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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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伯父

 俺の伯父上であるジョシ子爵は若い頃、老け顔で知られていた。

 伯父上が四歳年下の花嫁と結婚した時、伯父上の顔を知らない招待客は新郎を見て花嫁の父と誤解したと言う。 弟さんですか、とおじい様がしょっちゅう聞かれたエピソードも有名だ。 伯父上はおじい様が三十七歳の時生まれた子供なのに。

 極めつきは、おじい様がお亡くなりになった時の話だ。 画廊から肖像画を持って来るようにと言われ、葬儀屋の飾り付け担当が美しい花で飾られた祭壇に置いたのは伯父上の肖像画だった。


「あれを見た時は悲しい涙を流しながら大笑いしちゃってねえ。 貴族の振りをして長年経つ私も、まだまだ修行が足りないと思い知らされたよ」

 子爵家の二階にある画廊で、おばあ様がおじい様の肖像画を懐かし気に見ながらおっしゃった。 その絵はおじい様が五十歳の時に描かれたそうだが、溌剌とした生気に満ちていて、とてもその歳には見えない。 目にいたずらっ子みたいな煌めきがあるからだろう。

 その隣に置いてある伯父上の肖像画は、いわゆるお見合い用で、伯父上が二十歳の時に描かれたものだ。 画家の名誉のために言っておくが、絵がまずいという訳じゃない。 それどころかとてもうまいと思う。 うますぎて伯父上の老け顔が隠せていないと言うか。 まんま、と言うか。

 伯父上は端正な顔立ちをしていらっしゃる。 二十歳なんだから顔にしわがある訳でもない。 だけど人生を達観したような、すごく老成した目をしているんだ。 そのせいかどうしても四十以下には見えない。 身内の贔屓目で三十五歳と言ってあげてもいいけど。 ぱっと見た所、青年貴族と言うより俗世を捨てて死ぬのを待つばかりの僧侶の肖像に見える。

 この絵を見て伯父上との結婚を決意された伯母上って相当変わった方だと思う。 若くして何か世をはかなむ事でもあったのかな? いくら親戚だって遠慮というものがあるからそんな失礼な事、聞けないでいるけど。

 因みに間違えた飾り付け担当者と葬儀屋の店主は申し訳なさで平謝りだったが、何事にも鷹揚なおばあ様が、悲しい時には笑うのが一番の薬とおっしゃって問題にされなかったのだそうだ。


 ところで、伯父上夫妻は今でもこの話を御存知ない。 母上と叔母上もお葬式の後で知ったのだと言う。 そして改めておばあ様に感謝なさった。

「お葬式前に知らされなくて本当に助かったわ。 父の葬儀で娘が笑い出したら絶対世間の噂になったでしょう?」

「おかあ様はそういう気遣いのツボは外さないお方だから」

 母上の言葉に叔母上が微笑みながら同意の頷きを返していた。


 親族内で彼以外に老け顔という人はいないから遺伝という訳でもないようだ。 伯父上に息子は二人いるが、どちらも年より若く見えるんだって。 彼らは十六になると夫々世界中を巡る旅に出た。 偶にしか帰ってこないので俺は碌に会った事がない。 だから比べる事は出来ないが、肖像画を見る限り年相応だ。

 ともかく誰が見ても若い頃には老けていた伯父上だが、不思議な事に俺が子供の頃から今まで全然年を取ったように見えない。 大人の年なんて子供にはよく見分けられないと思うけど、母上も伯父上は昔からあまり容貌が変わらなくて羨ましいとおっしゃっていた。 何となく不思議を通り越して怖いような気もするな。


 おばあ様の別邸に行く前に子爵邸へ立ち寄った時、伯父上はいつに変わらぬ穏やかさで温かく俺を迎えてくれた。

「サダ、忙しいのによく来てくれたね」

 今年五十二歳になられる伯父上はお年より若く見える。 いつまで経ってもこのまま年を取らないとなったら本気で怖いかも。 だが今はそんな失礼な事を言っている場合ではない。

