人手不足 ある傭兵の話
バンジの事が聞きてぇなんて、あんたも物好きだな。
まあ、酒を奢ってくれるっていうんなら話してやってもいいぜ。 大した事知ってる訳じゃねぇが。
珍しいっていやあ、珍しい奴だもんな。 傭兵で野心家なんて後にも先にもバンジぐれぇだろ。 それだけ比べたってバンジは誰とも似てねぇ。
そもそも何を好き好んでこんな世界に足突っ込んだんだか誰も知らねぇしよ。 聞いた話じゃ元々貴族の生まれなんだってな。 おまけにあれぐれぇ剣が強けりゃ貴族の私兵になるって道だってあるだろ。 でけえ商家や隊商だって護衛が必要だ。 専属で雇いてぇと言う奴ならいくらだって見つけられたはずじゃねぇか。 見つける気だったらな。
表の仕事なら金はそこそこでもそれなりの余禄ってもんがある。 貸間があるとか飯がただとかさ。 病気や怪我した時だって面倒見てくれるし。
傭兵の中でも汚れ仕事を引き受けるなんざ、下の下、ここより下はねぇ下だ。 そこまでやるのは訳ありで、表の世界に這い上がる見込みのねぇ奴ばかりだ。 いつか陽の当たるとこに戻りたい、て気がちょっとでもあるんなら、そんなもんに手ぇ出すかよ。 ここまで落ちたんじゃ仕方ねぇ、て諦めたからやるもんだ。 真っ当な仕事に就きたくたって出来ねぇ事情のある奴は贅沢なんか言ってられねぇからな。 俺みてぇに。
ま、俺の事なんざどうでもいい。 おめえが聞きてぇのはバンジの事なんだろ? あんなとっくにこの世からおさらばした奴の事を聞いて何が面白れぇんだか。
とにかく、バンジは全うな仕事につこうと思えばつけたのに、この世界を選んで足を突っ込んだっていう変わりもんだ。 どうせろくでもねぇ事考えてたにちげえねえ。 腹に一物も二物もある奴のやりそうなこった。
俺はずっと一匹狼だったが、奴の噂なら会う前から知ってたぜ。 あぶねえ奴から始まって、やれ、せこい奴だの、きたねぇ奴だの。 つえぇ事だけは確からしい。
あぶねえ奴って聞いた時はやべぇと思ったけどよ。 切ったはったの命のやり取りをしなきゃ明日のおまんまが食えねぇ傭兵稼業だ。 こっちもえり好み出来る身分じゃねぇ。
何しろ一人で仕事をすりゃ当たり外れがある。 その点、取りあえずつえぇ奴に気に入られりゃ今日の命の心配はねぇからな。 それより外の事は明日の日の出をおがんだ後で考えりゃいい。 て訳で、バンジに手先として使ってくれねぇかって聞きに行ったのさ。 寄らば大樹の陰って言うだろ。
バンジは噂通りのあぶねえ奴だった。 もっともどこがどうあぶねえのか、賢い訳でもねぇ俺が説明なんぞ出来ねぇけどよ。 あの強さじゃ昔近衛にいたっていう噂もほんとかもな。
だとすると、そこからここまで落ちるってのは、よっぽどの事情があったか世間での見てくれなんかどうでもいいっていう野心があったかだろ。 俺の見立てじゃバンジは世の中をひっくり返してえとか、それっぽい野心があったからわざわざこんな陽のあたらねぇ所に来たんだ。
けどよ、そんなこたぁ俺にとっちゃどうでもいい話さ。 俺が行った時にはバンジの手先は百を越えるぐれぇいた。 ただほとんどが文盲で。 だから大して強くはねえ俺でも読み書きが出来るって事で手下にしてもらえたんだろうな。 バンジもそろそろ自分で何でもかんでもするのは手に余り始めていたんだろ。
その内俺は金勘定に間違いがねぇって事で重宝されるようになった。 仕事が楽になったのはいいが、俺の前に金勘定してた奴は金をくすねていたのがバンジにばれて、めった切りにされたって話だ。 それを聞いていたから金を任されたってあんまり嬉しいとは思わなかったな。
誰からそれを聞いたんだって? そりゃバンジからさ。 御丁寧にどこから切り始めて次にどこを切ったか、最後まで教えてくれたぜ。 俺が聞きもしねえのによ。 そしてこう言ったんだ。
