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弓と剣  作者: 淳A
寵児
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中隊長補佐

 タマラ小隊長が中隊長補佐に昇進し、俺の部下として異動して来る事になった。

 俺の下に所属する中隊はないから部下に中隊長はいない。 小隊だって第八十八と第八十九、たったの二つ。 なのに中隊長補佐? と思われるかもしれないが。 異例だらけの俺の部隊でも更に異例な昇進となったのはマッギニス補佐の補佐が必要になったからだ。


 誘拐未遂事件の所為で元々忙しかったマッギニス補佐のやらねばならない仕事は更に増えた。 誰にどんな根回しするかだけでなく、サリに関する何かが決定される前にその動きを知らねばならない。 それは皇国上層部に太いパイプがあるマッギニス補佐でなければやれない事だ。 それで北軍諜報部に新しく第五課が設立され、マッギニス補佐がそこの課長を兼任する事になった。

 俺は詳しい事は何も知らないが、北軍諜報部は色々やっている。 でも今まで皇国上層部に関する動きと言えば、将軍が皇都に行った時に掴んで来る情報が主なものと言うか、それが全てだったんだって。 軍事的な事なら事前の相談があるし、それさえ知っていれば充分だった。


 だけどサリの事は軍事じゃない。 サリがいつ後宮入りするかなんて北軍将軍にお伺いしなければならない事でもないし。 それを最終的に決定するのは皇王陛下だ。

 陛下より、成人するまでサリは北の親元で育てても良い、というお言葉を戴いている。 そうは言ってもサリは立場が特殊なだけでなく、陛下が御前会議で協議の上お決めになった事じゃないから、御決断自体も異例だ。 それだけに状況によっていくらでも変更があり得る。 その変更がある時に北軍将軍へも連絡してくれるか? たぶんしてくれない。 と言うか、決定された後なら連絡してくれるだろうけど、それじゃ遅い。

 

「早期の後宮入りを実現するとなりますと相当な根回しが必要と思われます。 必ずその前に御前会議や上級官僚との協議があるでしょう。 その協議を始める前に根回しがあるはず。 その段階で知っておく必要があります」

 そうマッギニス補佐が言う。 そしてマッギニス補佐はそれを全部自分一人でやる気でいた。


 ちょっとー。 それって無茶だろ? 能力のある人って、これだから怖いよな。 信じられない速度でよどみなく仕事をしてくれるのは有り難いけど。 このまま放っておいて、どんどん仕事させている内にある日ぽっくりとか逝っちゃったらどうするの?

 ぶるる。 その後、俺に何をどうしろって?

 今でさえマッギニス補佐の後釜を探すとしたら一人じゃ無理。 仕事量を見せただけで逃げられそう。 数人は雇わないと、という状況なんだ。 マッギニス補佐の補佐だって一応探していた。 だけど見ての通り気難しい御方でさ。 ケルパ並み? 志願者はいくらでもいるんだが、来る人来る人、どれも無能なのが気に入らないらしくて。 結局今でもマッギニス補佐一人で何もかもやっている。 それで余計、マッギニス補佐でなければ分からない事が多くなってしまった。

 これからもマッギニス補佐の負担は増えこそすれ減る事はないだろう。 だからマッギニス補佐でなくとも出来る事は全てタマラ中隊長補佐が何とかする事になった。


 タマラ中隊長補佐は俺の事をよく知っているだけでなく、文官となれるくらい高い文書処理能力を持っている。 伯爵家で育ったから平民とは言え儀礼に関する知識もあるし、貴族への対応にも慣れている。 新兵が公爵家継嗣だとしてもびびったりしない。 それに中隊長補佐に昇進しても問題ないだけの功もあった。

 第八十八小隊隊員は俺なんかいなくても独立独歩で仕事が出来る奴らばかりだが、俺の小隊に入りたいと言うセレブ隊員で自分用の兵舎完成を待ちたくない人が駐屯地の外の家を借り、通いで入隊して来る事になった。

