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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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敬称

 いきなりどうして家族が俺を様付けで呼び始めたのか分からなかったのでトビに聞いた。

「それは旦那様がいずれ準大公閣下になられるからです。 御家族の皆様がそれを信じていらっしゃるだけでなく、何より旦那様にそれを自覚して戴きたいからではないかと存じます。 また同時に世間の手前もございましょう」

「準大公? 何、それ。 そんな爵位、あったっけ?」

「ございます。 もっとも百年ほど遡りませんと、準大公位を叙爵された方はいらっしゃいません。 貴族でさえ知らない方はいらっしゃるかと存じます。 これは皇王陛下が戴冠なさった時におじい様が公爵以下であった場合に贈られる爵位です。

 皇王陛下は通常、外国の王族と御結婚なさいます。 王族の方にとりまして準大公位は名誉とはなりませんので贈られません」

「サリは生まれたばかりなのに。 俺の孫が皇王陛下になるだなんて、そんな遠い未来の話、みんな本気で信じている訳?」

「サリ様の御婚約者はオスティガード第一皇王子殿下と伺っております。 順当にいけば十七年後に皇太子殿下となられ、いずれは皇王陛下に即位なさる御方でいらっしゃいます。 しかもサリ様は正妃に望まれていらっしゃるとの事。 お子様が授からない、或いは授かっても女のお子様ばかりという事もあり得る訳ですが。 御家族の皆様は対外的にも、サリ様が国母となられる事を信じて疑わない、とおっしゃりたいのでございましょう。

 又、先代様が準公爵位を戴くとの事ですが、準大公位はそれより上となります。 御家族の中で旦那様が一番高位なだけでなく、準大公位は人臣の最高位とされ、常に敬称を付けて呼ぶ事が義務づけられております」

「父上が準公爵? ひえーっ!」


 そりゃ準大公位の方が上だと、たった今聞いたばかりだが、そんな爵位、初めて聞いたせいか、ぴんと来ない。 第一、生まれたばかりのサリが無事に育って将来男の子を産むかどうかなんて誰にも分からないだろ。

 それに引き換え準公爵位の授与は偶だが、必ず大きな話題になる。 俺でも知っていたくらいだ。 準侯爵以上の叙爵があるのは各軍の将軍(準公爵)と副将軍(準侯爵)が退官した時と、文官なら皇国宰相(準公爵)や大臣(準侯爵)が退職した時に限られるから。

 叙爵式は毎年あるけど、ほとんどが準伯爵以下。 それは公報を読めば分かるが、親戚か友達でもない限りそんなものをわざわざ読む人っていないだろ。 いや、いるのかもしれないが、俺は誰が準伯爵に叙せられたとか全然知らない。


「この度先代様が準公爵に叙爵されたのはサリ様をお守りする為ではないかと推測致します」

「はあ? 皇王陛下御相談役をやったからなんじゃないの?」

「御相談役は宮廷内での地位は侍従長と同等となりますので、爵位を戴くとしても準伯爵位であったかと存じます。 しかし準伯爵位では上級貴族に対してさえ格下。 皇王族や国外の王族が圧力をかけようと思えばかける事が可能です」

「圧力って、例えばどんな?」

「旦那様は未来の準大公閣下となられましたが、現在は伯爵ですので、皇王族、大公家、公侯爵家、諸外国の王族からの御招待やお誘い等がございましたら無下にはお断りになれないお立場です。 特に皇王族からのお誘いをお受けする時は何であれ、慎重になる必要がございます。 今のところ次の皇王陛下となられるのはオスティガード殿下ですが、皇王位を継承する権利がおありになるのはオスティガード殿下だけではございません。

 瑞兆であるサリ様に選ばれた御方が次の皇王陛下となられるでしょう。 それ故早々に御婚約が発表されたのだと推測致します。 それでも国内ならば皇王陛下に対する御遠慮もございましょうが、諸外国の王族も瑞兆を手に入れたいのは同じ事。 その場合、水面下でどのような動きを仕掛けて来るか」

