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弓と剣  作者: 淳A
瑞兆
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留守番  リネの話

「今度の任務は、ちょーっと長くかかりそうなんだ」

 旦那様は私に向かって本当に申し訳なさそうにおっしゃった。 旦那様の所為じゃないのに。 お仕事なんだから仕方ない。 命令されれば行きたくないとか言えるもんじゃないんだし。

 今度のお仕事は、六月に入ってすぐ出発しなければならないんですって。 リイ兄さんも一緒に行くらしい。 お帰りになるのは早くて八月半ば。 九月になるかもしれない。


「だから出産の時、側にいてやれそうもなくて」

 旦那様がしょんぼりなさっておっしゃる。 そりゃ私だって旦那様がいないのは寂しい。 だって旦那様っているだけでぽかぽか辺りをあっためる、お日様みたいな人なんだもの。 いないとこの家がすごーく大きくなった感じがする。

 子供が生まれた時、すぐに顔を見せてあげられないのはすごく残念。 だけどこんな事もあるかもって覚悟してたし。 初めての出産で不安は不安だけど、私だっておかあさんになるんだからがんばらなきゃ。

 第一たった一人で産むって訳じゃない。 住み込みの旦那様の部下の人達の他に友達も出来たし。 ヨネ義姉さんという親戚も近くに住んでいる。 みんないい人で、とても心強い。


 旦那様から、里帰りしたければ帰って産んでもいいんだぞ、て言ってもらえた。 でも実家は遠いし、狭い。 私だけ帰るならともかく、何人も泊めたり出来ない。 だけどカナは、野宿する事になろうと絶対付いていきます、と言ってる。 だからってまさか本当に野宿させる訳にはいかないでしょ。

 メイレさんも出産はお任せ下さい、とやる気満々で。 メイレさんがどんなにすご腕のお医者さんか分かったから、私としても来るなとは言いたくない。 ひょっとするとリスメイヤーさんまで一緒に来るって言うかも。 リスメイヤーさんのお薬って、とっても効くんだよね。


 それに私の実家が狭いだけじゃない。 みんなを連れて里帰りしたら留守の間この家の面倒を見る人がトビとフロロバさんとアタマークの三人だけになっちゃう。 それってちょっときびしい。

 どこの家も夏の内に冬の準備をする。 だって冬になってから薪を切ったって遅いし。 夏の嵐の時に木が倒されたりするから、それを切って薪小屋に積んで充分乾燥させておかないと燃やした時に煙ばっかり出る。


 大したもんじゃないけど、私は畑を作って野菜を植えている。 食べきれなかった分は漬け物にしたり乾燥させたり。 でないと冬に野菜不足になっちゃうでしょ。 そりゃお店に行けば冬でも野菜を売っているけど、南から運んだものだからすごく高い。 肉や魚を干したり燻製にしたりするのも全部冬が来る内にやっとかなきゃ。 あれやこれや人手がないとやれない事が沢山ある。


 有り難い事にヨネ義姉さんに付いて来た侍女のミンには医者の心得があるんですって。 赤ちゃんなら、もう二十人以上取り上げたことがあると言っていた。 ヨネ義姉さんと仲良くなったおかげで臨月になったらミンが毎日家に様子を見に来てくれ、出産の時も一緒に居てくれる事になった。


 メイレさんの手術って神技みたいな手際だったからメイレさんだけじゃ不安、て訳じゃないんだけど。 出産を手伝ったのは北軍に入隊する前にお父さんの手伝いをしたっきり、とか言ってたし。 張り切っているメイレさんには悪いけど、やっぱり女の人がいてくれると安心なんだよね。

 経験豊かなミンと、メイレさん。 二人一緒にいてくれるなら、もう万全でしょ。 それで旦那様には、ここで産みます、て言ったの。


 ポクソンさんの奥さんには三人のお子さんがいて、いろいろ助言して戴いた。 とても親切な方で産着や赤ちゃん用のお風呂や揺り籠とかも譲ってもらったし。

 マッギニスさんの奥さんとも近しくなった。 リオさんもおめでたなものだから共通の話題が出来たんだよね。 彼女の予定日は十月辺りと言っていた。


 そう言えば、最初にリオさんにお会いした時、彼女の趣味の話になったんだけど、私にはよく分からなかった。 知っといた方がいいのかなと思って「もえの追求」って何ってトビに聞いたら、ごく(ここをすごく強調していた)一部の御婦人に限られた御趣味です。 御存知なくとも大丈夫です、て言われちゃった。 その時のトビの目って、ちょっと怖かったかも。

 それ以上何も聞けなかったんだけど、まあ、貴婦人の趣味なんて私にはどうせ無縁だしね。 考えてみればマッギニスさんと結婚するぐらいの人が不思議でなかったら、そっちの方が不思議っていうか。 旦那様だって、氷を燃やすだなんてすごい奥さんだよな、てリオさんの事を言っていたし。

 リオさんから以前、お暇な時にでも、と何冊か本を戴いていたけど、忙しくてまだ読んでいない。 旦那様がお出かけになったら少しは時間が出来るだろうから読んでみようかな。


 旦那様の今度のお仕事は皇国中を旅するらしい。 すごい田舎や山にも行くんだとかで、岩登りの練習やら梯子から飛び降りる練習とか。 身体中、傷や青あざだらけになっていらっしゃる。

 持って行く物の準備にも毎日とても忙しそう。 それにしても行った先で買えばいいんじゃないのと思うような、どこにでも売っている物まで御用意なさっていた。 小刀やワックスや薬に蝋燭って。 そこまで節約しなくてもいいんじゃないの? 旦那様らしいと言えば旦那様らしくて、ちょっと笑っちゃった。


 ところで、子供の名前は旦那様にお任せしますって私が言ったものだから、旦那様は出発前日まで散々悩んでいらした。 お帰りになってから決めたっていいんだけどね。 一ヶ月以上も名無しにしておく訳にはいかない、と思われたようで。

「なあ、リネ。 男の子だったらサナ、女の子だったらサリってどうだ?」

 それって実は私が密かに考えていた名前だったから、すごく嬉しかった。

「いいですねえ。 そうしましょう」


 六月に入って一週間くらいして旦那様は出発なさった。

「留守番、頼んだぞ!」

「任せてください!」


 元気一杯に答えたのはいいけど、旦那様の後ろ姿が見えなくなってから涙が零れちゃった。 でも旦那様には気付かれなかったから、いいよね。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 新婚の時に続き出産の時まで 皇太子、そういうとこやぞ!
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