双子 ゼンの話
双子とは言っても、ブンと俺は全然似てねえ。
「よー、よー、ゼン、聞いたか?」
「何を?」
「猛虎がとうとう従者を雇ったんだってよ」
「へー、誰?」
「ロゼゴーテ」
「そりゃまた」
「な、びっくりだろ?」
「一気に二人も雇ったって言うのか?」
「そ」
「ふーん」
「なあ、お前も双子だろ? ちっとも似てねーけどよ。 ひょっとしたら雇われるんじゃね?」
「なんで。 ロゼゴーテは双子じゃねーし。 そっくりだって理由で雇われたんなら尚更、俺とブンじゃ雇われねえだろ」
「そうかなあ。 聞くだけ聞いてみたら? 今じゃ執事がいるから門前払いって事はねえと思うぜ」
何と言っても猛虎はみんなが憧れる北軍の顔だ。 食堂に行ってみると、そっちでもこっちでも交わされているのは猛虎の従者の噂ばかり。 話題の中心は、なぜロゼゴーテなのか? そしてロゼゴーテに続くにはどうしたらいいのか、だ。
北軍の有名人と言えば若もいる。 でも若って北軍の顔と言うより人気者って感じだからな。 大隊長になられた人を掴まえて人気者はねえだろ、とは思うけどさ。
何しろ大隊長になられた今でも道で会って敬礼すると、よっ、とか、どもー、とか。 俺みたいな平の兵士にまで一々返礼するんだぜ。 あの腰の低さにはぎょっとしちまうっつーか。 ほんとにこれでも貴族か、て疑いたくなる。
今だから言うが、若の顔がそんなに知れ渡っていない頃、トビを若、若をトビの従者だと勘違いしている奴が結構いた。 どう見たってトビの方が威厳も貫禄もあるもんな。
因みに俺は虹橋会会員で、大峡谷の向こうからばしばし届く矢をこの目で見ている。 弓を持たせたらすごい人だって事は言われなくても分かっているけどさ。 普段の若って、どうにも軽いんだ。 命の恩人に向かって言う言葉じゃねえとは思うが。 ま、そこがいいんだ、て言う奴もいるんだけどよ。
その点、猛虎はいるだけで辺りの空気がびしっと引き締まる。 あの人の背中には、この人に付いて行きゃ間違いねえ、て言いたくなる何かがあるんだ。
でも昔は、俺に近づくんじゃねえ、死にてえのか、て感じのオーラをまき散らしてたからな。 どんなに混んでいたってあの人が入って来ると、その周りにぽっかりでかい穴が空いたもんさ。 新兵の時だってそうなんだ。 すぐに小隊長に昇進されて、ますます近寄りがたくなった。 従者になりたがっている奴ならいくらでもいたが、従者にならせてくれと本当に言いに行った奴は俺が知る限り一人もいねえ。
それが、いつからかな。 近寄ったら斬る、みたいな殺気がなくなったのは。 若饅頭を食べながらお茶を飲んでいる所を見かけるようになってからかもしれねえな。
何しろ生きた伝説だ。 前よりずっと近づきやすくなったおかげで、俺みたいに従者になりたい奴の数がぐんと増えた。 飯さえ食わせてくれるんなら給料なんかなくてもいいとか、金を払ってもいいから従者になりてえと言う奴もいる。
それでも今まではどんだけお願いしたって、ぜーんぶ門前払い。 本人にじゃねえ。 従者はいねえが、上官の従者嫌いを知っている部下がいるからさ。 志願者なんか全員そいつらに蹴散らされて終わりだった。
中隊長になればいくらなんでも一人ぐらい雇うだろ、とみんな期待したんだが。 やっぱりだめ。 しかしさすがに大隊長ともなれば従者なしじゃ不便だったんだろう。
二人も雇われたと言ったって大隊長なら従者は四、五人いるのが普通だ。 従者が十人いる大隊長だっている。 これからもっと雇われるかも? と思えばみんなの噂話にも熱が入るってもんだ。 それでも狭き門である事に変わりはねえ。 ちょっと喧嘩が強いぐらいで百剣でもなけりゃ他に取り柄がある訳でもねえ俺が雇われる可能性なんてゼロ。
食堂から出て自室に戻ろうとした所でブンに会った。 俺が、よお、今から飯か、と声をかけると、ああ、と頷いて食堂に入って行った。 何ともそっけねえが、前は俺が何を言ったって仕事でもねえ限り全部無視されていたからな。 これでも随分ましになったんだ。
コシェバーという姓は北ではめったにねえ。 だから入隊したばっかりの頃は名前を名乗ると、珍しい名前だけど、もう一人コシェバーがいるんだぜ、とかよく言われた。 ブンはいつも俺を避けていたんで俺達が兄弟、しかも双子だって事は誰も知らなかったからな。
子供の頃はしょっちゅう一緒に遊んでいたんだけどさ。 小学校を卒業した辺りからブンは俺を避けるようになった。 俺が何かしたとか喧嘩した、て訳でもねえのに。 一緒の家に寝起きしてる、てだけで口もきかねえ。 入隊の時も同じ隊になりたいかと聞かれたんだが、ブンが絶対別の隊にして下さいと言ったもんだから俺達は別々の隊になった。