「伯父上。 おばあ様の御臨終に駆けつけられず、本当に申し訳ありません」

「母が生前から危篤になっても誰も呼ぶなと言っていたのだ。 それで知らせなかったのだよ。 気にする事はない。

 一度北を訪問してサダをびっくりさせてあげる、というのが母の口癖でね。 それが実現しなかった事だけは残念だが。

 年だし、私達も覚悟はしていた。 とても安らかな最期だったから、あれ以上は望むべくもない。

 とは言え、子がいくつになろうと母を失う悲しみは深い。 皆別邸でお前の到着を待っている。 ゆっくり話をしていくといい。 思い出を語り合う事が皆にとって慰めになる。

 サキとサジは葬式の後すぐに帰ったが、伯爵夫妻は宰相閣下より直々に休暇を勧められたとかで、もう二、三日程滞在すると言っていた。 私も後で別邸に顔を出すつもりでいる」

「お葬式は無事に終わったんですか?」

 俺がそう聞くと伯父上はとても微妙なお顔をなさった。

「何か事件が起こった訳ではないから無事と言えば無事なのだが。 いやはや、弔問客と参列者が殺到してね。 親戚以外、誰にも知らせていないのに。

 あれ程の多くの参列者があった葬式は子爵家始まって以来と言ってよい。 しかも公侯爵、海外の王侯貴族と高貴な方々ばかりでな。 正直な所、きちんと御挨拶せねばならないと緊張するあまり、とても悲しんでいる暇などなかった。 ようやく今日辺り、ほっと一息ついている。

 勿論中には生前母の人柄に触れ、慕って下さった方もいたとは思うが。 ほとんどは六頭殺しの祖母の葬式に出ておきたいという、言ってしまえば野次馬根性の参列で。

 ミュア(俺の叔母上の夫、東軍副将軍)が兵を整理に回してくれなかったら押すな押すなで私が葬式に参列する事さえどうにもならなかった」

 ひ、ひえーっ。 親戚にまでそんな迷惑をかけていたとは。

「そ、そうだったんですか。 そんな騒ぎになっていたとも知らず。 俺のせいで大変申し訳ありません」

「何を言う。 お前のせいであるものか。

 ロックと空を飛んだ事とてやんごとなき筋からの御命令では否応もない。 第一、お前が瑞鳥と共に飛んだからと言って私や死んだ母が瑞兆という訳でもあるまいし。 葬式にまで押し掛けて騒ぐ方が間違っている。

 まあ、時期が悪かった。 とは言え、我が人生初めてのもて期の到来と言えぬこともない」

 伯父上が「もて期」という俗語を御存知なのにまず驚いたが、伯父上がもて期?


 そこでマッギニス夫人が、女性にもてはやされるタイプにも変遷がある、とリネに説明しているのを小耳に挟んだ事を思い出した。

「不動は王様や王子様ですね。 大金持ち、貴族、教師にやくざも定番です。 けれど料理人、菓子職人、楽師、歌手や俳優の辺りは一時期程ではありません。 最近の萌えは執事で決まりでしょう」

 他はともかく、やくざがもてはやされるとは。 改めて自分の無知を思い知らされ、密かに衝撃を受けた。 結婚したとは言え女性の好みは俺にとって未だに謎でしかない。 もっともリネも驚いていたから女性だったら誰でも知っている事実という訳ではないようだが。

 ともかくその流行によれば伯父上は貴族だからもてて当然な訳だ。 しかし生まれた時から爵位は約束されていたのだし、子爵位を継いでからそろそろ二十年経つ。 突然もて出したのなら爵位が理由のはずはない。

 すると最近は僧侶に人気が移ったとか? やくざがもてるなら僧侶がもてたとしても驚くべき事ではないような気もする。 でもそんな事をここで言ってもいいのかどうか迷っていると、伯父上がほうっとため息を一つつかれた。


