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弓と剣  作者: 淳A
新婚
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共通点  マッギニス侯爵の話

 父として子の幸せを願わぬ訳はない。 だがそれ以前に私にはマッギニス侯爵として果たさねばならぬ責務がある。 皇国の軍事産業を掌握しているマッギニス家は直系企業だけで二万人を雇用し、傍系を含めるなら五万人の生活を支えているのだ。 舵を取る者が暗愚では巨大な組織は即座に崩壊する。

 いくら現状に問題がないように見えようと、それは来るべき未来の繁栄を保障するものではない。 どんなに堅固な見掛けの船であっても船長次第で簡単に沈没する。 そのような事態に陥らぬよう一族の中で最も優秀な者に爵位を継がせねばならない。 同時に家業の拡大成長も考慮する必要がある。


 次男のオキの方が長男のオミより頭脳明晰である事は幼少の頃から明らかであった。 それでもオキを継嗣としなかったのは、オミでは近衛将軍に昇進する事は無理だが、オキなら可能と思ったからだ。 親の贔屓目などではない。 オキにはそう確信させるだけの戦略的な資質があった。

 昔からマッギニス家は一人が本家を守り、もう一人が将軍或いは副将軍として近衛軍中枢で軍事の采配をしていた。 本家の舵取りは良い執事を選べばオミでも大丈夫だろう。 そしてオキには近衛をと考え、その地位に必要となるであろう教育を施した。


 その計画を根底から覆した北の猛虎の咆哮。

 たかが平民。 剣が少々強いからと言って、それがどうしたというのだ? それほどタケオが気に入ったのなら彼をマッギニス侯爵家に引き抜けば良い。 なのにオキは自ら北軍に入隊すると言う。

 草を刈るのに名刀を使う必要がどこにある。 その無駄が何故頭脳明晰なオキに分からぬのか?


 能力と家柄に恵まれた自らの人生を一時の憧れでふいにするなど愚の骨頂、と至極尤もな理屈を並べ、説得を試みた。 ところが本人に聞く意志が全くない。 私は勿論、周囲の誰の説得にも耳をかさず、十八になると同時にオキは北軍に入隊した。 我が幸せは北にあり、との一言を残し。

 それは何事にも最も効率の良い、利益の一番大きい道を選び続けていたあの子が初めて下した損得勘定を度外視した決断であった。 子供の頃から老成し、冷めた目で周囲を観察していたオキ。 あの子のどこにあれ程の熱い思いが潜んでいたのか。

 今思い返しても不思議で仕方がない。 婚約者でさえ家柄、持参金、知性を計算し、理詰めで選んだと言うのに。


 私の弟は近衛副将軍だし、婚約破棄までした以上、世間の手前もある。 近衛入隊を拒否したオキへの援助は一切せず、勘当同然にしていた。 内心どの軍に在籍しようとオキはいずれ相当な地位へ上ると私は見ていたが。

 仮に将軍まで昇り詰めたとしても北軍は近衛より大分格が落ちる。 そのうえ北軍には他の軍にあるようなマッギニス家との強い繋がりがない。 北軍将軍位はかつて北出身ではない者が拝命した例はない事を考えると昇進した所で副将軍。

 しかし格は下がろうと副将軍は副将軍。 将来に備え、オキの従者には諜報員として屈指の能力を持つヘイゲルを付けた。


 そして二年後、六頭殺しの若が入隊した。 オーク殺しとは興味深いとは思ったが、それだけだ。 けれど翌年の皇太子殿下暗殺未遂事件が私の見方を変えた。 裏将軍と呼ばれ、恐れられていたバンジを射殺すとはただ者ではあり得ない。

 バンジは今までばらばらで纏まりのなかった傭兵の世界をギルドの名の下に取り仕切るようになっていた。 遅かれ早かれ皇国の災いの種となっていただろう。

 知ってか知らずか皇国中枢部に危機感は全くない。 野心家のバンジは簒奪さえ狙っていたのに。 あのままにしておけば後五年、いや、三年もすれば彼を担ぎだす貴族が出たと思われる。 簒奪は難しいかもしれないが、皇国から離脱した独立小国を樹立するくらいはやれたはずだ。 その為に多くの血が流され国力を削ったであろう事は間違いない。

 武器の販売が急増すればマッギニス家の資産も増加したと思うが、最も利益率が高いのは平和な状態での武器の備蓄増加なのだ。 大規模な戦闘があれば工場が破壊されたり、売掛金が回収不能の事態も起こり得る。 それらは巨額の赤字の原因となるから戦闘があったとしても小競り合い程度で収束する事が望ましい。

 そういう意味ではサダ・ヴィジャヤンは正に救国の英雄。 但し、オークを殺したのもバンジを殺したのも単なる偶然。 皇太子妃殿下の誘拐を未然に防いだ事さえ本人の意図した事ではないだろう。 だが歴史を変えるのはそのような偶然の積み重ねではないのか?

