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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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旅費

 師範が付いて来てくれるなら、それ以外誰もいらないじゃないか。 と思ったんだが、なんとこの旅には二十人の兵士が護衛として付いて来るという。

 理由。 オークに襲われるかもしれないから。

 そう、今回俺が辿る道は北軍に入隊した時オークにぶち当った全く同じ道を逆に通るのだ。 他の道だってある事はある。 でも元々この道はオークが通らない安全な道として知られていて、他はこれより危険度が増す上に遠回りだ。

 あの時は春でオークが現れる季節ではなかった。 なのに出会ってしまったのは不運としか言いようがないが、今は秋。 雪が降る前のオークが盛んに餌探しに徘徊する季節。 もう、出会わない方が不思議って感じ。 仕方がないと言えば仕方がない。

 それにしても護衛が二十人って。 まるで将軍並。 恥ずいやら申し訳ないやら。 せめて人数を減らして、と言いたかったけど。 オークに出会った事がある俺が、オークに会うはずないだろ、なんて言えないし。

 だけどオーク狩りに行ったのならともかく、偶然また出会うか? そんな偶然、何度もある訳ないじゃないか。 それにそんなに沢山の護衛が付いて来るなら師範が付いて来なくてもいいんじゃないの? そしたらマッギニス補佐がこの人数になった事情を説明してくれた。


「大隊長が遠出する時、護衛が十人程度付くのは異例ではありません。 これは公用に限らず、私用及び休暇を含みます。 ですから大隊長がお二人で御旅行なさるなら二十人の護衛が付く事に関して特別な手続きは何も必要ありません。

 しかし大隊長お一人に二十名を付けるとなると諸般の手続きを踏む必要が出てまいります。 けれどたった十人では、もし弓で全てのオークが倒せなかった場合、厳しいのでは? どうしてもお一人で御出発なさりたいとおっしゃるなら許可が下りるまで御出発を二週間ほど遅らせて戴くしかありません」


 そう言われたら分かりましたと頷くしかない。 まだ十月の半ばだから雪が降ったとしてもすぐ解ける。 でも二週間も待ったら行きはいいとしても帰りに必ずどこかで吹雪になるだろう。 雪中行軍の準備をしてまで行く事じゃないから弔問は来春まで待つ事になる。 俺としては明日にでも出発したいぐらいなのに。

 そういう訳で結局北の猛虎と二十名の護衛付きという超豪華版の護衛が付いた旅になった。 こんなにいっぱい護衛が付いているんだ。 心配のしようがないだろ。 なのにマッギニス補佐から出発前に散々警告された。


呉々(くれぐれ)もお一人でお出歩きになったりなさいませんよう。 六頭殺しの若がたった一人でいるという垂涎の機会に出会えば、そんなつもりはなかった者でも魔が差す事がないとは申せません。 その相手が外国の王族であったりすれば、事と次第によっては自分の身を守るために殺したという理由があってさえ国際紛争になると予想されます」


 そんなに繰り返し同じ脅しを言わなくたっていい、いくらおばかな俺だって一回言われれば分かる、と言い返しそうになったが、ぐっと我慢した。 マッギニス補佐だってこんな脅し、何度も言いたくないだろう。 俺が呑気な事を知っているから言うんだ。 何しろ第一駐屯地の中ならいつも誰かが周りにいるから誘拐される心配なんて少しもなく歩き回れる。 俺だって今回の弔問がなければ、自分が迂闊に出歩ける人間じゃなくなったと意識する事もなかった。


 自分の都合で周りの者を走り回らせるのは本意じゃない。 走るな、と言うのは簡単だ。 それに俺だって偶には気が向いた時、勝手に出歩きたい。 でも好きに出歩いて誘拐されたらきっと誰かの責任問題になる。 俺が考えなしだったせいなのに。 護衛も付けぬとは何たる手落ち、と部下が責められたら自分が責められるよりつらい。

 それでなくとも今回は弔問、つまり私用だ。 なのに護衛の旅費は北軍が持つと言われた。 俺は自分で払うと言ったんだけど、大隊長護衛は仕事だから私用ではない、と言われちゃって。 おまけに弔問休暇は大隊長に限らず、二親等までは有給なんだそうだ。

 それだけでも申し訳なさに身が縮みそうなのに、当日現れた護衛の二十人を見てのけぞった。 なんと全員が百剣!

 何、この超豪華メンバー。 キラキラしいと言うか何と言うか。 皇太子妃殿下のお出迎えの時に一緒に旅をしたし、矢切りの練習する関係で、よく知っている人達だから気安いと言えば気安いけど。 たかが大隊長の俺に付けるにはあまりに贅沢で。 ひえーっと思わず叫びそうになった。 その中に今春見事に百剣の仲間入りを果たしたタマラ小隊長がいて、ちょっとほっとしたかも。


 まあ、決まった事にごたごた言っても始まらない。 さっと行ってすぐ帰ればいい話。 リネには遅くとも二十日で戻る、と言って出発した。

 北の秋は暑からず寒からず。 春のような、嬉しいぜーっと言いたくなる高揚感はないけど、とても美しい季節である事に変わりはない。 この燃えるばかりの紅葉をおばあ様に一度見せてあげたかった。

