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弓と剣  作者: 淳A
寵児
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会議

 開戦準備会議と聞いただけで俺はびびっていた。 そんな恐ろしいものになんか出来れば出席したくない。 何でもいいから俺抜きで決めて下さいって言えるものなら言いたかった。 だけど仮にも大隊長で、しかも当事者。 俺が出席しないと言う訳にはいかない事くらい、マッギニス補佐に言われるまでもなく分かる。


 会議では、まずこの事件を奏上(大審院に報告)するかどうかが審議された。 何でもかんでもそのまま報告しちゃえばいいというものではないとは思っていたけど、報告した後何が起こるか、俺は何も分かっていなかった。 カルア将軍補佐が驚くべき予想を起こり得る順番に従い、淡々と列挙し始める。


 一、警備の不備が問われる。 なぜ第一皇王子オスティガード殿下の婚約者、未来の皇太子妃殿下、そして皇王妃陛下となられる御方に警護の剣士が二人(しかも一人は庭師と兼任)しかいないのか。 その不手際の責任を取らされ、マッギニス補佐が降格処分となる。


 二、このような事件があった以上、北軍に任せてはおけないという事で、警備増強のため近衛軍から警備の剣士が派遣される。 又は継続して北でお住まいになるのは警備上不適切と判断され、サリ様が即座に後宮入りとなる。


 三、誘拐事件解明のため大審院から審問官が派遣される。 この審問官の質問に対する答えを用意しておかないと答え次第で更に罰せられる者が出る。


 四、誘拐は未遂であっても予防出来なかった事が問題となり、将軍の引責問題に発展する。 最悪の場合、退官勧告となる事もあり得る。


 五、ケルパをたかが犬としか思わない審問官が、犬に助けられて誘拐を免れたと知れば、バートネイアとネシェイムは無能と判断され、不名誉除隊か軍牢入りとなる。


 六、審問官到着までに何人かの傭兵を捕縛し、黒幕に関しても容疑者或いは容疑国の証拠を掴んでおかないと捜査している者の能力不十分と見なされ、処罰の対象となり得る。


 そこまで聞いただけで俺は目の前が真っ暗になっていくような感じがした。 自分の家を守るのはその家の当主の責任だろ? つまり警備が不充分だったのは俺のせいだ。 北軍の負担が増えるのが嫌で、警備兵の数を増やさないで欲しいと言ったから、こんな少人数の警備体制になっているんだし。 責任を問わねばならないのなら、それは俺の、俺だけの責任だ。

 なのにこれはもう俺が責任取ると言ったくらいで収まる様な事態じゃない。 俺がおばかなせいでバートネイア小隊長とネシェイム小隊長が不名誉除隊とか軍牢入りになっちゃったら、どうやって謝ればいいの? どっちも一生消えない不名誉であるだけじゃない。 もし軍牢入りとなったら無実である事が証明された場合を除き、兵士はそこで獄死する。

 将軍とマッギニス補佐だって降格や退官に追い込まれたら俺が謝ったって取り返しがつかない。 しかも一番責任がある俺はサリの父であるおかげで罪に問われなさそう。 この予想は起こり得る順だ。 なのに上位六つの中に俺の名前がないんだから。

 この予想が嫌なら審問官に嘘をつくしかない。 でもケルパにさえ見破られるような俺の嘘に、審問官が騙されてくれるか?

 泣いてる場合じゃないけど、俺は申し訳なさに涙を止められなかった。 顔を伏せていたが、カルア将軍補佐の後、誰も発言しないものだから、静まりかえった会議室にまるで雨漏りしているみたいに、ぽとっ、ぽとっと涙の落ちる音が響く。


 将軍が、げふんとわざとらしい咳払いを一つしてからおっしゃった。

「早い話が、奏上はなし、だ。 そうだな?」

 すると難しい顔をしてジンヤ副将軍が発言なさった。

「しかしその場合赤子を背負って駆け抜けるケルパを見た者が多すぎて、口止めが不可能という問題があります。 これが駐屯地内で起こった事で、見た者は北軍兵士のみでしたら箝口令を敷く事も考えられますが。 何分白昼の大通り。 一体何人が目撃した事か。 中には皇王庁派遣の諜報員もいたかもしれません。