「良く数え間違える奴でなあ。 ふっ。 私を盲目と間違えるようでは長生きは出来ん。 どんな事情があったのか知らんが。 あれでは殺してくれとお願いしているようなものだ。 余程死にたい事情でもあったのだろう。
なに、金勘定などわざと間違えるのでなければ普通に長生き出来る仕事だ。 お前は中々運が良い」
こっちもばかじゃねぇ。 御丁寧に脅さなくたって、まじめにやるっつーの。 寝覚めの悪くなる様な事、言うなってんだ。
ま、この念には念を入れるってのがバンジのやり方なのさ。 いつ来るか分からねえ日の事を考えてな。 他の傭兵ならその日暮らし。 日銭を稼いで終わりだ。 明日は明日の風が吹く、だろ。 バンジは違う。
手下の数を増やしたのも、そのいつかに備えて、て感じ。 とは言ってもそいつらを遊ばせていた訳じゃねえ。 一体どこから見つけて来るんだか、でけえ儲け仕事を次々引き受けてくる。 十人や二十人じゃ足りねぇ、すんなり終わったって一週間や二週間はかかるやつ。
それだけ仕事がでかくなりゃ首尾だけが問題じゃねぇ。 大抵終わった後、どんな風に山分けするかで揉めるもんだ。 その点バンジはそこらの段取りがうめぇんだよな。
誰がいくらという金の取り分を仕事前に決めておく。 後で文句を言わせねぇのさ。 仕事の出来が良かったら分け前に色付けてやるってやり方だ。 上前をはねるのは当たり前だが、仕事が来ねぇで干上がってる時には飯を食わせる。 で、仕事して金が入った時にそこからさっぴく。
細けぇ事なんざ、普通の親玉なら一々覚えてねぇ。 その内どんぶり勘定になるんだけどよ。 バンジは誰にいくら払ったか、ちゃーんと覚えているんだぜ。 俺が手伝う様になって細かい所までは覚えていねぇ時でも、でけえ数字を間違えた事はねぇ。 随分昔の話だからって忘れる様な男じゃねぇんだ。
剣の腕前だって噂以上さ。 ちょっと振り回しただけで剣がぶんぶん唸る。 ありゃあすげぇ。
バンジはいつも手下がどれだけの腕前か、自分で相手をして階級付けしていた。 一つ階級上がるごとに仕事での分け前が増えるって仕組みでな。 傭兵も雇われたからってのんべんだらりとしねぇ。 階級が上がる様にみんな必死で剣の稽古していたぜ。
剣もすげぇが、バンジが他の親玉とひと味違うってのは、仕事を闇雲に引き受けたりしねぇって所だろうな。 一体どっから仕事の話を聞きつけて来るんだか、そしてどの噂がほんとか嘘か、ちゃんと知ってやがる。 どんな大金を約束されたって割の合わねぇ仕事だったらあっさり断るんだ。 なんたら爵位の貴族から来た話だからって騙されねぇ。
俺が知ってる限りじゃバンジが引き受けた仕事で足が出た事なんか一度もねぇ。 それってこの世界じゃちょっと聞かねぇ話だ。 誰だって偶には損をするし、騙される。
もっともバンジを騙したら明日のお天道様を拝むのはまず無理だ。 騙す奴がいねぇと言うより騙した奴は死んじまったって事なのかもな。
早い話がバンジはやっつけ仕事をしねぇのさ。 下準備なしにぶっつけ本番をやった事はねぇ。 大体の流れを決めてからやる。 だから現場で慌たりしねぇんだ。
不景気がひどくなって破れかぶれの奴らが増えたって事もあるんだろうけどよ、段々バンジの名前が売れてきてさ。 あそこに行きゃあうまい話があるっていう噂に釣られて、いろんな奴が次々来るようになった。 バンジが「常勝将軍」とか「裏将軍」って呼ばれるようになった頃には、手下の数が三千を越えてたぜ。
最後のヤマ? そんな事まで聞きてぇのかよ。 そりゃあ確かにその話がバンジに持ち込まれた時、取り次いだのは俺さ。 けど中身が何だったのか聞いてねえ。 バンジが客の名前を手下に漏らした事なんて一度もねぇし。 ただあの顔は、確かデュ、おっと。 ほんとに何にも知らねぇんだ。
と言っても随分うまい儲け話だったみてぇだな。 バンジが珍しく御機嫌だったから。 傍目にも分かるぐれぇ上機嫌になるだなんて初めてだったんじゃねぇか?
