ポーロッキ
長期不在の理由は、大隊長研修の為皇国中の軍に行った、とする事にした。 一カ所に行ったと言うと、それだけで何ヶ月も居なくなるのは変だし、偶々その軍にいる友人や親戚に、六頭殺しの若なんて来てないよ、と言われて簡単にばれる。 それはまずい。
四軍のどこかに行ったけど、今どの軍にいるかをぼかしておく。 とにかくいろんなとこに行った事にすれば誰にも現在の居場所は分からない、という訳だ。
次に俺達はこの旅に何が必要なのかを詰めていった。 オークから作った物は一切持たないようバスラーに警告されたので、ソーベル補佐が用意した備品リストを改めて見直したら結構ある。
小刀、ワックス、薬、殺虫剤、蝋燭、保存食、綱、ハンモック。 全てオークじゃない物に代えないといけない。 備品や薬についてはまだ何とかなるが、俺にとって一番の問題は弓の弦だ。
俺が今持っている弓という弓は全て北に来てから買った物で全部オークの筋を使っている。 唯一の例外がミッドー伯爵に戴いた北進だ。 北進の弦は麻を束ねて捩っているし、短弓でも長弓並みの飛距離が出るから最初から持って行くつもりだった。 だけど弓が一張だけじゃ不安だ。 ロックを射るつもりはないけど、旅の途中で何が出て来るか分からない。 北進以外にも麻の弓を買って練習しておかなきゃ。
ただそこで問題になるのは、麻弦の弓も売ってない訳じゃないが、俺が使うような強弓で麻弦となると特注になるという事だ。 俺が特注すると目立つ。 弓ならいくらでも売っているのに、なんでわざわざ麻弦の弓がいるのか不思議に思われる。
何しろ麻弦は薬煉を使う前と後でちゃんと塗っておかないと、すぐに切れる。 塗っていてもオークの筋程は保たない。 オークの筋は何も塗らないでも使える上に寿命が長いという長所があるんだ。 それに急に襲われて弓を使いたい時に薬煉を塗ってる暇なんてない。 弦が切れたら張り替えなきゃいけないし。
麻弦の弓を特注したからってロックを捕獲に行ったと思う人はそんなにいないと思うけど、一体何しにどこに行った、という疑問は抱かせるだろう。 四軍のどこに行こうと麻弦の弓を特注する必要なんかないんだから。
密命なんだ。 出発前に誰かに疑問に持たれるような事はしたくない。 それでこれもマッギニス補佐の実家に頼み、麻弦の強弓を三張ほど送ってもらう事にした。 弦を張り替える時使う携帯用受け板もついでに作ってくれるよう、お願いしておいた。
次に俺も師範もポーロッキに乗った事がない。 それに乗る訓練をする必要がある。 大峡谷を旅する時は普通の馬じゃ役に立たない。 岩だらけの道が多いから。
ポーロッキはすごく足が長いので岩だらけの険しい道でも人を乗せて歩けるし、馬のように速く走る事は出来ないが、一ヶ月くらいなら水を飲まなくても死なないんだって。 もちろん全然水を飲まないという訳じゃない。 飲みだめが出来るんだ。 だから飲む時は信じられない程大量の水を飲む。 出発する時に飲みだめさせ、大峡谷を旅する訳だ。
他に水の飲みだめが出来る動物はいないから絶対乗れるようになっておかないとまずい。 乗るのはまあ、いい。 ポーロッキって背がすごく高いから揺れるんだよな。 乗り物酔いしたりして。
それに気をつけなきゃいけないのが、止まれ、という合図を急に送ったりすると振り落とされるんだ。 だから鞍に握り輪が付いている。 自分の腰のベルトに命綱を着け、それと繋いでおかないと危ない。
又、馬よりずっとでかいだけに足が腹に届かない。 足で腹を蹴れば走る、て事が出来ないから急がせたい時は鞭を使う。
手綱と鞭が手放せないうえに腹を跨ぐって事が出来ないから流鏑馬みたいな事は出来ない。 すると弓を射るためにはポーロッキを止めるか、地面に飛び降りるしかない。 地上三メートルの位置から。
人間死ぬ気になれば何でも出来る、と言う人もいるが、それを言った人はポーロッキから飛び降りた事がないと思って間違いはない。 本気にしたらおばかだろ。
そりゃ俺は死ぬ気になってはいないさ。 だけどなったとしても無理なものは無理。 飛び降りたくないならポーロッキの鞍に付いている簡易梯子を素早く使えるようにならないと。
ポーロッキだけじゃない。 大峡谷にはいろいろな特別注意事項がある。 例えば猛毒を持つ毒虫が沢山いるので地面に直接寝る訳にはいかない。 常にハンモックに寝る事になる。 だからその設営にも慣れておかなくちゃ。
猛獣に襲われた時の逃げ方、岩肌を素早く登る訓練、砂漠で砂嵐に会った場合の避難、水や食べ物を準備する時の注意点等など、大峡谷で生き抜くために知っておかねばならない事、練習しておかねば危険な事がいっぱいある。
俺と師範はまず誰を大峡谷に連れて行くかを決めた。 俺達五人だけで出発すれば持って行く食料、特に水が最小限で済む。 荷物が少ないのはいいが、別な問題があった。
まず夜、見張りが要る。 夜行性の肉食獣もいるから。 夜だからって全員一緒に寝る訳にはいかないのだ。 一晩二交代としても三ヶ月もの間一晩毎に夜番をしなければならないのは、日中の旅がかなりきついだけに消耗する。
それにいくら荷物は最小限にするとは言っても人数分掛ける三ヶ月の食料となると、それだけでかなりの重さだ。 加えてポーロッキは水の飲みだめは出来ても食いだめが出来る訳ではないからポーロッキ用の食料も持っていかなくちゃならない。 草なら何でも食べるらしいが、ウェイザダ山脈に辿り着くまでの途中、一週間くらい砂漠を通る。 水がないんだ。 当然草もない。 ポーロッキはでかいだけに一週間分の食料となると半端な量じゃない。
なんだかんだで各人が乗るポーロッキ以外に最低八頭は荷物運搬用ポーロッキを連れて行く必要がある、とソーベル補佐に言われた。 だからそれを引っ張っていく人間が要る。
ポーロッキが猛獣に襲われて食べられたり、帰り着く前にポーロッキが水不足で死んだりする事も考えられる。 そうなったらその分の荷物を捨てるしかない。 最悪の場合ポーロッキが全部死ぬ事だってあり得る。 そうなったら自分達の食料と水を全て人力で運ぶしかない。
だからどんなに小さい隊商を組む時でも最低十人で行くらしい。 だけど八人いれば何とかなる、とソーベル補佐が言ったので、師範の従者達の内ゼンとロゼゴーテを連れて行く事になった。 幸いこの三人はポーロッキに乗った経験があるんだって。 だから乗る練習をしなきゃならないのは俺と師範だけだ。
ところで、師範はこの時初めてロゼゴーテが実はそっくりさんの二人組である事を知ったらしい。 くそっ、二人分の仕事を一人でこなすすごい奴と思って損したぜ、と呟いていた。