 今の所その数は四、五人。 彼らは一年もすれば帰るが、全員ヘルセスどころではない人数を従者として連れて来ると言う。 少ない人で三十人。 多い人で五十人。 実は百人以上連れて行きたいと言った人もいたらしい。 それだと従者だけで一個小隊になるだろ。 それでこちらから五十人以上は御遠慮願いますと通達し、何とか数を抑えてもらったのだそうだ。


 相手は形式上は新兵で、バートネイア小隊長は上官だ。 それでもなんたら王子やかんたら公爵の息子だと、平民出身の上官が命令するのはおっかなびっくりになる。 本音を言えば貴族の俺だって怖い。 命令されて嫌と言う人はいないと思うけど。 もし言われたらどうすればいいの?

 普通の新兵だったら営倉に放り込み、反省するまで出さないとか、やってもいいけどさ。 それを王子様相手にやるのはちょっと。 いや、大分、気合いが要る。 俺には無理。

 そりゃ俺の将来の身分は人臣最高となると教えてもらったし、貴族の身分は最終的に何になるかが現在の身分に反映される。 例えば大隊長が退官すると準伯爵に叙爵されるので、退官前から伯爵扱いされるように。


 準大公になったら俺の上は皇王族の皆様だけ。 そして皇王族の中でさえ将来臣籍に下られる方がいる。 例えばセジャーナ皇太子殿下の現在の御身分は俺よりずっと上な訳だけど、オスティガード皇王子殿下が成人なさったと同時に位を譲られ、大公となられる。 サリに何かが起こったとか、子供が出来ないとなったら別だけど、そうでもない限り俺と皇太子殿下の位は同等で、臣下の礼をとらなくてもいい身分になったんだって。

 ただ、いきなり位が上がって傲慢になったと思われても差し障りがある。 だから臣下の礼をとった方が無難です、とトビに言われたが。 そんなの言われなくたって俺にとっては皇太子殿下なんて雲の上の御方である事に変わりはない。 臣下の礼をとらせてもらいますとも。

 かと言って誰彼構わず頭を下げるのはまずいらしい。 皇国の準大公が外国の王子、公子にへいこらしては皇国の威信問題となるとか何とか。 妙に謙ったりしないように、とマッギニス補佐から釘を刺されちゃった。 そんな事をしたら相手が困るだけでなく、外交上、皇国として謙った事になってしまうんだとか。


 ともかく今の所入隊予定のセレブの中に将来の国王はいない。 軍での序列を抜きにしても俺は誰よりも位が上なんだ。 誰であろうと命令する時に躊躇する必要がない事だけは分かったが、いきなりいばれって言われてもねー。

 生まれた時から周りにかしずかれてきた人達の後光って、きらきらしさの度合いが違う。 こっちは根が臆病なうえに昨日や今日偉くなったばかり。 後光が差している御方に向かってふんぞり返るなんて、ほいと出来る事じゃない。

 近うよれ、とか言われたら、もう反射的に、へへーっ、ありがたき幸せ、とか言っちゃうと思う。 ましてや王子様とか来られたら命令するなんてへっぴり腰だ。 自分にさえ出来ない事をバートネイア小隊長にやれとは言いたくない。

 しかしいくら北軍に沢山のお金を落としてくれる方々とは言っても一応新兵。 お付きの誰かが代理で仕事をやるのかもしれないけど、やる事はやってもらわないと困る。 何より上官の言う事にはちゃんと従ってもらわないと。


 ところで現在の第八十八隊員は全員俺の住み込み警備要員みたいになってしまっているが、みんなそれぞれ個別に任務もこなしている。 でもセレブ隊員への仕事の割り振りは誰がする?