俺達が再び口をきくようになったのはイーガンの橋が落ちた事が切っ掛けだ。 ウェルター中隊長が紙に名前を書くようにと言った時、俺はさっさと右側に名前を書いた。 てっきりブンは左に名前を書くと思ったんだが、あいつも右に名前を書いたんだ。 右が駐屯地に残る事になった。 どうにも不思議だったんで、その夜、俺はブンに俺と同じ側に書いた理由を聞いたんだ。 どうせ死ぬと思ったからだろうな。
「なーんにも知っちゃいねえ、のーたりんのくそったれゼン」
ブンはそう俺に毒づきながら、初めて自分の秘密を打ち明けた。 ブンには俺の考えている事、経験した事が遠くに居ても分かるんだと。
そう言われて思い出した。 俺が八つの時、増水した川に落ちておぼれ、あやういところで助けられた事があってさ。 あの時の恐怖なんて、ばあちゃんの家に居たブンは知らないはずなんだ。 でも何があったか、俺が言う前にブンはちゃんと知っていた。
俺が一人で買い物に行った時でも何を買ったか知っていたし。 それ以外にも俺しか知らねえ事、俺から聞かなきゃ分かるはずねえ事を全部知っていた。
ブンはやけくそ気味に言った。
「俺が死んだって、お前は何にも知らずに幸せに暮らして行けるからいいよな。 でもお前が死ぬときゃ、それは全部俺の頭ん中に焼き付けられるんだぞ。 そんなもん抱えて俺一人で生きていけって言うのかよ」
そんならそうと言ってくれりゃ、苦しまないで死ぬ方法なんていくらでもあるし、とか思ったらブンにぶん殴られた。 痛みだって自分に返って来るんだろうに。
本気で喧嘩すりゃ俺の方がずっと強い。 だけど最後だと思うから殴られてやった。 そしたらブンの奴、わんわん泣き始まってよ。 ほんと、参ったぜ。 まあ、すぐ泣き疲れて眠っちまったけどな。
久しぶりにブンの寝顔を眺め、俺は昔の事を思い出した。 そう言えば子供の頃、こいつは夜中に一人で便所に行けなかったな、とか。
ブンの方が先に生まれた。 つまり兄貴なんだけど、俺の方が体格が良かったんで、ブンを兄貴って呼んだ事はねえ。 ブンはあんまり丈夫じゃなくて、いつも俺が面倒を見てやっていたし。 俺は年上の奴らと比べたって強かったから、ブンをいじめる奴は全部俺がぶちのめしてやった。 結構頼りにされてたとは思うんだけど、ブンは子供の頃からすげえ分かりづらい奴でよ。 双子の俺でさえ何が言いたいんだかよく分からなかった。
ブンの秘密を知って、今まで訳が分からなかったつじつまが合った。 なんで村一番の美人のトコちゃんを振ったのか。 なんで兵士になりたかった訳でもないのに俺と一緒に入隊したのか。
次の日若が助けに来てくれて、みんなで喜び合った時、ブンだけは微妙な顔をしていた。 どうせ死ぬんだと思ったから墓場まで持って行くつもりの秘密をしゃべったんだろう。 俺は気にするんじゃねえってブンに心の中で言った。 少なくとも俺は気にしねえ。 今なら俺にだってお前の気持ちが分かるんだ。 ならお互い様だろ?
ロゼゴーテの噂を聞いて一週間後、珍しくブンの方から俺の所にやってきて、付いて来いと言う。 そしてタケオ大隊長の執事と言う人に引き合わされた。 さすがは北の猛虎の執事と言いたくなる威厳に満ちあふれた人だ。
「どれくらいの距離離れていても大丈夫なのか知っているか?」
ボーザー様がそうお聞きになり、ブンが答える。
「あんまり離れた事はないんですが。 去年こいつが第三駐屯地に派遣された時は大丈夫でした」
「ではブン、あなたは隣の部屋に行ってなさい」
ブンが部屋を出て行くと、ボーザー様は紙に「378023」と書いて俺に手渡した。
「覚えたか」
それに俺が頷くと、ボーザー様は隣の部屋に行って俺が見た数字は何だったかブンに聞いたようだ。
ボーザー様は雇用された本当の理由は絶対誰にも言わないよう、俺達に念を押した。 そんな事言われなくたってブンの秘密を俺が誰かにばらすもんか。 しかも給金は兵士の時より多く出すって言うんだぜ。 信じられねえ。
「これからは俺の事、ちゃんと兄貴って呼ぶんだぞ」
ブンが胸を張って言う。
ちぇっ。 調子に乗りやがって。
ま、いいか。 北の猛虎の従者に選ばれるだなんて。 ブンがいなけりゃ絶対ありえなかったもんな。 弟の夢を叶えてくれたんだ。 兄貴と呼ぶに相応しい大手柄だぜ。
俺達が雇われたもんだから北軍ではしばらくの間、北の猛虎は双子が好き、て噂が流れた。 根も葉もねえ噂と知っちゃあいるが、俺達がそれを打ち消すことはねえ。