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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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軍牢

「軍警だ。 起きろ」

 夜、寝入り端を起こされ、一緒に来いと命令された。 寝ぼけてぼーっとしていたから相手が誰だか、なぜ、どこへ連れて行かれるのか聞かなかった。

 言われるまま付いて行ったら入った事がない建物に着いた。 他の庁舎に比べて小さい。 でもどこも似たような外観だし。 ただどこか不気味な感じ。 入りたくないと思ったが、新兵の俺にとって軍警は上官の上官の上官も同然だ。 従うしかない。


 中に入ると受付らしきカウンターと待合室っぽい椅子が置いてあった。 そこを通り過ぎると鍵の掛けられた扉がある。 軍警が鍵を開け、中に入った。

「先に行け」

 扉の中は真っ暗だ。 軍警の持っている小さなランタンの灯が一寸先を照らしているだけ。 なんとなくそこが長い廊下で、右手に格子が嵌め込まれている小部屋がずらっと並んでいる事が分かった。

 あれれ? ここって、もしかして、牢?

「ちょっとここで待っていろ」

「え? 」

 戸惑っていると、とんと背中を押されて一番端の牢に入れられた。 がしゃんと俺の後ろで鉄格子の扉が閉まる。

「あ、あの、」

 どうしてここに入れられたんですか、と聞く間もない。 俺を連行した軍警は牢に鍵を掛けたかと思うと、まるで自分が悪い事をしたかのように、そそくさとその場を離れ、廊下の向こうへ出て行った。 がしゃっと外側から鍵が掛けられた音が響く。


 まーーっくら。 目が慣れて来て、どうやら寝床がある事は分かった。 だけど触るとじめっとしている。 とてもじゃないが横になる気になれない。

 窓なんてどこにもない不自然な闇の中で寝床に腰を下ろした。 そこで初めてここが営倉じゃない事に気付いた。

 営倉なら、やれ喧嘩したの、酒を飲んで暴れたとかで、同じ部隊の中に入った事のある人が何人かいる。 その人達から様子を聞いていた。 それによると寒くて臭くてひどい所ではあるらしいが、小さい窓が付いているんだって。

「まあ、軍牢よりはまし、て所だ。 と言っても俺は軍牢にぶち込まれた事はないし、俺の知り合いにもいないから詳しい事は知らんが」

「へえ。 それって軍牢にぶち込まれた人が誰もいないからですか?」

「ぶち込まれた奴はいる。 生きて出て来た奴がいないだけで」


 ここに窓はない。 つまり軍牢?

 ひーっ。 俺ってば。 遅いよっ。

 でもここが軍牢と決まった訳じゃない。 詳しく聞きたいとは思ったけど、軍牢に入った事がある人なんて俺の知り合いにいなかったし。 一度入ったら生きて出られると思わない方がいい、とは言われたけど。 新兵をびびらせたくて言った脅しかもしれない。


 ……もしかして、俺、すごくやばい事になってる? だけどもう鍵をかけられちゃったし。

 無実の罪で入れられたと思いたいが。 知らずに何かここに入れられるような事をしていたらどうしよう?

 何かやったっけ? やっていません、と言い切れないのがつらい。

 例えば昨日、俺は弁当を二人分食べた。 余ったやつだ、腹が減っているなら食え、と言われたから食べたんだけど、実は余っていなくて。 それ、オンスラッド中隊長の分だったんだ。

 そんなの、食べ終わってから教えられてもさ。 それについては食べろと言った奴のせいに出来るかもしれないが。 言った奴の名前を知らないんだよなあ。 おまけに他にも色々やっている。 あれとか、これとか。 どれも死罪になるほどの悪事ではないと思うけど、自信はない。

 とにかくなぜこんな所に入れられたのか、それだけでも聞きたいが、辺りには誰もいないし。 どうしたらいいの?


 ぐだぐだ考えていたらトビがあわてて飛んで来た。 どうやら俺の従者という事で面会を許してもらえたようだ。 片手にランプを持っているせいで闇の中にトビの顔がぼうっと浮き上がる。 不気味かも。

「若。  これは一体どういう事でございましょう?」

「俺にも分かんない。 な、俺を連れてきた人、そっちの部屋にいるはずだから事情を聞いてみてくれない?」

「もちろん伺いますが、このような空気の悪い冷所でお休みになられたら病気にならないものでもございません。 どのような事情があるにせよ、まずここから出してもらえるよう掛け合って参ります」