 と、感傷に浸る間もない。 駐屯地敷地から出て三時間経ったか経たないか。 聞こえて来るのは忘れようもないあの地鳴り。


 どどどど、、、

 がああああ、、

 ぎゃぎゃぎゃ、、


 オークだ。

 なに、この不運。 もう、ため息しか出てこない。

 おばあ様、ちゃんと天から俺の事見守ってくれているんでしょうね、とつい愚痴を零したくなった。 おじい様と久しぶりに会ったものだから孫の事なんてきれいさっぱり忘れちゃって、とか言わないでよ。


 ほっほっほっ、男のくせに細かい事を気におしでないよ、というおばあ様の笑い声を聞いたような気がした。 


 俺はくるっと向きを変え、ホマレの背に後ろ向きに乗る。

「トビ。 あの時の馬車の速度を覚えているな? 急ぎ過ぎるなよ。 ホマレの手綱を頼む」

 そして全員に向かって命令した。

「オークは五頭だ! 二列縦隊! 俺が五頭と叫ぶまで、まっすぐ走り続けろ。 列から離れるな。 間違ってもしんがりの俺の矢面に立つんじゃないぞ。 走れっ!!」


 俺の掛け声で、それまでのしんがりが先頭になり、すばやく二列縦隊になって駆け出した。 師範とタマラ小隊長が俺の両脇を固め、トビが自分の馬とホマレの手綱を掴んで走り始める。

 護衛は全員オーク狩りに何度も参加しているから速度も早過ぎず遅過ぎず。 トビの速度にきちんと合わせてくれている。 あまり速く逃げるとオークが追いかけるのを諦めてしまうからな。 あの時の駄馬より、ちょっと速いくらいの速度がいい。


 先頭のオークがどんどん射程距離に近づいて来た。 北進に矢を番え、ぎゅんと引き絞る。

 何度も言ったが、三年前オークを倒す事が出来たのは単なるまぐれだ。 少なくとも俺は今でもそう思っている。 でも今日、全然慌てていないのは北進を手にしているからだ。 あの時の弓でさえ仕留められたならこの弓で仕留められないはずはない。

 矢もホマレの両脇にぶら下げてあるものだけで二十本入りの矢筒が四つ、合計八十本ある。 トビにも同数の矢を持たせてあるから全部の矢が尽きる前に四頭は確実に倒せる自信があった。 もし最後の一頭の前に矢が尽きてもそれは師範が仕留めてくれるだろう。

 最悪、俺の矢では仕留められなかった場合でも俺達の乗っている駿馬なら余裕で逃げ切れる。 まあ、ホマレを駿馬と呼ぶのはちょっと苦しいけど。


 ホマレの名誉のために言わせてもらうが、全速力では負けたって持久力ではどの名馬にも負けない。 それがホマレだ。 三時間走り続けたってばてないし、オークに走り負けない程度の速度でいいなら四時間は余裕で走れる。 体力温存型と言うか。 無理はさせられないが、耐久力のある馬なんだ。

 それで馬の事は全然心配していなかったが、最低でも二時間は走る覚悟をしていた。 でも思ったよりあっさり当たってくれて。 二十分走った辺りで「五頭!」と叫ぶ事が出来た。

 最初の矢筒にまだ五本残っている。 ほっと安堵のため息をついた。 みんな無事だし、簡単にケリが付いたのは嬉しい。 だけど高額な獲物なだけにオークをここに置き去りにして東への旅を続ける訳にはいかない。 幸いオークに襲われた時に備え、充分な数の網を持ってきている。 それで四人が一組になり、オークをその網の中に入れて運び、第一駐屯地まで戻る事になった。

 弔問という私用の旅に軍の金を使わせて申し訳なく思っていたが、オーク狩りはどうせ一年に一回はやる事になっている。 その時いつも怪我人が出たり馬が死んだりするから、今年の分を損害なく済ませる事が出来たのは有り難い。 オークの賞金を護衛の人達で分けてもらえば忙しい中出張してくれた事へのお礼になるし。


 その日の内に戻って来た俺を見て、マッギニス補佐は、御無事で何よりでございました、とだけ言った。 ほーら見ろ、俺が言った通りだろ、と言わない所がすごいよな。 俺だったら、つい口を滑らせちゃったかも。

 それはまあ、どうでもいいが、俺は師範とマッギニス補佐にオークの甲冑を一領ずつ受け取ってくれるよう申し出た。 あっさり受け取ってくれるかと思ったらどちらも遠慮しまくる。 二人とも俺の命の恩人なのに。

 こういう借りは長々持ち越したくないとか何とか説得したら、ようやく師範にはうんと言ってもらえた。 ところがマッギニス補佐がどうしてもうんと言わない。 彼の叔父上、マッギニス近衛将軍でさえまだ持っていないのに大隊長補佐の自分が持つ訳にはいかない、と言うんだ。 それで近衛将軍にも一領献呈する事にした。 そしたらようやく受け取る事を承諾してくれた。


 皇王陛下即位に伴い、セジャーナ皇弟殿下は皇太子殿下になられた。 だからもう一領はセジャーナ皇太子殿下へ献呈する事になる。 最後の一領をどうするかは帰ってから考える事にして、次の日再び俺達は東へと旅立った。 おばあ様、今度こそ俺の旅を見守って下さいよ、と心の中で祈りながら。


 ただ、ふと思ったんだけど、見守ってくれていたからこそこの獲物が手に入ったのかな? オークは弔問に行く俺に贈ってくれた旅費、とか?

 そんなばかな、と心の中で打ち消したものの、お前はそんな事も言われなけりゃ分からないのかい、とおばあ様が呆れて言う声が聞こえたような気がした。


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