運命 若の母方の祖父、シラの話
近頃、昔の夢をよく見る。 現れるのは全員とっくに死んだ奴らばかり。 私もこの世とおさらばする時が近づいているのだろう。 あの世でまたあいつらと馬鹿話するのが楽しみだなんて。
明日死んでもおかしくない年にはなったが、死にたい、て訳じゃない。 何しろ毎日幸せなんだ。
我ながら気難しい男だと思う。 爺になってもそれに変わりはなかった。 妻子を愛してはいるが、私の愛情表現は捻くれていて分かりづらい。 それでも妻子は私を夫として父として愛してくれた。 家族とは有り難いもの。
息子も娘も幸せな家庭を築き、今では孫がちょろちょろ走り回って笑い声が絶えない。 若い頃はどうせ一人で野垂れ死に、と覚悟していたんだが。 まさかこれ程長生きしたうえに妻子や孫に囲まれて終わりを迎える事になるとは思わなかった。 予想外だらけの人生だったが、これが一番の予想外と言える。
しかも妻に商才があったおかげで子爵家の資産には手を付けずに豪邸が建ち、今寝ているのはふかふか寝心地の良い寝台。 こんな贅沢、お前みたいなろくでなしには勿体ない、と悔しがる奴らの顔が思い浮かぶぜ。 お生憎さま、てやつだ。
しかしさすがに寄る年波。 去年辺りから寝たり起きたりを繰り返すようになった。 幸いジョシ子爵としての仕事は全部シュウに引き継ぎし終えているし、「皇国の耳」はサキに全てを任せてから五年経つ。 サキは期待以上の仕事をしてくれた。 何も思い残す事はない。 だがまだ幾つかサキに教えていない話がある。 いつ話すべきかを考えていた時、シノが里帰りして出産すると言う。 ならシノを迎えた時に話せるだろう。
五月になってシノは無事に三人目の男の子を産み、赤ん坊はサダと名付けられた。 なんでもヴィジャヤン伯爵家に伝わる由緒ある名前なんだとか。 邸を揺るがすような元気一杯の声で泣いている。 とノマが教えてくれたが、私は耳も遠くなってきたらしい。 全然聞こえない。
七月にサキが妻子を迎えにやって来た。 私は妻を迎えに来たサキを枕元に呼んだ。
「サキ。 北にな、星読みの村がある。 名前と場所を教えるから覚えておけ。 いいか。 どこにも書き残すな。 頭の中にだけ残せ。 他の誰にも教えてはならん。 シノであろうと。 お前以外の誰にも言わんとその村の長に約束したんでな」
シノにさえ言うなと聞いたサキが驚きの表情を見せる。
「一体その村には何があるとおっしゃるのですか?」
「今言ったろう? 星読みが住んでいるのさ」
「つまり、予言が出来る者達の村?」
「うむ。 その村が星読みの村である事を知っているのはその村で生まれ育った奴だけだ。 と言っても、村出身ではない私が知っているんだ。 私以外にもいるのかもしれんが。 滅多にいないと思って間違いない。
それに今では昔程能力のある奴は滅多にいないらしくてな。 先祖返りと言われる、何十年も先を見通せる老爺が一人いるが。 そいつは来年死ぬ。 他は読めた所でせいぜい来年か再来年と聞いている。 少なくとも今の所は。
まあ、いつか次の先祖返りが生まれないとも限らない。 知っておいて損はないだろう」
信じますとも信じられないとも言わず、サキが質問する。
「義父上はどのような経緯でその村の事をお知りになったのですか?」
「若い頃、旅の途中でその村に立ち寄った事があってな。 その先祖返りの老爺と会ったんだ。 その老爺から、サダの父にならこの村の事を教えてもいい、という伝言が届いた」
「サダの父? それはどう言う意味でしょう? サダがどうかしましたか?」
「その星読みが、皇国の命運を変える者が生まれた、と言って寄越したのさ。 どうやらサダがそうだと言いたいらしい」
「え?」
「これは別の筋からの知らせだが。 サダが生まれた日に北の大峡谷でロックを見た北軍兵士がいる」
「ロックを見た? それはまた珍しい事もあるものですね。 しかし同じ日に生まれた子供はサダの他にいくらでもいるでしょう。 そもそもロックが瑞鳥と言うのは単なる伝説ではありませんか。 それともサダが誕生したからロックが現れたという証拠でもあるのですか?」
「私だっていきなり予言だ、瑞兆だと聞かされた所で信じられなかったろう。 だからお前には、昔その星読みの村で私が言われた事を話しておこうと思ったんだ。
