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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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新しい弓

「弓でオークを倒す秘訣って何?」

 同じ事を何回聞かれたか、もう数えきれない。 

 そんなもの、あるかよ。 あったら俺が聞きたい。 そりゃ結果として当たったさ。 でも狙って当たるか? 無理だろ。

 ほんとにまぐれなんだ。 秘訣も秘密もない。 みんなに何度もそう言っているのに、誰も信じていないみたい。

 なぜ? なぜ秘中の秘だから言いたくないんだと思うの? 別に他の奴の弓がうまくなったって俺の弓が下手になるって訳じゃないだろ。 皆でうまくなればいいじゃないか。 そうすれば俺もオーク狩りの度に呼び出されずに済む。 ゆっくり休める方が俺としては有り難い。


 ま、そのうち分かってくれると思うけどさ。 ただ俺は動いている標的にあてるのが他の兵士よりうまいらしい。 しょっちゅう狩りをして獲物を仕留めていた経験が役に立っているのかも?

 北軍弓部隊の的場で馬に乗って矢を的にあてる稽古とかやっていたから俺もやらせてもらったんだ。 そしたら結構あたる。 すげー、と褒められて嬉しかった。 泳ぎが早いとかなら褒められた事があったけど、弓の事で人から褒められた事ってあんまりなかったからさ。

 今度狩りに連れて行ってくれるんだって。 北の動物もきっと美味いだろう。 すごく楽しみだ。

 でもどうやったらうまく的に当てられるようになるんだとか、コツは、と聞かれてもなあ。 俺にも分かんないし。

 芸は身を助く? 違うか。

 毎日狩りをしていた事がいい稽古になっていたとは思う。 でもそんな事を言うなら俺は毎日一生懸命剣の稽古をしていた。 そっちの方こそすごくがんばって稽古していたんだけど、いつまで経っても俺は自分の年下の剣士にさえ勝てなかった。 俺が少し上達すると他の剣士はもっと上達している、て感じで。

 だから毎日狩りをしていればいつかうまくなってオークが倒せる程になる、て訳でもなさそう。 兎や鴨狩りの方が動かない的を射る稽古より実戦向きとは言えるかもな。 ただ兎狩りなら誰だってもうやっているだろ。 俺は何か特別な兎狩りをしていた訳じゃない。 狩りのおかげで弓がうまくなったんだとしても、まさかこれほど上達するだなんて思っていなかった。 いつか弓が何かの役に立つとさえ思っていなかったんだから。


 ほんと、人生何が役立つか分からない。 この様子だと俺は弓部隊になるみたい。 熱心に勧誘されちゃったし。 憧れの猛虎部隊に入れないのは残念だけど、剣の腕前は並以下と分かっているだけに一つでも取り柄があってほっとした。

 別に英雄になりたい訳じゃないし、手柄をたてたいとも思わず入隊したが、厄介者にもなりたくない。 それでなくともここでは貴族の新兵なんて邪魔だけど捨てる訳にはいかないお荷物扱いなんだから。 と言うのも、北の猛虎に憧れてやってきた貴族の新兵が俺以外にもかなりいるらしい。 大きな声では言えないが、みんな平民出身の兵士に嫌われているっぽかった。

 幸い俺は全然貴族らしくない。 そこがよかったみたいで。 いやー、またはずれを掴まされたかと思ったぜ、と人懐っこい連中に笑って背中をばんばん叩かれた。

 痛いんですけど。 筋肉痛、まだ治っていないから。 だけど下手に文句を言って嫌われたくない。 なにより肝心のタケオ小隊長に嫌われたらどうしよう、と心配になった。 俺も一応貴族出身だし、俺は知らなかったが、北軍で知らない人はいないというくらい猛虎の貴族嫌いは有名だったんだ。


 タケオ小隊長にお礼を言いに行った時は緊張して、それと筋肉痛で、がちがち。 何を言ったか言われたか一つも覚えていない。 ただなんとなく、そんなに嫌われてはいないような気がした。 でもそれって俺の気のせいかもしれない。 座れと言ってもらえなかったし。 それどころかさっさと帰れと言わんばかり。 嫌われてはいなくとも好かれているとは思えなかった。

