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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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要請  スティバル北軍祭祀長の話

 古来、祭祀長に選ばれるのは強い星読みの能力がある者だった。 だが現在北軍祭祀長を務める私に星読みの能力はない。 私だけでなく、どの軍の祭祀長を務める者にもない。 いつしか能力は皇国の祭祀長の家系より失われ、単に学績優秀な者が選ばれるようになった。


 祭祀を行う際の儀礼は詳細に渡るから暗記能力は確かに重要なものだが、戦を有利にする訳でも天災を予告してくれる訳でもない祭祀長に過去の有用性はない。 ただ能力が失われたとは公表したくない故に現在も任命されている。 祭祀庁内で星読みの能力は「天の気」と呼ばれ、五人の祭祀長の内の一人が天よりお預かりしているという形を取っているが、実は誰も預かってはいないのだ。


 名ばかりの存在、言わば名誉職。 とは言え、宮廷内での序列は第一位となる。 祭祀を司るのは本来なら天子である皇王陛下のお務めであり、お忙しい皇王陛下の代理として神殿及び神事を管理しているからだ。

 各軍に配属されている祭祀長は祭祀庁に属し、建前から言えば私の上に立つ御方は皇王陛下のみ。 宮廷内の序列では私の方が北軍将軍より上となる。

 但し、上とは言っても軍隊を指揮する権限はなく、祭祀長及び神官が私兵を所有する事は許されていない。 私を警備する兵士は約二百名程いるが、全員北軍兵士で、将軍の部下であり、私の部下ではない。 私の身の回りを世話する側付きなら何人もいるけれど、所謂直属の部下は私に不測の事態があった場合の代理を務める副祭祀が一人と神殿管理をしている神官が二十人いるきり。 武力だけでなく政治的な実権も全くない。

 だが仮にも皇王陛下の代理人。 権威を振り回そうと思えばいくらでも出来る。 実際、過去に祭祀長の専横がなかった訳ではない。 幸い近年はそんな愚か者が祭祀長に選ばれる事なく済んでいるが。

 そのような事態が起こったとしても武力を持たない祭祀長を暗殺するなど赤子の手を捻るより容易い。 不慮の死が問題になるかどうかは皇王陛下の胸先三寸。 その為、政治の道具としても使われ易い。

 上級貴族の誰かを罰したければ祭祀長をその貴族の家へ送り、そこで殺せばよい。 祭祀長を守りきれなかったという理由でその家を取り潰す事が出来る。 皇王陛下御自身がその暗殺を指令したのならうやむやにされて終わりだ。

 つまり私がまだ生きているのは今の所陛下の御不興を買ってはいないという証拠と言えない事もない。 適当な替えがいないだけの事かもしれないが。


 北軍祭祀長は皇王陛下へ北の民情一般に関し、お便りを差し上げる義務があるが、それ以外に決められた任務がある訳ではない。 それとは別に、私は前中央祭祀長であるグリマヴィーン様に定期的に報告しているが、それは義務だからではない。 グリマヴィーン様が現職の中央祭祀長であられた時でさえ私に報告の義務などなかった。

 彼は俗にいう所の「先輩」にあたる。 皇王陛下にお仕えする祭祀長は任地が違うだけで官位の上下はない。 私はグリマヴィーン様の後継者として神殿に上がり、長年師事した関係で、今でも彼を我が師と仰いでいるが。

 グリマヴィーン様にも星読みの能力はない。 しかし強い星読みを何人か御存知だった。 どなたも皇国祭祀庁にお迎えする事は叶わなかったのだが。 その内のお一人は先祖返りと言われる程の強い能力があったのだとか。 残念ながら二十年以上前にお亡くなりになられた。


 北軍へ赴任する前、私は中央祭祀長職を継ぐはずだった。 本人の希望によって祭祀長の任地が変更される事はあるが、私の任地が変更されたのは私の希望ではない。 二十六年前、グリマヴィーン様は差出人の名前がない一通の手紙を受け取られた。 そこに書き留められていた知らせが私の行く末を変えたのだ。


「星、現れり」


 その一行のみが記された手紙には差出人の名も受取人の名も書いていない。 グリマヴィーン様から手渡されて拝読したが、どういう意味か私には分からなかった。 ただ予言である事は間違いない。 私には星読みの能力こそないものの真の予言と虚偽の予言を見分ける能力がある。

 皇国の衰退が始まったという予言はグリマヴィーン様から聞いていた。 新たなる予言はそれに関係していると思われるが、これだけでは良い方にも悪い方にも取れるような気がした。


「師よ、これはどういう意味でございましょう?」

 グリマヴィーン様が静かにお答えになる。

「次代様がね、お生まれになったようだ」

 次代様?