「いや、トビ、それって無駄だと思う。 止めといた方がいい」

「なぜですか?」

「ここ、軍牢だよ。 上官や同僚を殺したとか、命令を聞かなかったとかの重罪でなきゃ入れられたりしないから」

 それを聞いてトビの顔が真っ青になった。 と言うか、闇の中だから色がよく分からないけど顔色が変わったみたいな感じ。

「ま、まさか」

「いや、俺、誰も殺してないし、命令に背いた事もない。 でも一体何をしたからここに入れられたんだか分からないからさ、それだけ聞いといてくれる? 人殺しの罪ならいずれ俺がやったんじゃない、て事が分かると思う」

「承知致しました」

 そう言ってトビはすぐに出て行った。 どこへ行ったのか、戻って来る事が許されなかったのかは分からないが、ともかくそのまま戻ってこない。 トビが側にいるだけで安心するのに。

 心細かったけど、どうしようもないから寝る事にした。 幸い牢番の人がいい人で、寒いだろうと言って寝床にあった敷き布団の他に毛布を何枚か貸してくれた。

 それを敷いて横になる。 真っ暗な牢に放り込まれて心配は心配だけど、すごく静かだからか俺はいつの間にか寝入ったようだ。


 朝、誰かの怒鳴り声が聞こえてきて目が覚めた。 一人は俺の上官の上官であるオンスラッド中隊長だ。 もう一人は誰だろう? 聞いた事がない声だ。

 突然怒鳴り声の応酬が止む。 そこで扉が開いた。 おお。 俺の上官の上官の上官であるトーマ大隊長だ。 その隣にすごく怖い顔をした中隊長が控えている。

 お二人は俺が入っている牢の前で立ち止まった。 中隊長がまず俺に質問した。

「ギャッツ中隊長だ。 ヴィジャヤン。 オダ・スリカンスを知っているな? お前が最後にスリカンスに会ったのはいつだ?」

「えっとお。 うーん、俺の知っている人なんですか? すみません、まだ人の名前を覚えきれていなくて」

「お前がオークを倒した際、迎えに行った兵士の一人だ。 その時スリカンスは名乗った、と他の者が証言しているが」

「ああ、あの時の。 最後に会ったのは、たぶんその時だと思います。 スリカンスさんがどうかしたんですか?」

「殺された」

「え?」

「背中に矢を射込まれてな」

「ええっ?」

「矢羽根にはヴィジャヤン家の家紋が入っていた」

「でもそれを射ったのは俺じゃありません」

「お前以外にヴィジャヤン家の家紋入りの矢を持っている奴がいると言うのか?」

「ヴィジャヤン家の家紋入りなんて俺は一本も持っていないです」

「「な、何だと?」」

 トーマ大隊長もギャッツ中隊長も同時に呆然とした顔をして俺を見ている。 家紋入りの矢を持っている方が珍しいのに、なんで驚いているんだろう?

「俺が実家から持って来た矢には家紋が入っていましたが、それはオークを殺した時に全部射ち尽くしたので。 それ以来、家紋入りの矢を注文した事はありません。 外れて落ちたやつを拾いに行きたかったんですが、ソノマ小隊長に危険だからって止められたんです」

「だが弓を新調しただろう? それなら矢も新しくしたはずだ。 その矢羽根に家紋を入れただろうが」

「ただでくれるって言うのに家紋まで入れさせちゃ申し訳ないです。 だから今俺の持っている弓にも矢にも家紋は入っていません」

 そこでトーマ大隊長が話しかけてきた。

「若」

 因みに今では将軍から同期まで全員俺の事を若と呼ぶ。 別に、いいんだけどさ。 最初はそれって他の若様とどう区別するの、て思ったけど。 なぜか他の貴族の若様達で若と呼ばれている人はいないんだ。

「弓部隊の連中に一応裏を取るが、お前の無実は証明されたも同然だ。 しかしでは誰がスリカンスを殺したか。 今の所分かっていない。 お前は彼について何か知っている事でもあるか?」

「ありません。 実は、オークを殺した日に会った事さえ覚えていないのです。 その後どこかで会っているのかもしれませんが。 顔を見せてもらえば思い出せるかもしれません。 でも名前だけではちょっと」

「そうか。 いずれにしろ名前も知らない程度の付き合いでは言える事にも限りがあるだろう。 とは言え、真犯人が分からないうちにお前を釈放したりすれば、お前が有罪であるにも拘らず、オークを殺した功績で放免されたと思われる。 それは避けたい。 真犯人が捕まるまでの間、ここで我慢してくれ」

「はい。 分かりました」

「被疑者として拘留されているのではないのだから欲しい物があれば牢番に言うがよい。 便宜を図るよう伝えておく」

 そうおっしゃるとトーマ大隊長はギャッツ中隊長を連れて出て行った。 廊下の扉は開けたままにしておいてくれた。 そこから少し陽が漏れて来る。 それだけでも嬉しい。 とは言ってもここが気が滅入る場所である事には変わりはないが。 牢だもんな。 当たり前か。