「そうは言うけど、俺、アイデリエデンの招待を無下に断っちゃったよ」

「断って、それで終わると思われますか?」


 それは脅しでもなんでもない。 次がきっとあると俺も思う。 アイデリエデンでなければ別の国からの。

 アイデリエデンにだってあの王子様以外にも王子様がいるんだろうし。 そして次の誘いは前の失敗から学んで、もっと断りづらいものになっているだろう。


 なんだよー、ほーんと嫌になっちゃう! 八つ当たりしたくなるっ。

 ぶつけようのない怒りがふつふつと沸き上がってきた。 でもここにいるのはトビだけだ。 トビの所為でもないのに八つ当りなんてしたら後が怖い。


 気分は真っ暗々だったが、取り敢えず師範にちゃんとお礼は言っておかなくちゃと思ったので俺は隣の部屋に行った。

 剣の手入れをしていた師範はその手を休めず、ただ俺の顔をちらっと見て、いつもの調子で言った。

「なんだ、そのしけた面は」

「しけてますから」

「娘が皇王室に貰われるのは嬉しくないか?」

「そんな正直に答えられない質問されたって困るんですけど」


 たった今トビに同じような答えられない質問をしたくせに、師範が知らないのをいい事に、しっかり文句を言ってやった。 

 投げやりな言い方をした俺の失礼な態度を気にした様子も見せず、師範が言う。

「まあ、今度は自分の番、と諦めるんだな」

「自分の番?」

 俺が聞き返すと師範はちょっと呆れた顔をした。

「なんだ、お前、自覚もないのか?」

「自覚って、なんの自覚ですか?」

「リネが貴族、しかも国の英雄と結婚するとなった時、平民の父さん母さんがなんて思ったと思う?」

「えー? それとこれとは随分違うんじゃないですか? 俺は貴族の子弟でも俺の子供は別に貴族じゃないし。 俺が英雄とか、その内みんな忘れるでしょ」

「それはお前から見りゃそうだろ。 だが俺達平民からすりゃ貴族はみんな雲の上という括りだ。 普通に生きていたら会う事なんてないし、ましてや結婚するなんてあり得ない。 せいぜいで妾だ。 それだって北には子爵と男爵しかいない。 お前は三男と言っても伯爵家の正嫡子じゃないか」

「リネの御両親は、やっぱり御心配なさったんでしょうか?」

「当たり前だろ。 俺だって心配した」

「何をですか?」

「リネがつらい目にあわされる事を、に決まっている」

 それを聞いて俺は思わずむっとした。

「俺は妻をいじめたりなんかしません!」

「お前じゃない。 お前の周りだ」

「俺の父上も母上もリネをいじめたりなんてしないし」

「お前の家族の事を言っているんじゃない。 まあ、確かにお会いする前はそれも心配だったが。 それよりお前の妻になりたくてなれなかった女の嫉妬とか、その家族からの嫌がらせとか」


 そこまで言われて初めて気が付いた。 俺だって心配しているのはサリが陛下からいじめられるかもという事より周囲のいじめにあうんじゃないか、て事だ。 それってリネにも同じ事が起こり得た。

 いくら俺がリネを守りたくたって起こる時は起こる。 俺がいない時を見計らって起こる。 俺はリネの傍にいない方が多いんだから、いじめる側からすれば隙を見つけるなんて簡単な事だ。

 幸せそうなリネを見る限り誰からもいじめられてはいないと思うけど、それは結婚する前から分かっていた事じゃない。 近所に住んでいる訳でもないリネの御両親にとって娘の幸せはただ天に祈るしかない事だ。


 平民が貴族と結婚する事は滅多にない。 そう言う意味では伯爵程度の身分で皇王族と結婚する事になるサリと同じだ。 でも皇王族のしきたりやしがらみは貴族なんかの比じゃない。

 皇王族の中身を詳しく知っている訳でもない俺が言っても説得力はないが、レイ義兄上が侍従を引き連れて北軍に来た時、初めて身分が違うとどんなに日常生活が違うものなのかを知った。 それに証人喚問の時沢山の公侯爵の家にも滞在したし。 そのおかげでレイ義兄上はあれでもこちらに合わせて随分質素にしてくれていた事が分かった。

 それからの類推に過ぎないが、皇王族なら公爵の更に上だ。 しかも後宮に入ったら全てあちらの流儀に合わせなくちゃ。 自宅ではこんな風にしていたんです、なんて言ったって通用する訳がない。


 だけど師範は俺の心配を見透かしたかのように言う。

「お前の心配は俺や俺の両親がリネのためにした心配だ。 幸い杞憂に終わっただろ。 サリの場合もそううまくいくかどうかは分からんが、心配したってお前にはどうしようもない事だ。 今は何も考えずに子の成長を楽しめ」


 師範のその言葉は俺の気持ちをいくらか軽くしてくれた。 リネやサリを呼び捨てにしてくれたし。 家族に敬称を付けて呼ばれると、自覚は促されるかもしれないが気が滅入る。 少なくとも師範が今まで通りでいてくれて、すごくほっとした。 倒れた時受け止めてくれた事に礼を言って、俺は自室に戻った。


 翌日お墓参りを終え、俺達は第一駐屯地に向けて出発した。 結局おばあ様の別邸では一日過ごしただけ。 駐屯地に逃げ込んだって遅かれ早かれ叙爵もサリの婚約も知れ渡るだろう。 だけど今はそんな事を何も考えずにいたかった。


 帰る前に、弔問に来る途中オークを五頭射止めた事を兄上に伝え、その内の一頭はサリの婚約者であるオスティガード皇王子殿下に献呈する事を皇王室へ伝えて下さるよう、お願いした。


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