饅頭
毎月母上から手紙と西でしかとれない果物や食べ物とかが入った小包が送られてくる。 その日の小包には「六頭殺しの若クッキー」が入っていた。
「なんだ、これ」
「クッキーでは?」
「いや、それは分かるけど」
袋には「美味滋養」の文字とオークらしき動物が六頭、倒れている所が描いてある。 この弓を引いている男って、俺? ま、俺だと思うけど。 ちょっと不細工。 何も描かない方がよかったんじゃないの? 元が元なんだからさ。
そして豪華でもなんでもない、愛想のない袋。 中のクッキーも普通。 見かけが普通なだけで味に何か工夫がしてあるのかと思い、袋を開けてちょっとかじってみたが、特に変わった味ではない。 若という文字が上に焼き付けてあるだけのクッキーだ。 袋にヴィジャヤン伯爵家の家紋が入っている所が普通のお菓子屋さんで売っているクッキーとはかろうじて違う。
実家で観光客相手の商売を始めた事は聞いていたが。 貴族の商売はうまくいかない、という事の証明として使えそうなお粗末な一品だ。 だからと言って「六頭殺しの若クッキー」なんだからこうしろとか、こうすればもっとましになるという案が俺にある訳じゃないけどさ。
商売を始めたとは言っても別に我が家が金に困っているとかの理由ではない。 何でも俺が有名になって以来、六頭殺しの若の生家を見に来る人が増えたらしい。
サガ兄上は最近結婚なさって、それと同時に爵位を継がれた。 でも宰相府でのお仕事は辞めない事になり、その関係で普段は皇都の別邸に住んでいらっしゃる。
父上母上は領地を管理する責任から解放され、今まで忙しくて出来なかった観光旅行などを二人きりで楽しむ事になさったそうで。 ほとんど西のヴィジャヤン伯爵家本邸には戻らない。
サジ兄上は無事、南にある医学学校を卒業なさり、その後同じ町にある病院で医師として勤務する事が決まった。
つまり今、本邸には奉公人がいるだけで家族は一人も住んでいない。 誰かが帰って来る予定もないので、せっかく来てくれた人達を追い返すより拝観料を取って邸を見学させれば邸の維持費がひねり出せると父上は考えた。
更に母上が、だったら来た記念となるようなお土産物を売ればいいんじゃないかしら、と。 それでこのクッキー作りが始まったようだ。
その辺りの事情は母上からの手紙で知っていたが、それを読んだ時は観光客がわざわざ来るだなんて一体あの邸の何が面白いの、と不思議だった。 伯爵本邸だからそれなりの大きさはあるけどさ。 隣の領地にあるクマー侯爵本邸は我が家の二倍は広い。 由緒ある豪邸で城と言ってもいいだろう。 あれならわざわざ見に行く気持ちも分かるけど。
一応我が家も領民からはヴィジャヤン城と呼ばれているが、他の伯爵邸と比べたって並でしかない大きさで辺りの景色がいい訳でもない。 加えて、こんなどこにでも売っていそうなクッキー。 しかも袋に家紋が入っているだけで普通の二倍の値段だ。 誰も買う人いないだろ。
次の小包では「六頭殺しの若饅頭」が送られてきた。 その次は「六頭殺しの若せんべい」。
売れていないから次々新製品を出しているのかも。 そう思っていたら、母上の手紙によると日に三十から五十箱、休日や祭日ともなれば百を越える数が売れているらしい。 それなら結構儲かるよな。
売り上げのトップを独走しているのは意外にも饅頭。 値段は一番高いが、餡が六種類なところが受けたらしい。 因みにそのアイデアを出したのはタマラ執事なんだって。
あの人甘党だったんだー。 全然そうは見えなかった。 甘党か辛党かなんて顔で判断するもんじゃないだろうけど。 長年一緒に暮らしていたが、タマラ執事が甘い物を食べている所なんて一度も見た事なかったのに。
とにかく、せっかく送ってもらって申し訳ないが、俺とトビじゃこんなに大量のお菓子を食べきれない。 食べ物を無駄にする訳にはいかないからお世話になった人達に配って食べてもらう事にした。
まず六頭殺しの若饅頭を持ってタケオ小隊長に会いにいった。 今では会えば、おう、と声を掛けてもらえるまでになっている。 たぶん甘い物好きだと思うんだよね。 他の人が甘い物食べている時、ちらちら見たりしていたから。
ところがタケオ小隊長は俺が差し出した饅頭をじっと見ている。 いつまで経っても手を出さない。 ちょっと不安になって聞いた。
「あの、甘い物は嫌いでしたか?」
「いや、好きだ。 これは何が入っている?」
「ええっと、小豆、ごま、いちご、抹茶、栗に白餡だそうです」
「そうか。 ありがたく戴こう」
そこにトビがお茶を持って来てくれた。
「あ、トビ、ありがとう」
小豆の後に抹茶を食べながらタケオ小隊長が聞いてきた。
「お前は食べないのか?」
「え、俺はいいです。 饅頭はちょっと。 せんべいは食べたけど。 クッキーも一枚食べればいいやっていう感じなので。 気に入ってもらえたなら、もっと送るように言います」
「いや、わざわざ言わんでもよい」
美味しそうに食べている所を見ると、好きなんだろ。 遠慮しなくてもいいのに。 一生ただで饅頭を貰ってもいいぐらいの事してるんだしさ。 でもそういう奥ゆかしいとこが北の猛虎なんだよな、と密かに思う俺だった。