 皇王陛下の第一皇王子殿下は四年前に、第二皇王子殿下は二年前にお生まれになったが、皇王妃陛下がお次を身ごもられたとは聞いていない。 他にも皇王子殿下が何人かいらっしゃるが、皇王妃陛下がお産みになられた御方ではないので、いずれも皇王位継承序列では下だが、第二皇王子殿下より年上でいらっしゃる。 ならば、その次代様は皇王陛下のお子様ではない。


 すると新王朝が誕生する? それが意味するのは簒奪による内乱と破壊。 遂に来るべきものが来たと思うと、未熟な私は身の震えを止める事は出来なかった。

 グリマヴィーン様は手紙を蝋燭の火にかざしながら常に変わらぬ御様子でおっしゃる。

「スティバル。 そなたは北へ行くがよい」

「北、でございますか?」

「場所が明記されていないという事は、次代様は北でお生まれになった。 戦火の狼煙はそこで始まり、皇都で終わる。 現王朝の最後を見届けるのは年寄りに任せておけばよい。 そなたは未来を見届けるのだ。 新王朝は旧王朝の権威を必要とするであろうから」


 その時グリマヴィーン様は五十二歳。 慣例に従うなら六十歳でグリマヴィーン様は退職される。 それを待つ事なく、三年後、私は二十五歳の若さで北軍祭祀長職を引き継いだ。


 更に二年後、グリマヴィーン様からのお手紙が届いた。

 星達が出会い、命運が変わるとの新たな予言あり。 然し乍ら、その意味定かならず、と。


 月日は流れ、次代様が十八になられた年、リイ・タケオが北軍に入隊した。 剛勇で知られた北軍剣士でさえ新兵であるタケオに道を譲っている。 歴戦の強者に畏怖を抱かせるとは、これぞまさしく次代様。 思い返せば皇王年代記に残されている初代皇王陛下がそのような御方であった。

 けれど初代皇王陛下は畏怖と同時に敬愛の対象でもあったと聞き及ぶ。 それに比べ、タケオの中にある怒りと殺気はあまりに強く、誰も近寄れないでいた。 孤高のままではいつか自壊の道を辿る事になろう。 そう危惧した私は精神の修養のため、週一回タケオを神殿に寄越すように、と彼の上官に伝えた。


 それ以来、私達は毎週会う関係となったが、一年経っても二年経っても、彼との距離が縮んだ様子はなかった。 私だけではない。 彼の周りにそびえ立つ高くて厚い壁の内側には毎日一緒に剣の稽古をしているポクソンさえ入れずにいた。


 タケオの入隊から更に五年の年月が流れ、六頭殺しの若が入隊した。 その出会いからして片方がもう一方を救うというもの。 共に歩むであろう彼らの未来を強く暗示していると思わずにはいられない。


 夏になって、私はタケオの発する殺気が減っているのに気付いた。 彼の周囲に高くそびえていた壁が突然崩れ落ちた訳ではない。 どちらかと言えば、それは春が氷を解かして行くような。 とても緩やかな変容だった。 昨日と今日では何の違いも感じられない。 けれど一年前の彼と比べれば違いは明瞭。


「お一つ如何ですか」

 清々しい秋空のある日、そう言ってタケオが差し出したのは六頭殺しの若饅頭。

 タケオには初めて会った日に自由な問答を許していたが、今まで一度たりともタケオが自分から私に話しかけてきた事はなかった。 彼が自分から語りかけてきたのと、差し出した物が饅頭だったのと、どちらにより驚愕したのか分からない。 私は出来るだけ何気なく訊ねた。

「戴こう。 タケオが一番好きな味はどれだね?」

「小豆です」


 その日初めてタケオは出された茶を飲み、饅頭を私と一緒につまんで帰った。 それ以来、私が出す茶菓子にも手を伸ばすようになり、時々短いながら受け答えもするようになった。

 変化を確信したのは若が無実の罪で軍牢に入れられた時だ。 タケオは稽古を始める前、剣士達にスリカンス殺害に関し、誰か何か心当たりがある奴はいないか、と聞いた。 剣士の一人が女関係のもつれを噂で聞いており、それが真犯人を挙げる事に繋がったのだとか。

 ポクソンによれば道場でタケオが稽古以外の事を口にしたのはそれが初めてだ。 誰かの事を気に掛け、自分から何かをしようとしたのも。 しかも若は貴族。 タケオの貴族嫌いは有名で、北軍で知らぬ者はいないというのに。


 事件が解決した後、私は将軍執務室へと出向き、今後タケオとヴィジャヤンを出来る限り共に行動させるよう要請した。 任務だけでなく、出来れば休暇の類いも便宜を図るように、と。 特に任務は重要なものであればある程一緒に遂行する事が望ましい。

 モンドーは訝しげだったが、新兵の仕事や休暇を割り振るのは難しい事でもない。 深く理由も聞かず、了承してくれた。


 こうして二人は皇太子殿下暗殺未遂事件を乗り切り、皇太子妃殿下をお出迎えし、審問を片付け、瑞兆と共に帰る事となった。 果たしてこれらの奇跡はどちらかが欠けていても起こり得たのだろうか?

 とは言いながら、私の要請はこうなると知っての事ではない。 だが未来を予測する能力を失った祭祀長にも過去の記録からの類推は可能だ。

 いつの時代でも星の宿命の下に生まれし者は時に常人には抱えきれぬ程の試練に出会う。 避け得ぬ苦難を乗り越える助けとなるのは金でも名誉でも、ましてや武力でもない。 痛みを、苦しみ悲しみを分かち合う誰かが傍にいる。 それが必ずや互いの支えとなってくれる。


 根拠はない。 かくあれかし、と願う人の祈りだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 周回中です いつも師範達を温かく見守ってくれるスティバル祭祀長好きです。師範がポクソンの軽口に乗るようになったのも最近なのかな。尊敬はしていたのだろうけど。 やはり師範の人間らしい変化を…
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