 俺にそれをしろと言われたって何をどうしたらいいのか分からない。 相手も観光旅行気分で来るのかもしれないが、何かあったら深刻な問題に発展する重要人物ばかりだ。 その人達が今何をやっているのか、どこにいるのか分かりません、では困る。

 それに同じ隊員になったんだ。 仲良くしろと言うのは簡単だが、違う国から来た王子様にはそれぞれお国の事情というものがある。 皇国の上級貴族にだってあの家とは仲が良いが、あそことは犬猿の仲とかあるんだし。 本人同士の喧嘩は勿論、お付きの者が喧嘩しても、それをどう裁くか、どう裁いてもどちらかの肩を持った事になり、頭を悩ませることになる。


 結局第八十八を分隊一と二に分け、セレブ隊員に関しては全てタマラ中隊長補佐が直属上官となる事にした。 自分の問題を全てタマラ中隊長補佐に丸投げするみたいで申し訳なかったが、本人はやる気満々。 お任せ下さい、と言って全然臆した様子がない。 頼もしい限りだ。

 それに俺は知らなかったが、ロックと空を飛んで以来、俺宛に国内国外そっちこっちからかなりな数の招待状が届いていた。 ほとんどは断っても差し障りないものらしかったが、中には偉い方からの招待状で、断るにしても一言では済まない人がいる。 タマラ中隊長補佐にはその断り状を出す仕事もやってもらう事になった。


 その山に埋もれてサジ兄上の結婚式の招待状があった。 他は出席したくないが、これだけは是非とも出席したい。 タマラ中隊長補佐に結婚式に出席するための護衛や途中の宿泊に関する準備を頼んだ。

 サジ兄上にもお気遣い戴いている。 ダンホフ公爵令嬢の結婚式なんだから、あちらはたぶん自領か皇都で結婚式を挙げたいと言ったに違いない。 だけど俺達夫婦が出席しやすい様にダンホフ別邸の中でも一番北に近い所にあるロファルドという町で式を挙げる事にしてくれたのだ。 だから今回は旅とは言っても片道四日で着く。

 近いのはいいが、サリ様を連れて来て下さいと招待状にあったから、警備に落ち度があってはまずい。 師範も出席してくださるとの事なので護衛の数を弔問の時みたいに二十名にした。

 将軍から、準皇王族の護衛に百や二百が付くのは当然で何の問題もないんだぞとおっしゃって戴いたが、それは遠慮した。 確かに数は多ければ多いほど安心は安心だ。 でも大人数になったらさっと行ってぱっと帰るという事が出来ない。

 北から南下する時は途中にいくらでも宿泊施設はある。 それでも百人以上を受け入れるとなると色々準備がいるし、旅程を急に変更する事が難しくなる。 そして予想され易い。 少人数で素早く動けるならそちらの方が安全な面もある。

 前の時には百剣が護衛に付いた事に恐縮したが、誘拐未遂があったんだ。 遠慮している場合じゃない。 百剣上位二十名が付いて来て下さるという申し出を有難くお受けした。


 その中に退官なさったミサンラン顧問まで入っていたのには思わずひえーっと言いたくなったが、御本人はすごく張り切ってる。 ミサンラン顧問は師範の前の百剣の頂点に立っていた方で、老いてますます剣先鋭く、百剣の二位であるケイザベイ小隊長に負けた事はない。 師範が親しみと尊敬を込めて言った。

「年々強くなって四十年下の俺を脅かす嫌な爺だが、顧問がいれば俺に何かあっても大丈夫だ」

 この一騎当千の顔ぶれに厚く感謝した。 過分な警護だとは思うが、サリに何かあったら俺の責任と言うより北軍の責任となる事を思い知らされた。 同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。

 ロファルドの近くに故郷がある剣士がいて近道を二つほど教えてもらった。 それで俺達は行きと帰りで別な道を使う事にした。 馬車で通るのは無理だが、馬で飛ばせば三日で着くという。 なのでサリはリネとエナが交代でおんぶし、馬で一気に行くことにした。


 早春の緑がまばゆい四月。 俺達一行はロファルドに二日半という早馬顔負けの短時間で到着した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 小隊が一つしかないと言われていますが、小隊長が2名いるのであれば、公式には2小隊存在するのではないでしょうか? 「緊開」の回に以下の記述があります。  第八十八小隊隊長 ジム・バートネイア…
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