「もう、そっちからもこっちからも招待状の山だ。 それだけではないぞ。 毎日玄関に奉公希望者がやって来る」

「奉公希望者?」

「うむ。 我が家には既に充分な数の奉公人がいる。 その者たちを蹴り出して新しく人を雇うつもりなどない。 だが来る者全員が公侯爵の紹介状付なのだ。 それでは無下にもできぬ。 なんとお断りしていいものやら、ほとほと困り果ててな。 どうすれば角を立てずに済むかサキに聞いたのだ。 心配せずに全て断ってよい、と言われたからお断りしたが。 何とも心臓に悪い」


 俺が子爵邸でお茶を飲んでいた間も、振り返るような美男で俳優としてすぐに舞台に立てそうな人が下男になりたいとやって来た。 その次は息を呑むような美女だった。 彼女はメイド志願で洗濯も得意です、と言っていた。 生まれてこのかた洗濯なんて一度もした事のないような美しい手をしていたが。

 伯父上は、亡父が奉公人に関しては大変気難しい人でしてとか、家訓がどうのこうの、代々勤めている者でないと勤めて戴けない決まりとか。 世間じゃあまり聞かない言い訳をしながら丁寧にお断りしていた。

 実は、現在ジョシ子爵家に務めている奉公人で代々勤めている奉公人はあまりいない。 どちらかと言えばこの町に流れて来て伯父上に雇われたとか、伯父上が旅先で出会った人やおじい様が死んだ後に雇われた人の方が多いんだ。

 共通しているのは木に関する事をよく知っているという事じゃないかな。 林業を生業としている関係でジョシ子爵家は広大な森林を持っている。 だからだと思う。

 ただ俺が見る限り子爵邸にいる奉公人って実直だが、トビみたいに十人前の仕事をてきぱきこなすような突出した能力がある人はいない。 嘘をついてまであんな美男美女を断る程でもないような。


 いや、待てよ。 三年前俺がここに滞在した時、きのこの製造販売を始めて以来ジョシ子爵家の家計が安定したと伯父上が言ってらした。 きのこの養殖を始められたのは執事のシボドウのおかげだ。

 シボドウは伯父上が十数年程前に旅先で会った人で、領民からきのこ博士と呼ばれている。 それぐらいきのこに関して詳しいのだ。 養殖だけでなく自然に生えている食用きのこを見つけるのも上手い。 きのこ料理が好きな俺にとっては嬉しい能力だ。 彼のおかげで伯父上の家に来るといつも香り高く、ぷりぷりの歯触りの美味しいきのこ料理が沢山食べられる。

 伯父上は別にきのこ好きという訳じゃないが、林業は木を植えてから金になるまで長い年月がかかる。 シボドウのおかげで安定した現金収入が見込めるようになったのならそれは突出した能力と言うべきだろう。

 でもひょっとしたら美男美女の中にもきのこの見分けが付く人がいるかもしれないのに。 伯父上は試験をするでも迷うでもなく、さくさくとお断りしている。 それを見て、最後におばあ様に会った時に言われた言葉を思い出した。


「旦那様は人を見抜く事にそれはそれは長けていらしてねえ。 私が知る限り一度も騙された事がないんだよ。 

 昔ね、皇都に稀代の詐欺師が現れてさ。 貴族という貴族がみんなひっかかった事があったんだけど、その時にも旦那様だけは一目で見破って騙されなかったんだから。

 シュウ(伯父上の名前)の人を見る目は間違いなく旦那様譲りだ。 人の性根を見抜くってのは中々難しいからね。 もし迷う事があったらシュウに相談おし」


 俺は伯父上に自宅の警備が手薄である事を話し、住み込みの警備を雇わなくてはならないのだが、今回付いて来てくれた警備の中で誰がいいと思うかを聞いた。


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