほど射程外でした。 外れて落ちた矢を拾いに行くのは面倒ですから」

 それを聞いて面白いと思ったソノマは次にサダが獲物を射落とした時、その鳥が何メートル先に落ちたかをまず聞いて、実際に計ってみたのだ。

 八十三メートル。


 六頭殺しの名は伊達じゃない。 饅頭に釣られたから言う訳じゃないが。


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― 新着の感想 ―
[一言] 時々 若って 最初の頃の方が 賢かったように思うって読者の方が仰っていらっしゃいますよね。これって このお話のことがあるからからかもしれないといつも思っていました。 師範って 今は 若とき…
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