 俺にしてみれば、いつか命を助けてもらった恩を返したい、てだけなんだが。 あんなに強いんじゃ俺の助けを必要とする場面なんてないだろ。

 せめてお近づきになれないかなあ。 友達になるのは無理でも、会えば、よう、と声をかけてもらえるくらいの。

 やっぱ無理? 入隊したてのひよっこが何寝言を言ってる、と言われりゃそれまでだけどさ。

 まずはがんばってタケオ小隊長にお荷物じゃないって事を認められないとな。 それが当面の目標だ。 弓部隊に入ったら弓の稽古に励むぞ!


 そんなやる気満々の俺に貴族クラブからのお誘いだ。 いくつも来たもんだから、うんざりしてトビに愚痴った。

「また? 昨日断ったじゃないか。 いくら伯爵家の子弟が珍しいからって何度も誘うなよ。 しつこいったらない」

「若。 これは昨日断ったクラブではございません。 昨日のお誘い二件と今日の五件、いずれも違うクラブからのお誘いです」

「え? 貴族クラブって一つじゃないの?」

「平民軍とは申しましても兵士は五万人以上いるのです。 平民の数が多いだけで貴族がいない訳ではございません。 特に第一駐屯地は将軍のお膝元。 将校は貴族の子弟で固められております。 タケオ小隊長のような平民出身の将校もおりますが、例外と申せましょう」

「はあ。 そうなんだ」


 考えてみりゃ貴族同士だってみんなと仲がいい訳ないよな。 あいつとは反りが合わないとか、最初は合っていたけど喧嘩したとかあるだろう。 クラブがいくつもあったって当然だ。 でも俺は貴族クラブに入りたくてここに来たんじゃない。

「全部断って。 一々俺に聞かなくてもいい」

「よろしいのですか? さすがに大公家や公爵家ゆかりのクラブはございませんし、子爵や男爵が発起人のクラブでしたら断っても問題はないでしょうが。 少数ながら伯爵、侯爵家縁の者が発起人のクラブがございます。 一律にお断りするのは如何なものでございましょう」

「そりゃ侯爵は格上だけど、断ってもそんなに角はたたないだろ。 父上には公侯爵の友達が沢山いるじゃん。 父上によろしく言っといて。 どうせ誘ってくれたのだって、一応伯爵の息子だから誘っておかなきゃ後々まずい、程度の気持ちだろ。 お気持ちは有り難いけど、ほっといてくれ。 稽古する時間がなくなる。 それでなくとも新兵なんだ。 低姿勢だ、低姿勢。 誰であろうと俺より下の奴はいないんだから」


 トビにはそう言ったが、貴族出身の兵士は新兵だろうといばっている。 だから平民出身の上官や古参兵に嫌われているんだ。 それは傍で見ていればなんとなく分かった。 俺だってたぶんいばろうと思えばいばれたと思うが、そんなバカな真似をして平民出身のソノマ小隊長に嫌われたくないし、いばっている人達とつるんでタケオ小隊長にまで嫌われたらどうする。

 第一、貴族クラブで遊んで弓がうまくなる訳でもあるまいし。 他の人は無責任だから、これ程うまけりゃ稽古なんかしなくたって大丈夫だろ、とか言うけど。 んな訳あるか、ての。

 それに今までは獲物を獲って来る事だけが目的だったが、軍は狩りより戦うのが目的だろ。 ここだけの話、もし戦う事になったら敵に向かってびびらずに射れるか、自信ない。 その自信を付けるためにも稽古しなきゃ。


 ところで、俺が家から持って来た弓はオークに壊されたから新しいやつを買わなくちゃいけない。 せっかくだからちゃんとしたやつを買いたい。 それで俺の上官であるソノマ小隊長に相談した。 そしたら信頼の置ける武具の店を紹介してくれて、そのうえ一緒に買い物に付き合ってくれた。