五十年以上前の事になる。 私がまだそっちこっちを目的もなくふらふらしていた時分だ。 その村の星祭りに居合わせてな。 そこで店を広げていた手相占いが、頼みもしないのに手相をただで見てやると言う。
そいつはまるでその場で見ていたかのように私の過去にあったあれやこれやを当てたんだ。 内心ちょっとどころじゃなくびびったが、そうは知られたくない。 で、空元気を出して聞いた。 過去の事なんか知ってどうする。 未来の事が分からないのか、とな。
そしたら一つだけ分かると言ったんだ。 それが何だったと思う? 私の孫は将来皇国皇王陛下の祖父になるんだとさ」
サキは笑い飛ばしも驚きもしない。
「それが予言だとしたら、義父上の子孫は簒奪者となる、とも受け取れますが?」
「まあな。 いずれにしてもそんな世迷い言、当時の私は笑って信じなかった。 当時は結婚する気なんて全くなかったし、した所でしがない子爵家の次男だ。 兄はとっくに子爵位を継いで長男も生まれている。 仮に私に子供が出来たとしたって平民だ。 平民がどう逆立ちしようと皇王族の誰かと結婚する日なんて来るはずはない」
「それが爵位を継がれ、御結婚なさり、娘は伯爵夫人。 まあ、そこまでは順調ですが。 それでも伯爵家の三男でしかないサダの娘が国母になるとは可能性としてあり得ないでしょう? どれ程美貌と才覚に恵まれようと、しきたりに阻まれるはず」
サキの冷静な反応は無理もない。 サダが誰か、例えば侯爵位を継ぐ娘に望まれ、そして生まれた娘が皇太子妃として望まれたのでもない限り、起こり得ない可能性だ。
普通に結婚しただけではサダの娘は平民。 サダの兄二人がどちらも死んだか廃嫡されたらサダが爵位を継ぐ事になるが。 仮に継いだとしても伯爵令嬢が皇太子から望まれるはずはない。 望まれたとしても妾妃だ。 男子が生まれたとしても皇王位の継承権はない。
皇王族の非正嫡男子に望まれ、正妃となる可能性ならある。 そしてその非正嫡の皇王子が正嫡の皇王子を全て殺して戴冠するとか。 しかし皇王妃陛下となるには最低でも侯爵令嬢以上でなければ周りから妨害されるだろう。
だが伯爵家の三男が侯爵令嬢や公爵令嬢に娘婿として望まれるなど、それもあり得ない。 結婚許可を申請した所で皇王庁が許可しないだろうし。 それは私から言われるまでもなく、サキも予想したようだ。
「一番起こり得るとしたらサダが何らかの理由で伯爵位を継ぐ事になり、娘が第二か、三の正嫡皇王子殿下に妾妃として後宮入りを果たしてから正妃が亡くなり、彼女が正妃となった。 その後皇王位継承を巡る逆転劇が起こり、彼女の夫が戴冠、という筋書きでしょうか」
信じられないと言いながらサキは最もあり得そうな可能性を予想する。 相変わらず抜け目のない奴だ。
「どうだかな。 私も笑い飛ばした手前、詳しい事を聞く気にはなれなかった。 だが少々気味が悪いとは感じた。 そんな事が現実に起こるかどうかはともかく、少なくともそれを言った奴は本気も本気。 そう信じるだけの何かがあったんだ。 それで忘れる事が出来なかった。
この話はお前以外の誰にも話した事はない。 今の今までそんな昔話の事は思い出しもしなかった。 それがサダが生まれてから二週間して、その村の星読みから手紙が届いてな。 五十年前の事さえなければ私も本気にしなかったが。
父親としてお前は知っておく必要がある。 だからこそ星読みの爺もお前には村の事を教える許可を出したんだろう。 信じる信じないはお前の好きにすれば良い」
サキは別に慌てた様子も見せず、表情の読めない顔でしばらく考えていたが、ようやく一言漏らした。
「運命に逆らう、というのも面白いかもしれませんね」
「逆らえるものならな」
私の言葉に返事をせず、サキは家族を連れて西へ帰っていった。
サキの瞳に宿る決意が何だったのか知らん。 サダがどんな風に育つか、ましてやサダの娘やその孫の辿る人生に至っては私が見る事など不可能な、ずっとずっと未来の話。 全てはあの世とやらに逝ってからのお楽しみだ。
私の子孫はどんな風に皇国をかき回すのだろう? それを高見の見物としゃれ込む、か。 それは良い時間つぶしになる。
くくく。 冥土へのいい土産話が出来た。
ルイルイ。
シンシュウ。
デーコナ。
トウミャ。
待ってろよ。