 お包み袋の中にいたサリ様は見えなかったとしてもケルパのような犬がもう一匹いる訳もない。 しかもケルパを追い駆ける一団の中にはリネ様がいらした。 そこにサリ様がいらっしゃらなかったとしたら、家内全員が犬を追い駆けている最中、サリ様はお一人だったという事になってしまいます。 それは誘拐未遂と大して変わらない不祥事。 たとえ誘拐未遂を奏上しなかったとしても遅かれ早かれ噂は大審院に届くのでは?」


 それにトーマ大隊長が同意した。

「誘拐未遂に関しては奏上しないにしても、あの走りは周知の事実。 以前ならともかく、今は北にも中央から派遣された諜報員が常駐していると思われます。 なぜそんな事態になったのか、と聞かれるのは必定。

 理由もなくサリ様を犬の背中に乗せて走らせたと言おうものなら、それを看過した護衛の兵士が死刑になるのはまず間違いありません。 バートネイアとネシェイムなら、黙っていろと言われれば命をかけても黙秘してくれるでしょうが。 尊い犠牲を払ったからと言って事件を秘匿し切れる保証がある訳でもない。 犯人が分からない以上、どこから何が漏れるか予測は不可能です。 万が一秘匿が明るみに出れば一体何個の首が転がる事になるか」


 俺はもうたまらなくなって、涙ぐしょぐしょのままで叫んだ。

「俺の責任なんです! 俺が、その、サリをケルパの背中に乗せて、お散歩してみたらってリネに言ったから。 それでお散歩に連れて行ったんです!」

 みんなが憐れみを込めた目で俺を見る。 そりゃ、この会議に出ている人に俺の嘘なんて通用しない。 いや、誰にだって通用しないだろう。 大体、犬の背中に赤ん坊を乗せて散歩しろと言う親なんているもんか。 それになぜそんな事をしろと言った、と理由を聞かれたら? 俺の頭じゃ適当な答えを考え出すなんて無理。 だけどケルパがどんなに強いか、ちゃんと説明すれば、サリを乗せて散歩出来る犬なんだ、て審問官も分かってくれるかもしれないだろ。 とにかくバートネイア小隊長とネシェイム小隊長の所為じゃないのに二人を失う事になるのだけは絶対嫌だ。

「もっとましな嘘があるなら何でも言います。 どうか、どうか二人の命を」

 助けて下さい、と言おうとした所でマッギニス補佐が発言の許しを願い出た。


「折衷案を御考慮戴けないでしょうか? 真犯人が見つかるまでは誘拐未遂事件に関しては伏せ、大審院へは『良い天候に誘われて、サリ様が犬とお散歩がてらお父上に会いにいらした』次第を書面で提出する。 それとは別に、各審問官へ直接話を通しておくのです。

 サリ様が犬に背負われ、駆け抜けた事実は諜報員から報告が届くでしょう。 しかし聞いただけでは俄には信じ難い話です。 又、犬を馬で追いかけたと報告されても、それがどれ程の速さであったのか数字が記載されている訳ではありません。 そこは受け取る側の想像次第。 犬のすぐ側にはリネ様始め警護の者が付いており、決して危険な状況ではなかった、とサリ様の御身の安全に関する審問官の懸念を払拭しておくのです」

 すかさず師範が質問した。

「そうする事によってどんな違いがあるんだ?」

「幸いサリ様にお怪我はございませんでした。 ですからこのお散歩が適切なものであったかどうかは七人いる大審院審問官によって審議され、多数決により審判が下されます。 問題なしとの審判が下されれば証人喚問はなく、審問官が派遣される事もありません。

 審判が三、三に分かれた時には最高審問官が最終決定を下しますが、四名の審問官の合意があるなら最高審問官であろうとそれを覆す事は出来ないのです。

 大審院審問官ケイ・ヘルセス様はヘルセス公爵の弟。 サジューラ・ダンホフ様はダンホフ公爵の叔父。 カペシウス侯爵はマレーカ公爵の妻、パルミエラ様の兄でいらっしゃいます。 この御三方に事情を御理解戴く事に関して問題はないでしょう。 他の審問官の方々にも伝手がございます。 後お一人は確実に御納得戴けるはずです」