 賞金で懐も暖かいし、長弓と短弓、用途に合わせて三種類ずつ欲しい。 ああでもない、こうでもないと店内で選んでいると店員に話しかけられた。 

「お客様は弓部隊でいらっしゃいますか?」

「うん」

「六頭殺しの若とはもうお会いになりました?」

「あ、本人です」

 そう答えたら、その店員はあわてて店の奥に引っ込み、満面笑顔の店主を連れて来た。 

「これはこれは、若様。 ようこそ御来店下さいました。 これからも何卒当店を御贔屓下さいませ。 今日はどのような弓が御入用で?」

「えーっと、長弓と短弓、三つずつ欲しいんだ」

「畏まりました。 裏に的場がございます。 どれでも御自由にお試しを。 お気に入った物がございましたらお知らせ下さい。 勉強させて戴きます。 本日御来店下さいましたのも何かの御縁。 もし店の看板に六頭殺しの若御用達と入れる事をお許し下さるのでしたら、どの弓も無料で差し上げます」

 おおっ。 無料? 俺はその言葉に飛びついた。 無料は嬉しい!

 こういう事は言い出した人の気が変わらない内に決めないと。 だからすぐその場で、いいよ、と言った。 すると一緒について来てくれたソノマ小隊長が、若の名前を悪用したら今後北で商売が出来ると思うなよ、とかなんとか脅し始めた。

 ちょっとー。 店主がびびってるじゃない。 心配してくれるのは有り難いけど、そもそも悪用って。 俺のしがない名前をどう悪用しようがあるっていうの。 ソノマ小隊長ったら心配し過ぎだよ。

 幸い店主は胆が据わった人のようで、無料を取り消したりしなかった。


 店には俺が今まで見た事のない型の弓があったから、色々試し射ちさせてもらった。 弓にはどれにも癖がある。 それはいいんだが、その癖との相性ってものがあるからな。 長く使う奴は俺の気ままに付き合える奴がいい。 うん、うん、と素直に聞いてくれる弓が一番だ。 強情な奴もそれなりにかわいいとこあるから一概には言えないが。

 気弱な奴だけは買わない事にしている。 俺にびしばしやられてすぐだめになったらかわいそうだろ。 この場合ただだから買ったというより貰っただけどさ。

 こうして結構いい弓が手に入ったので、それを持ってオークに当たらずに落ちた矢を拾いに行こうとした。 弓が変われば当然矢もそれに合わせて変える必要がある。 見つけたとしても俺の新しい弓では使えないけど、隊に合う弓があるから。

 何しろ家紋入り。 一本千五百ルークもしたんだぜ。 普通の矢なら千ルーク、安いのは八百ルークからあるのに。 それに比べたらほぼ二倍の値段だ。 それに家紋を入れてもらうには二十本単位で注文しないといけない。 すずめの涙の小遣いをはたいて買ったんだ。 使わなかったらもったいないだろ。 ところがソノマ小隊長に止められた。


「若、どこに行く?」

「落とした矢を拾いに行こうと思いまして」

「落とした矢? まさか、オークを射殺した時に落とした矢の事を言っているのか?」

「はい」

「最近何か死にたくなる事でもあった?」

「はい?」

「北の原野を一人歩きするなんて自殺行為だぞ」

「え?」

「慣れればオークのなわばりが分かるから、そこを避ける事も出来るが、こっちに来たばかりの若には無理だろ。 そもそも矢を落とした場所って、なわばりのど真ん中だろうが」

「あの、観光客用の案内人がいるって聞いたんですが」

「そりゃいるが、なわばりを避ける為の案内人だ。 なわばりに入って行く度胸のある奴なんかいない」

「はあ。 そうでしたか」

「オーク狩りに行く時は普通五十人ぐらいの隊を組んで行く。 それだけの人数、充分な装備があっても毎回必ず怪我人や時には死人が出るんだぞ」

 ひーっ。 あっぶねー。

「行く前に教えてくれてありがとうございます」


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