でまかせ
兄上に通訳してもらって、ようやく陛下が何をおっしゃったのか分かった。
要するに、すごい事やりとげてくれたお礼に伯爵位をあげる。 この調子で子孫の代までがんばってね、て意味らしい。
言葉は翻訳されたものの、俺にはまだ何が何だかさっぱり分からなかった。 全然意味不明。 分かりませーん。 もう、きーっぱり言いきっちゃうもんね。
それって俺がお馬鹿なせい? 違うだろ?
瑞鳥と一緒に空を飛んだぐらいで伯爵だなんて。 誰だってなぜ、と不思議に思うに決まっている。 爵位を継ぐ事を全く期待されていない三男の俺でさえ新しく爵位を戴くという事がどれ程珍しいか、説明されなくとも知っているんだから。
皇王室にとって貴族は必要悪っていうか。 いなけりゃ困るからいてもらっているけど、沢山いたら困る、ていう感じ? 家のお取り潰しだってしょっちゅうあるとまでは言わないが、ない訳じゃない。 機会があればどんどん潰したい、てのが本音っぽい。
領民が納める税は領主が上前をはねて皇王室へ納めている。 上前をはねる人がいなくなったら皇王室にしてみれば儲かる、て事だろ。 そりゃ領主の代わりに自分で管理しなくちゃいけなくなるから手間だけど、それは適当な人を任命すればいい。 その方が爵位をあげるよりは安上がりだ。 身も蓋もない言い方かもしれないけどさ。
だから継嗣がいなくて、でも分家から子供を連れて来る事に対し許可が下りずに断絶する家もある。 その場合領地は皇王室へと返還され、直轄領となるんだ。
それでも貴族の数は増える一方。 減る事はない。 皇王室には皇王陛下になれなかった陛下の御兄弟である皇王子殿下が必ず何人かいらっしゃる。 外国の王族の婿となったら別だけど、それ以外の皇王族は当代陛下の第一皇王子殿下が皇太子殿下となられた後、臣下になる。 当代陛下の場合お子様が成人になっていないから弟殿下が皇太子殿下になられたが、お子様が成人になられたらお子様が皇太子殿下になり、弟殿下は臣籍に下るんだ。
その時貰える爵位は母の家柄によって違いがあるみたいだけど。 それ以外で誰かが準なしの叙爵をされたなんて聞いたことはない。 おそらく準なしの爵位は皇王族でなければ貰えない、みたいな暗黙の決まりがあるんだと思う。
貴族の子弟や平民が大きな功績を残した時に貰えるのは爵位は爵位でも準爵位だ。 その叙爵式なら毎年あって、誰が何をもらったか公報に載っているし、人の噂にもなる。
大隊長は退官の際、準伯爵位を貰う。 だから準伯爵位をあげますと言われたなら、あ、そう、て感じ。 準爵位には生涯年金が付いているからもちろん嬉しいが、ロックを連れてきたおかげで陛下の戴冠を早められたんだ。 早めに年金を貰うくらいの御褒美があってもいい。
それなら予想通りと言うか。 やっぱりケチな皇王室らしい、と言うか。 向こうも世間の手前、準伯爵じゃちょっと恥ずかしいかな、と思った可能性はある。 で、準侯爵をあげる事にしたとか。 それなら分かるんだ。
準は付いていても侯爵は侯爵。 領地がないだけで皇王陛下にお目通りを願い出れるし、位が一つ上がると貰える年金の額だって随分違うらしい。 破格の報賞だが、瑞鳥を連れて来たのだって充分すごいらしいし。 世間も、それくらいやってもいいんじゃね、と思うだろう。
伯爵位は準侯爵より位としては下だ。 でも準が付いていないって事は、領地がもらえるって事だ。 土地には住民もいれば産物もあるし、子孫に受け継がせる事だって許されている。 それに比べ準爵が貰う年金はその人だけのもので、その人が生きている限り貰えるが、死んだら終わり。 妻子が生きていたって年金が続けられることはない。 俺の年齢ならこの先何十年も貰える可能性はあるけど、例えば任務の最中に行方不明になって、一年以上生死が分からなかったら死亡扱いとなり、年金も止められる。
そもそも爵位を貰う程の功労者って普通は相当の年だ。 退官してから貰うもんなんだから。 準爵位をもらった翌年に死んだ、とかよくある話だし。 文官ならともかく、軍人が退官まで無事勤め上げられる保証はない。 現役大隊長が死んだら形として準伯爵位が贈られるが、それだけ。 皇王室の懐は全然痛まない事になっている。
それに土地には限りがあるんだから領地をあげる、て事は他の貴族の領地を取り上げるか直轄領のどれかを下さるって事だ。 どこであろうと一旦あげちゃったら皇王陛下といえども簡単に取り上げる事なんか出来ない。 それって長い目で見れば、その人が生きている間だけ金を払って終わりに出来る準爵より、ずっと高くつくことは明らかだ。
そりゃ瑞鳥が飛来したのは嬉しいだろう。 けどさ、飛来しなかったら困っていた、て訳でもないよな? 今までそんなものなくてもちゃんと暮らしていたんだから。 今年が豊作だったとしてもそんなの瑞鳥が飛来したおかげと言うより天候に恵まれたおかげだろ。
俺にした所で報賞を何も貰えなくたって文句を言える立場じゃない。 軍人として給金もらっているんだし、ロックを連れて来いと命令されたからやっただけだ。 やれと言われた事をやったら、それで終わりなんじゃないの? 給金に色を付けるくらいで。 それさえやりたくないのが皇王室だと思っていたんだけどな。
皇王室に向かって、けちなんて大きな声で言ったら不敬罪で牢屋入りだ。 貰う事はあってもくれる事は滅多にないのが皇王室、なんて事は思ったとしても言っちゃいけないという分別なら俺にだってある。 でもけちはけちな事に変わりはない。 それがいきなり伯爵位? そんな大盤振る舞い、度が過ぎているだろ。
「あのう、どうしてそんな事になったのでしょう?」
そう兄上にお伺いしたら聞き返された。
「どうしてだと思う?」
えー? 今まで俺の質問に質問で返した事なんてない兄上が、どうしたんだ?
マッギニス補佐じゃあるまいし、兄上が俺の頭を改善しようとするはずはない。 少し調子が悪そうだけど、今朝何か悪い物でも食べたのかな?
マッギニス補佐はまだ死んでいないんだから彼の魂が兄上に乗り移った、て事でもないだろう。 まさかマッギニス補佐が兄上に呪いを掛けた、とか?
こんな遠くにいる兄上にまで? いつの間にそんなレベルに到達したの? 怖いかもっ。
という、口に出すのも馬鹿馬鹿しい事をまず考え、ぼーっとしたせいで肝心の聞き返された質問の方は無回答。 どう答えるべきか真面目に考えた訳でもないのに、まるでじっくり考えたかのような間を空けてしまった事に気付いた。
あ、まずい。 兄上をお待せしちゃっている。 ど、どうしよう。
思わず辺りをきょろきょろしてしまったが、ここにトビはいない。 とっさに何でもいいから言わなくちゃとあせり、でまかせを言った。
「皇王族のどなたかがサリと結婚したいから」
あ、そんな質の悪い冗談言ったりして、ごめんなさい、と打ち消す前に兄上がおっしゃる。
「その通りだ」




