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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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護衛  バートネイアの話

 新兵じゃあるまいし、いい年した小隊長の俺が若の追っかけなんて恥ずかしくて出来るか。

 そりゃあ、若の事は気になるさ。 でも若が気にならない奴なんて北軍ここにはいない。 勿論、北の猛虎もいるが、それとこれは話が別だ。

 こう見えても俺は百剣に在籍している。 いかに師範がすごい剣士か知っているが、剣は相手と戦って初めて自分より強いかどうかが分かるものだ。 伝説の剣豪と自分を比べてどちらが強いかなんて知りようがない。

 しかし弓は違う。 百五十メートル先の的に百発百中したとか、一分間で十五矢の早射ちをしたとか、国内、外国、いや後世の連中とだって比べられる。 そして若なら相手が誰だろうと勝つ。 これがすごくないなら誰をすごいと言えばいいんだ?


 若の事を軽いだの能天気だのと言う馬鹿もいるが、口では何と言おうとみんな心の中じゃお近づきになりたいと思っているんだ。 焼き芋とか食べて屁をぶっ放し、ぱたぱた手で匂いを散らしている若は手が届く距離にある生きた伝説だ。 最近の言葉で、ふれんどりー、とか言うらしいな。

 若が従者として雇ってくれるなら俺は喜んで軍を辞める。 小隊長には昇進したが、師範じゃあるまいし、平民の俺がこれ以上昇進するはずはない。 退役まで小隊長を務めるより若の従者になった方が給料は雀の涙だろうと生き甲斐ある人生となるだろう。 賭けてもいい。


 一度きりの人生だ。 悔いを残さないためにも俺は若に聞いた。

「大隊長に昇進されたんですから従者がもう一人くらいいてもいいんじゃないですか? 俺を従者にして戴けないでしょうか?」

 真剣にお願いしたんだが、若は目をぱちくりさせ、またー、バートネイア小隊長ったら冗談きついんだから、と笑って本気にして下さらなかった。

 そう言われちゃ押せないだろ。 押し掛け女房じゃあるまいし。 押し掛け従者なんて物笑いの種だ。 これ以上押したら若の御迷惑になる。 迷惑をかけたい訳じゃないんだから。


 それに若の従者になるには俺じゃあまりに平凡だと思うんだよな。 トビと比較して、とかじゃない。 何しろ主人となる御方があれだ。 従者もそれに見合うぐらい、ぶっとんだ所がどこかになけりゃ務まらん。

 もっとも若のどこが非凡なんだ、と聞かれてもうまく説明出来ない。 矢が当たるとかロックと空を飛んだとか、すごい事はすごいがそれ「も」非凡なのであって、それ「が」非凡なんじゃない。


 若は時々大変鋭い事をおっしゃるが、普段の言動はどれも微妙にポイントを外している。 例えば若がロックと共に第一駐屯地の上空を飛んだ時、俺に向かって手を振って下さった。 無事にお帰りになった時、あの時は見ちゃってごめんね、と言われた。 稽古場の外にある露天水浴び場で汗を流していて俺が裸だったからだろう。 それになんと答えりゃいいんだ?


 若はそんな風に人を絶句させるのがうまい。 俺みたいな凡人だけじゃなくて、師範、カルア将軍補佐、マッギニス補佐のような非凡な方々を同じように絶句させている場面を幾度も見た。

 絶句はともかく、要するに若でなければ絶対あり得なかった事が起こる度に、いかに非凡な御方であるかを感じるんだ。 御本人にその自覚はないようにお見受けするがな。


 まあ、憧れは憧れのままで終わるものなんだろう。 若人気は衰える様子を見せない。 従者になりたい奴なんていくらでもいる。 未練はたらたらだったが、若の従者になるのは諦めていた。

 そんな十月半ばのある日、稽古に行ったら全員そわそわ浮き足立っている。

「よお、ウェイド。 どうした? 何だかみんなざわついているな」

「若のおばあ様がお亡くなりになった。 東に御弔問に行かれる。 護衛、二十名だ」


 おおっ。 若の御不幸に際し不謹慎だが、思わずどきんと胸が高鳴った。

 しかし二十名か。 御一緒したいのは誰も同じ。 百剣から選ばれるのは決まりとしても、確率は五分の一の狭き門。 俺は序列で現在第二十八位。 うーん、何とかもぐり込めるか?


 なんでも上位二十名という選び方はまずい、というカルア将軍補佐からのお言葉があったのだとか。 百剣は一人残らず若より年上だが、上位二十名の中に若い者は限られる。 師範は別格として、それ以外では三十一になったウェイドが最年少だ。 三十代が三人いるが、後は全員四十代から五十代。

 あまりに年上の者だとそれでなくても護衛を付ける事を申し訳なく思っている若が恐縮する、という理由らしい。 その為今回五十代の剣士には諦めてもらう事になった。 同じ理由で中隊長と中隊長補佐以上の役付も外された。

 軍対抗戦出場者も行けない。 時期が時期なだけに当然とは言え、これで百剣にいる若い奴らがごっそり抜けた。 かと言って若い年の順にしたら百剣でも三桁に近い奴らばかりとなる。

 百位の奴だって弱いわけじゃないし、第一、師範が御一緒なさるんだ。 余程の数で襲われたのでもない限り負けるはずはない。 とは言っても若い奴らばかりでは押せない場面や年の功が物を言う場面もあるかもしれない。

