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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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献呈  甲冑仲買人、ザズの話

「競り? しない」

 甲冑の競りを任せてほしいとお願い申し上げたら、六頭殺しの若様がそうおっしゃった。 俺には任せないとか、他に任せると言うならまだ分かる。 だが、しない、とは。 一体、どういう意味だ?

「それは、売り先がもう決まっているという事でございますか?」

「いや、全部献呈するんだ」

 献呈?  聞き間違い? と思いたいが、確かに献呈とおっしゃった。

「失礼ですが、全部、とはどういう意味でございましょう? 皇太子殿下と北軍将軍に一領づつ献呈なさるとしても、後四領ございますが」

「えーと、一領は近衛のおじさんでしょ」

「つまり、サハラン近衛将軍へも献呈なさる? それは、なぜ、その、理由をお伺いしてもよろしいですか?」

「うん。 子供の頃、サハランおじさんに贈ってもらった弓で遊んだ事が上達した切っ掛けだからさ。 剣を教えてくれる先生も紹介してもらったし。 こういう機会にちゃんとお礼しておきたいじゃないか」

「し、しかし、お礼はオークの甲冑でなくとも、よろしいのでは。 どうしても献呈なさりたいとおっしゃるのでしたら、この次に倒すオークになさっては如何でしょう?」

「えー? あんなまぐれ、何回もある訳ないだろ」

 それなら尚の事、と言いそうになったが我慢した。

「だと致しましても後三領ございます」

「後は東軍の叔父さんと、西軍のおじさんと、南軍のおじさん」

「東軍、とおっしゃいますと、オスタドカ東軍副将軍に? それ程お親しい?」

「いや、俺はそんなに親しくないけどさ、母が副将軍夫人の姉で。 とっても仲がいいんだよな。 オークを倒したって知らせが届いた時も一緒だったみたい。 母が叔母さんに、いつもお世話になっているから甲冑を献呈するわ、てその場で約束しちゃったんだって。 なのに今更やらない、なんて言えないでしょ。 そんな事したら姉妹喧嘩になっちゃうかも。 原因はあなたが甲冑の献呈しなかったせいよ、と言われたら怖いよ。 あ、怖いって、俺の母ね。 普段は優しいんだけど、怒らせたら怖い人なんだ。 滅多に怒らない人だからかもしれないけどさ」

「で、ですが、ラガクイスト西軍将軍にまで? そちらはどういう?」

「ラガクイスト将軍は父の従兄弟なんだ。 そっちにやってこっちにはやらない、なんて事をしたら角が立つじゃん、ね? それでなくても俺が西軍に入隊しなかった事で気分を悪くしているだろ。 場所的にも一番実家の近くに住んでいる親戚なのに。 子供の頃、飛竜にただで乗せてくれた事もあったし。 それに俺はよく覚えていないんだけど、ちょっと迷惑を掛けた事もあったみたいでさ」

「然様で、ございますか。 ですがバーグルンド南軍将軍と血縁関係はございませんでしょう?」

「ないけど、バーグルンド将軍は父の親友で、南にはしょっちゅう泳ぎに行ってたんだ。 その時ただで泊めてくれたり、海や船の事を色々教えてくれたりして、今まで散々お世話になっているんだよな。 こういう時にそれを忘れちゃまずいだろ」


 西出身の若様だ。 一度説明したくらいでは無傷のオーク甲冑の希少性を 理解して戴けなかったのかもしれない。  気を取り直し、もう一度始めからゆっくり説明し直した。

「若様。 先ほど申し上げましたように無傷のオークは二十年に一頭、獲れるかどうかの代物でございます。 古来より獲れたら必ず皇王陛下に奏上する決まりとなっているのは、その希少性の故でございましょう。

 皇王陛下がオーク甲冑を既にお手持ちでいらっしゃる場合、次に皇太子殿下がお手持ちかどうかをお伺い致します。 今回の場合、お手持ちではなかったため、最初の一領は皇太子殿下へ献呈となりました。