 静まり返った会議室の中で大隊長とその補佐、将軍と大隊長の間で何やら視線が忙しく交わされる。 いくらか間を置いて将軍からお言葉があった。

「マッギニス、ではその根回しに関してはお前に任せていいな?」

「承ります」

 マッギニス補佐がゆっくりと頷いた。 そして将軍はお散歩の報告と根回しの二本立てで行く事に関し、他の者に異議はないかをお訊ねになった。

「そうですね」

「それがいいでしょう」

「異議なしという事で」

 皆が口々に同意の言葉を言い始める。

「それなら! それなら、誰も罰せられないって事なんですよね?」

 しつこいかと思ったけど、将軍始め、みんなの顔をぐるっと見回して念を押した。 すると一斉にこくこく首を縦に振って下さったので、ほっとして涙を拭った。


 次の議題は警備の見直しだ。 今回はケルパのおかげで事無きを得た。 だけど何度もケルパが危機から救ってくれると期待する訳にはいかない。

 但し、同じ奴らが同じ手口を使ってまた誘拐しに来る訳でもないだろう。 別の奴らがどんなやり方で襲撃してくるか予測できない。 自宅では警備上問題があると言うなら、どこに移れば安全か?

 これは以前にもう検討してある。 どの家にだって盲点はあるんだ。 闇雲に家を移ればいいと言うものじゃない。 

 第一駐屯地敷地内の大隊長宿舎に移れば傭兵からの襲撃に対しては安全だが、もし北軍兵士の中に裏切り者が潜り込んでいたら? 危険度はかえって増す事になる。

 何しろ瑞兆のおかげで入隊希望者がどっと増えた。 北軍は今まで入隊希望者を断った事なんてなかったらしいけど、初めてこれ以上は受け入れ態勢が整わないから断るしかないのでは、と先々月の月例会議の時議題に上がった程なんだ。


 その件に関して将軍が奏上したら、皇王陛下から北軍には五万を越えた増兵を許すとのお言葉があったんだって。 そして、あのけち(とはっきり言っては角が立つけど)な皇王室が、新兵用の兵舎建設資金を増額してくれたのだ。 その建設工事は既に始まっている。

 いずれ他の駐屯地勤務となる新兵でも、まず第一で受け入れ訓練を終えてから任地に行く事になっている。 だから今の第一駐屯地内は新顔だらけと言ってもいい。 そのうえこの春から新しい建物を建てるため、大工や土木建築の請け負い業者がどんどん敷地内に入って来る様になった。

 百人や二百人じゃない。 千人、二千人という規模だ。 しかもこれはまだ序の口。 これからもっと増える。 今年は二十棟建てる予定で、来年も同じ数建てる事になっているし、それで終わりじゃない。 少なく見積もっても似た様な工事が数年は続くと予想されているんだ。

 今工事中の建物だって押せ押せ。 冬になる前に建て終わらないと宿舎がない新兵は自宅へ帰すしかないから、兵士でさえ土木工事に駆り出されている有様。 あまりに人手不足なものだから工事を担当する土方の身元なんて一々確認していない。 これが数千を越えれば検問所なんてあってもなくても同じだろう。

 すると駐屯地内にサリを住まわせる事はそれ程安全じゃないという事になって、結局今の家から引っ越す理由はなくなる。


 では住み込み警備の人員を増やすのか? それはケルパとの相性が問題になる。 弔問に行った時、伯父のジョシ子爵に何人か住み込み警備に適した人を推薦してもらったが、ケルパがよろしくな、と挨拶をしたのはバートネイア小隊長とネシェイム小隊長だけだった。

 ケルパが吠える基準は一体何なのか、予測するのは難しい。 見知らぬ人が近寄るのを嫌がるのは確かだけれど、師範やマッギニス補佐には最初に会った時から丁寧なお辞儀をしたし。 エナや俺の部下にだって懐いている。

 だけど一度がうがう吠えた人に対しては何度会っても同じ。 近寄れないんだから住み込みなんて無理。 そんな状態だから警備を増やしたくても増やせずにいるんだ。

 仕方なく通いの警備を常時百人に増やす事になった。 特に夜間の警備体制を増強する。 今まで正面にだけ置いていた検問のための警備兵を裏庭側にも置き、両脇と道路沿いを巡回警備させる事が決まった。


 最後の議題は、誰が犯人(黒幕)かという事だ。 これはもう、国の数、人の数だけ容疑者がいると言っても過言じゃない。 この調査に関しては北軍諜報部が担当する事になり、次の会議に進捗を報告する事になった。

 以上で会議が終わった。 こんなに疲れた会議は初めて。 終わった時には安堵で倒れるかと思った。 かろうじてその場で倒れる真似はしないで済んだが。 家に帰った途端、どっと寝込んだ。


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― 新着の感想 ―
自分の価値を正しく理解していない主人公のせいだな これを機に少しは反省してくれ、皆んなの胃がもたないよw
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