 とまあ、なんたらかんたら人選する時にあったらしい。 気は揉めたが、三十八歳で小隊長の俺は無事選ばれていた。


 六頭殺しと一緒の旅だ。 何かあるだろうと覚悟はしていたが、さすがに出発したその日に度肝を抜かれる事になるとは予想もしていなかった。

 オークに襲われた事を言っているんじゃない。 守られる方の若が、護衛の俺達に先に逃げろ、と言った事に驚いたんだ。

 一体何のための護衛ですか、と止めようかと思ったが、体がさっと命令に従っていた。 上官の命令だからでもあるが、それより若の声には、面倒だけど片付けるとするか、とでも言いたげな余裕と自信が溢れていた。

 過去十回オーク狩りに行った経験がある俺でさえ毎回あの地響きを聞くと総毛立つ。 なのに若がびびっている様子はない。

 ひゅん、と北進が唸った。 実に切れのいい麻弦の澄んだ響き。 それと混じるオークの断末魔。 

 なんと、たったの十五矢だ。 それで五頭全部が片付いた。

 十五矢って。 信じられるか?

 俺だけじゃない。 その場にいた護衛全員が馬鹿みたいに口をあんぐり開けて見ていた。 走り始めてからわずか二十分。 オーク狩りの最短記録として北軍史に残るのは間違いない。


「五頭!」

 若がそう叫んだ時、息には少しの乱れもない。 その代わり、ぶつぶつ文句をおっしゃり始めた。

「ちぇっ、感動の出発をしたばっかり、て言うのに。 ただいまって言って帰るのかよ。 恥ずいっ。 おばあ様ったら、ほんとにもー」

 若にしてみれば歴史に名が残るなんて今更だろう。 それでも売れば何千万もの金になる無傷の甲冑が手に入ったのに。 どうして嬉しくないんだ? 金の事なんてどうでもいいのかな?

 そうかと思えば、翌日俺達がオークを殺した辺りに辿り着くと、あ、あった、とおっしゃって護衛の側からさっと離れてお行きになる。 何をなさるのかと思えば、そこに落ちていた御自分の矢を見付けたようで。 それを拾いに行かれたのだ。

 俺達護衛は、あっけにとられ、何も言えずにいた。 すると若の従者のウィルマーが言った。

「旦那様、おっしゃって下されば私が拾いに行って参ります」

「えー、だって見つけたら、どこにあるか説明するより、ぱっと自分で拾っちゃった方が早いじゃないか。 

 ……分かった、分かったから。 俺が悪かった」


 それからは落ちていた矢を見つける度にトビに教え、彼が拾いに行くようになった。 確かに指示しているのは若だが、まるでトビが若を叱ったかのような変な感じが拭えなかった。 トビが若に注意した時、若がびびったような? 気のせいだとは思うが。 そんな事を言ったらトビってオークより怖い奴って事になるじゃないか。 それってもう、人外だろ。


 考えてみればトビが普通の従者だったらとっくに他の従者希望の奴らに蹴り落とされているだろう。 瑞兆の前だって若の従者になりたい奴はごまんといた。 それが空を飛んで以来、皇国中、いや、国外からさえ従者希望が押し寄せている。 相当な高位の方々からの推薦状付きで。

 そいつらをただの一人も寄せ付けないんだ。 若でなくともびびるよな。


 貴族の従者は怖い奴と相場が決まっているが、トビはその中でも抜きん出ている。 そう言えばエダイナへお出迎えの旅に行った時、みんなでトビとオラヴィヴァのどちらがより怖いか俺達の間で議論になった事があった。 投票しようぜ、となって蓋を開けてみると、大差でトビが勝っていた。 俺は僅差と予想していたんだが。 おそらくマッギニス補佐の愛人という噂が更に恐怖を煽ったんだろう。 誰も口に出しては言わないが。 


 それにしても若はどうしてわざわざ矢を拾っているんだ? 家紋入りでもないし、北進のサイズに合わせてはいるだけの普通の矢だ。 一本千ルークってとこか?

 それで理由を聞いたら、だってもったいないし、とおっしゃった。 俺はその時、節約するお方なんだな、としか思わなかった。 だから旅から帰った後で、一領八百万ルークはするはずの甲冑を若が全て献呈なさったと聞いて驚いた。 そのうえオークの賞金は全て今回の護衛二十名で分けるようにとの指示があったとの事。 帰った後、俺達全員に労いのお言葉と共に金一封が手渡された。


 どう考えても俺達の方が護衛されて帰って来たんだ。 なのに金一封なんて受け取れない。 諦めていたつもりだが、俺はだめもとで、もう一度だけ若にお願いしてみた。

「金はいりませんから従者にしてもらえませんか? 本気なんです! どうか、お願いします!」

「あー、従者はいらない。 でも俺の家、護衛が足りないんだよね。 住み込みでも構わない? それなら俺の直属にしてもらえるように配属換えを将軍に申請するけど」

 思わず飛び上がり、勿論、勿論です! と大声で叫んでしまった。


 因みに、金一封は受け取ってもらわなきゃ護衛にするのが申し訳ないと言われたので受け取っておいた。 こうして俺は若の部隊へ配属替えになり、御自宅の常駐護衛となったんだ。

 第八十八小隊隊長辞令を受けた十一月二十日は、俺の人生で今までの努力の全てが報われた日と言っていい。


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