何より魂消たのが、バンジは自分でその仕事を片付けに行ったんだ。 御大自ら御出陣なんざ、四、五年前からしなくなっていたんだが。 しかも七人しかいねぇ最上級の凄腕を全員連れて行ったんだぜ。 他の二十四人だって上級だ。 相当の腕前さ。
数だけで言うなら百人を越える大仕事を引き受けた事だってあるけどよ。 そんなでけえ仕事だって最上級の奴はせいぜい二人か三人ってとこだ。 どんな仕事だってそれ以上の凄腕がごやごや付いて行った事なんてねえんだぜ。 これだけの面子を揃えるって一体全体、的は誰なんだ、とは思ったね。
ただ三日で戻るって話だったからさ。 帰って来たら聞きゃあいい。 一人ぐれぇちょろっと零す奴もいるだろって待ってたんだけどよ。 一人も帰ってこねぇんだもんな。 いやー、あせったぜ。
バンジが死んだ、て噂はあっと言う間に広まった。 六頭殺しの若の矢で殺されたってな。
俺にとって誰に殺されようと関係ねぇが、とにかくさっさと逃げねえとやべえ。 何しろバンジの金の出し入れは全部俺がやってると思われていたからな。
そりゃ金勘定はしていたさ。 傭兵に金を手渡していたのも俺だ。 でもよ、バンジがどこからその金を引き出して来たんだか、見た事なんて一回もねぇんだ。
それを言ったところで誰が信じる。 吐けと拷問されて、運が良けりゃ楽に死なしてもらえるかもしれねぇが、運が悪けりゃ生まれてこなきゃよかった、ていう目にあわされるだろ。
だから手元にあるだけの金をひっ掴んで、とんずらしたって訳。 それからはもう、必死で逃げたね。 心配しなきゃなんねぇのはバンジの手下だけじゃねぇからな。 バンジに話を持ち込んだ奴だってまだ生きているはずだろ。 そいつらが「後片付け」に来るかもしれねぇ。 俺は何にも知らねぇのに。 殺されたら殺され損さ。
ここだけの話だがよ。 噂じゃバンジが殺りに行ったのは、すげえ雲の上の御方だったんだと。
ならバンジが死んだって終わりじゃねぇ。 バンジを雇った黒幕が誰か、捜してる奴らだっているはずだろ。 それを知っていたのはバンジだけ。 なのに取り次いだってだけで俺まで知ってると勘違いされちゃたまらねぇ。 こちとら影にさえびくついて生きる有様よ。
幸いバンジの手下で上の奴らはまとめて死んでくれたからさ。 後を継げる奴が誰もいねぇ。 上級の奴らが十人残っていたが、どれもどんぐりの背比べだ。 あん時で手下の数は五千を越えてたからな。 十人の内の誰が次の頭になるか、当分揉めるだろ。
人が千を越えりゃ剣だけ強くたってだめさ。 それに俺の他に金の事を知ってる奴はいねぇ。 金がなけりゃ傭兵ギルドなんて一日だって回るもんか。
明日のおまんまをどうするか、みんな自分のケツの面倒見るのに忙しくなる。 そっちから追手が来るとしてもすぐじゃねぇ。
まあ、その内俺の事は忘れてくれるって思うのは甘ぇだろうが。 こっちは今日明日生きれりゃ御の字さ。
で、当座の金はあったから、三年ぐれぇ鳴かず飛ばずで暮らしていた。 そしたら飯屋で客が北の噂をしているのを聞いたんだ。 何でもいろんな建物やら道やら、土木工事がどんどん始まっているらしい。 すげぇ人手不足って話だ。
北か。 聞いただけでさみーぜ。 行きたくはねえ。
それに六頭殺しの若を狙った奴らの片割れだって事がばれてみろ。 ろくな死に目にあいやしねぇ。 まあ、北軍に俺がバンジの金勘定やっていたと知ってる奴はいねぇだろうが。
かと言って、このままずっと皇都に隠れていたってその内金が底をつく。 昔の傭兵仲間に会いそうな場所では働けねぇし。 どこに俺を知ってる奴がいるか分からねえぶっそうな世の中だ。 せっかくここまで生き延びたのに死んでたまるか。 て事は、北へ行くしかねえよな。
おい、俺の行き先、誰にも言うんじゃねぇぞ。




