伝書鳥 猛虎の弟の話
三月半ば過ぎ、リイ兄さんの従者でゼン・コシェバーと名乗る人が結婚披露宴の式次第を我が家に届けに来た。 父さんを始め家族全員コシェバーさんが持って来たお土産を次々開けるのに夢中で招待状には見向きもしない。 それで俺がまず開けて読んだ。
「すげーな。 父さん、これ見てみろよ」
そう言って、見た事もないきれいな紙を広げて見せる。 そこには紙に負けない、きらきらのお星様みたいな名前がいっぱい書いてあった。
『リイ・タケオ及びヨネ・グゲン結婚披露宴式次第
結婚行進曲 北軍楽隊
来賓御入場
新郎新婦入場
主賓御臨席 ハレスタード皇太子殿下 御名代 皇太子殿下御相談役 サキ・ヴィジャヤン様
開宴の辞 モンドー北軍将軍閣下
仲人御挨拶 マッギニス侯爵
新郎経歴紹介 ジンヤ北軍副将軍閣下
新婦経歴紹介 ボルダック侯爵夫人
祝詞奏上 スティバル北軍祭祀長
誓いの言葉 新郎新婦
祝辞 ハレスタード皇太子殿下 御名代 皇太子殿下御相談役 サキ・ヴィジャヤン様
フェラレーゼ国王陛下 御名代 ジュランザ伯爵
サジアーナ国王太子妃殿下 御名代 エルラヘブ侯爵
ブリアネク皇国宰相閣下 御名代 ヴィジャヤン伯爵
北軍百剣 代表 ポクソン北軍大隊長補佐
祝婚歌 新郎妹 ヴィジャヤン北軍大隊長夫人
演舞及び余興 北軍有志
乾杯音頭 新婦父 グゲン侯爵
謝辞 新郎新婦
親戚代表 ヘルセス公爵
主賓御退席 ハレスタード皇太子殿下 御名代 皇太子殿下御相談役 サキ・ヴィジャヤン様
来賓各位御退席
御披良喜』
ほうっと家族全員がひと通りため息をつき終わった所で、父さんがしみじみと言った。
「いやはや、リイも大した出世をしたもんだなあ」
「でもさ、こんな晴れがましい席に、いくら親だからってあたしらみたいな平民がしゃしゃり出ていいもんかね?」
母さんのもっともな言葉に家族が従者のコシェバーさんの顔を窺う。 するとにこにこ笑いながらコシェバーさんが明るく答える。
「あ、その御心配は御無用に、と言うため俺が来たんです! こんな機会でもないと皆さん中々第一駐屯地までお出かけになられないでしょう? それにタケオ大隊長、若奥さんと甥っ子さんにまだ会った事ないんですよね?
ヴィジャヤン大隊長も是非皆さんにお会いしたい、ておっしゃってました。 今まで奥様の御実家へ御挨拶に伺えなくて申し訳ないって。
リネ様もヨネ様も皆さんにお会いするのをとても楽しみにしていらしたし。 旅費を預かってきましたから費用の方はどうか御心配なく」
思わず家族同士で顔を見合わせる。 嘘をついてるようには見えないが。 なにしろ家族全員分の旅費を持って来ているし。 しかも、この通り、と見せてくれた、その金。 なんと五十万ルーク。 そんな大金があったら皇国中をぐるっと回ってもおつりが来るだろ。 外国にだっていけるかもな。
兄さんときたら、相変わらず太っ腹だ。 結婚するならいろいろ物入りだろうに。 平民ならともかく、侯爵令嬢を嫁にするんだからさ。 そっちこっちに見栄を張らなきゃとか、あるんじゃないのか? 何もしてやれない実家に金寄越すより自分の身の回りを先にちゃんとすりゃいいのに。
こう言っちゃあなんだが、コシェバーさんて人は良さそうだけど、どう見たって並。 普通の人だ。 若様の従者のウィルマーさんは、すげえ高貴で。 もう後光が差してるって感じ。 近所にはウィルマーさんの後ろ姿を拝んでいる人だっていた。
まあ、あちらは貴族の従者だ。 そんな人と張り合ったってしょうがないが、兄さんだって大隊長に昇進したんだろ。 こんなに金があるなら従者だってそれなりの人を雇えるじゃないか。
こういうとこでけちってんだろうな。 もしかしたら今でも自分で洗濯していたりして。 そりゃ兄さんらしい、て言えば兄さんらしいんだが。
この旅費は返すから、もっと立派な従者を雇え、なんてこの人に言付け頼む訳にもいかないし。 なんかいい言い訳がないかと考えて、そう言えば俺達はそんな場所に着ていけそうな服なんて一着も持ってない事に気が付いた。
「コシェバーさん、悪いけど、兄さんによろしく言っといてくれないか。 だってこんな野良着で、そんな晴れがましいとこに行けないだろ?」
「皆さんの着る物もこちらで用意しますから大丈夫です。 寸法計って来いと言われてるんで」
「計るのはいいけど。 それを今から持って帰って作り始めるんじゃ間に合わないんじゃ?」
「伝書鳥を飛ばします。 明日か明後日には向こうに着きますよ」
「伝書鳥?」
俺達はコシェバーさんが持って来た鳥籠に目をやった。 女房のピピが真っ先に声をあげる。
「ひゃー、すごい! 聞いた事はあったけど、本物を見るなんて初めて。 なんで鳥を連れ歩いてるんだろ、て思ったら。 伝書鳥だったんだあ。 リン、ほら、これが伝書鳥だよー」
そう言って二歳になる息子のリンを鳥籠に近づける。 母さんが感心して反対側から鳥籠を覗き込みながら言う。
「へー、どうりで。 なかなか賢そうな鳥だね」
「着る物まで用意されちゃあな」
どうやら父さんは行く気になったようだ。 それにしても伝書鳥まで持って来るだなんて。 もしかしたら親兄弟が出席しないと外聞が悪いのかな? だとしても子供が出席していいような式じゃない。
「なら父さん母さんで行けば? リンは目が離せない。 子守をしながら麦植えなんて無理だし、ピピ一人に留守番をさせたくないから俺は残る」
するとコシェバーさんが言う。
「どうか皆さん御一緒で。 あちらに子守がいます。 リンちゃんが退屈しないよう遊び場の準備もしているし。 麦植えの手伝いを雇う金も持つ、てタケオ大隊長がおっしゃいました」
「はあ?」
「リノ、麦は帰ってから植えりゃあいいじゃねえか。 畑の土の準備だけ臨時の手伝いにしておいてもらう事にして」
父さんのその一言で、じゃあ行くか、と決まった。
留守の間のあれこれは近所の人に事情を話しておき、手土産やら何やらを用意して俺達家族五人はコシェバーさんに連れられ、第一駐屯地へと旅立った。