 皇太子殿下の次は、これもしきたりで北軍将軍に献呈致します。 ここまでは致し方ございませんが、それ以外は献呈の義務もしきたりもないのですよ」

「うん、それはもう聞いた」

 そうおっしゃっただけで献呈を取り消すとはおっしゃらない。 俺は 少々声を強めた。

「皇王家からは百万ルークの御下賜金が、北軍将軍からは二百万ルークの謝礼があるかと存じます。 しかし競りに出せば価格はそんなものではございません。 私が甲冑仲買をして三十年経ちますが、無傷のオークの新品が市場に出回った事は一度もないのです。 持ち主が亡くなり、中古が売りに出された事ならございますが。

 それでさえ始まり値は最低でも三百万ルーク。 物にもよりますが、大体五百から六百万ルーク前後で競り落とされます。 新品でしたら蒐集家の垂涎の的となりましょう。 始まり値は五百万としても終値が八百万を越える事はまず間違いありません。 一千万を越える値が付く事さえ考えられます。 一生に一度あるかないかの競り、いえ、歴史上二度はないとさえ予想される競り。 引き合いは国内に留まらず、国外からもある事でしょう」

「そんな事を言われても。 献呈しちゃったから競りに出せるオークなんて持ってないよ」


 献呈とは、つまり贈り物。 相手は好きな価格を払えばいい。 極端な話、払いたくないのなら一ルークも払わないでもよいのが献呈だ。

 どの将軍も貧乏とは言わないが、はっきり言って金持ちとは言いがたい。 将軍ともあろう御方が、ただで甲冑を持ち逃げする事はないとしても、競りによって得られる金の半分も手に入らないだろう。 払った所で二百万か三百万がせいぜいだ。 二百だったら競りで得られる金の五分の一。 いくら貴族だって無視出来る金額ではないだろうに。

 どうにも腑に落ちず、もう一度申し上げた。

「若様。 競りに出せば四千万ルークに手が届く金になる事を御存知で、そのようにおっしゃっているのでしょうか?」

「あ、お金なら万が一怪我をして退役する事になっても食べていけるくらい貯まった。 だからいいの」

 若様、あなた確か十八じゃありませんでしたっけ? その年で退役を考えていらっしゃるっていうのも何なんです、と言いそうになったが黙っておいた。

「あの、もう一度、よくお考えになってみては如何でしょう?」

「何を?」

「何をって」


 甲冑の価値ならもう分かっているよな。 今説明したばかりなんだから。 しかも理由が親戚だの、弓をもらっただの、果てはただで泊めてもらった、だ。 四千万もの金をそんな理由で諦める? そもそもそれって理由と言えるのか?

 呆れるを通り越して尊敬するしかない。 だが額が額なだけにもう一度念を押した。

「本当に献呈なさるおつもりで?」

「うん」


 俺もこの年だ。 若い時には羽振りがよくても惨めな老い先を迎えた奴、花の盛りに道を誤った奴、不運で命を落とした奴、いろんな不幸を人の数だけ眺めてきたが。 この若様なら幸せな一生を送る、と何となく信じられる。

 才能、金、名誉があって貴族だ。 三拍子も四拍子も揃った御方が幸せでも驚くべき事じゃないが。 人はいろんな理由で幸せにも不幸にもなる。 何もかも手にしている、世の中の幸運という幸運全部を手にしているから幸せか、というと決してそんな事はない。

「若様、そういう事でしたら非常に残念ですが、今回はこれにて失礼させて戴きます。 又の機会がございましたら是非私へ御一報下さいませ」

「又の機会なんてないと思うけど。 あったらね」


 それにしても皇国将軍全員と昵懇、か。 皇都に行けばそういう貴族の若様が他にもいない訳じゃないだろうが。 皇国将軍を仲の良いおじさんとして捉えているのは、皇国広しといえどもこの若様だけだろうな。 ふふふ。

 手数料四百万ルークを儲け損なったというのに、なぜか良い気分だ。


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