 うう。 するとしばらくこんな場所で寝起きする訳?  まあ、長い人生、こういう経験もありかも? あ、軍牢から生きて帰って来た男として有名になったりして。

 それはどうでもいいが、暇だな。 せっかくだ。 実家と兄上達へ手紙でも書こうか。 ずっと書こう書こうと思いながら書いていなかったから。 時間はたっぷりあるみたいだし。

 ただ、軍牢にぶち込まれました、と書いたらまずい、よな? いくら無実の罪で、いずれ出られると分かっているとは言ってもさ。 びっくりというか、心配させちゃうだろ。 それに手紙が着く頃には出してもらえているかもしれない。 そしたら無駄な心配をさせた事になる。

 かと言って、いつ出られるか分からないのに、すぐに出してもらえるから心配しないで、と書いたら嘘になるかも。 俺にしてみれば一週間どころか一日だってすぐじゃない。 だけど真犯人なんてそう簡単に見つからないだろ。 一年経っても出してもらえない、て事にはならないと思うが。 なったりして?

 元気です、と書いても、今のところ嘘ではない、よな? だけど牢に座っていて元気です、て言うのもなんだかなー。 ここ寒いし。 風邪を引いちゃうかも。  風邪なんて今まで引いた事なくてもさ。

 じゃあ、それ以外、何か書く事ある? 無難な事といったらお天気の事くらい? そんなのわざわざ手紙に書くまでの事でもないじゃないか。 とかいろいろ考えてしまい、結局紙とペンは頼まなかった。


 そうこうしている内にスリカンスを恨んでいた男の名前があがり、調べた所、その男の部屋からもう一本、我が家の家紋入りの矢が見つかったんだって。 それでようやく俺の無実が証明された。

 真犯人はヴィジャヤン家の家紋入りの矢を使えば、若がやった事になって、それなら誰も調べないと思ったらしい。 んな訳あるか。 まーったくもう。 その人、俺よりもっと世間知らずなんじゃない?

 それはともかく、俺は無罪で牢にぶち込まれた事を怒るより無事に釈放された事にほっとしていた。 俺が感じたのはそれだけだが、トビはそうじゃないみたい。


「おい、トビ、何をそんなに怒っているんだ?」

「無実の罪で一週間も、あの臭くて暗い牢にぶち込まれていたのですよ。 しかもそれに対する謝罪の一つもないとは。 特に、あの目つきの悪い中隊長の態度といったら! 取り調べをする前から若を下手人扱いしておりました。 公衆の面前で土下座してもらっても収まりません。 降格処分となって当然の無礼ではありませんか。 なぜ将軍に直訴なさらないのですか? 泣き寝入りする必要などございませんでしょうに」

「いや、泣き寝入りなんてしてないよ。 向こうだって仕事だろ。 牢ではよくしてもらったし」

「よくしてもらったとは。 何がどのようにでしょう?」

「あれでも他の牢よりずっときれいだったんだぜ。 それって牢番の人が掃除してくれたからだろ。 布団も毛布も余分なくらい入れてくれたし。 便所も風呂も牢から出して入れてくれたじゃないか。

 飯は全部お前が持って来てくれた。 次々面会の人が差し入れ持って会いにきてくれたから寂しい思いもしないで済んだ。 運動不足で太っちゃったのは残念だけど。 これでも牢の中で懸垂や屈伸、腕立て伏せとか毎日やっていたんだぜ」

「つまり高級宿屋に泊まったようなものだったとおっしゃりたい?」

「そこまでは言わないけどさ、向こうだってそれなりに気を遣ってくれたんじゃないの? なのに文句を言ったら悪いよ」

「本当に、若は。 人がいいと申しますか」


 トビはしばらく、やれあの中隊長は無能だの、あれは嫌がらせだの、散々文句を言っていたけど、一週間やそこらで真犯人が見つけられたのなら充分有能だろ。 俺は最短でも一ヶ月くらいかかるんじゃないかと思っていた。


 ところで、真犯人が矢を仕入れたのは六頭殺しの若御用達の店だった。 あそこは密かにヴィジャヤンの家紋入りの矢を結構なお値段で観光客相手に売っていたらしい。 俺のしがない名前でも悪用しようと思えば出来るんだね。

 それを知ったソノマ小隊長が、あれほど悪用するなと言ったのに、とカンカンになり、オンスラッド中隊長に報告した。 それがトーマ大隊長、ジンヤ副将軍、モンドー将軍へとあっという間に伝わり、あの店は軍需の全てをふいにしたんだって。 次に矢を買いにいこうとした時、あそこは閉店したと弓部隊の仲間に教えられた。

 家紋の悪用をする方が悪いんだけどさ。 元はと言えば俺が気軽に名前を使う許可を出した事が発端だ。 気の毒な事しちゃったな、と反省しました。


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