 今更ながらオキの先見の明に驚嘆せざるを得ない。 入隊の理由はタケオであったにも拘らず、機会があった時に迷わず若の傍らにいる方を選択するとは。 正直な所これ程次々事件が起こればオキの未来は近衛で漫然と昇進の道を歩むより遥かに明るいかもしれぬとさえ思い始めていた。


 そこに届いた驚くべき知らせ。 オキが地獄の門前であわや自決、と。 

 一体そのオキとは本当に我が息子のオキなのか? 詳細に聞けば聞く程、信じられない思いが募る。 あの子が誰かの為に命さえ捨てようとしたとは。 直接オキに会って詳細を聞きたかったが、召喚待機中の証人及び随行人に親兄弟の面会は許されていない。 手紙のやり取りはしていたが、簡潔に事実を連絡しているだけの文面から、あの子の心情を汲み取る事は出来なかった。


 夏の終わりに届いた手紙には北に戻り次第ジンドラ子爵令嬢と結婚すると書いてあった。 式はごく内輪なものにすると言う。 そして私とオミの出席の都合を聞いてきた。

 本来なら私とオミだけが北に出向くより新郎新婦を東、或いは皇都に呼び寄せ、式と披露宴をする方が望ましい。 マッギニスが北に拠点を確立する慶事だ。 継嗣の結婚ではないから招待客は数百人程度に抑えるとしても皇族や貴族を多数招待するにはその方が都合が良い。 北で挙式となると招待しても来られない客が増える。

 小規模な式にしたい理由をオキに聞くと、ヴィジャヤン大隊長御夫妻が必ず御出席なさる。 お二人を思惑だらけの貴族の前に晒す事は避けたい、と伝えて寄越した。 明らかに自らの利益よりサダ・ヴィジャヤンの利益を優先させている。


 皇国史上最年少、弱冠二十歳で大隊長に昇進した六頭殺し。 不世出の弓の才能とは言え、能力や強運だけでは到底なし得ぬ偉業の数々。 天の意思がそこにある。 何よりあのオキをここまで変貌させた人間をこの目で見てみたい。

 そう考えた私はオミ夫妻と共に結婚式に出席するという返事を出した。 間もなく侯爵位を継ぐオミもこの生きた伝説をその目でしっかり見ておかねばならぬ。 六頭殺しの若と北の猛虎の人気は始めの頃のような一過性のものでは最早ない。

 彼らは証人として待機中、数えきれない貴族の家から招待された。 証人の受け入れは本来ならどの貴族もやりたがらない。 受け入れ側は証人の無聊を慰める為、連日連夜様々な催しや夜会をする。 それが相当な出費になるからだ。


 酒造業で知られるミッドー。 製粉業では皇国最大手のグゲン。 金融業を営み、皇国内は勿論、諸外国にさえ店舗を持つダンホフが受け入れ先として名乗りを上げた時、皆ほっと胸を撫で下ろした。 三家がいれば審議が長期化しようとも充分だろう、と。

 ところが証人達は夜会を遠慮し、あれをしろ、これが欲しいという要求を一切しない。 それどころか剣士の訓練をしてくれ、そのうえ六頭殺しの驚異の遠射が毎日見れる、と噂になった。 するとどこの家でも彼らを招待したがって争うようになり、可能な限り沢山の家に滞在出来るよう一家当たりの滞在日数がどんどん短くなっていき、最後には一日一家となった。


 世間的にはオキの北軍入隊は既に成功した投資。 しかしその成功はオキに幸せを齎すものであったのか?


 十一月に北を訪れ、四年ぶりに息子に会う。

 深みの増した瞳。 そこには私がかつて見た事のない輝きがあった。

 問うでもない。 北に、そなたの幸せはあったのだな。


 式当日、私は主賓として出席していたヴィジャヤン大隊長に挨拶した。 一見して気持ちのよい愛すべき若者である事は分かる。 だがどこからどう見ても普通だろう? そう思うや否や、この挨拶が返って来た。

「マッギニス補佐のお父上ですか。 初めまして。 いつも御子息に散々世話になっているサダ・ヴィジャヤンと申します。

 侯爵閣下は北は初めていらっしゃいますか? ぎんぎんに寒いでしょ。 こんな日は股引三枚は必須ですよね。 御子息は寒さなんて全く平気な奴だから充分なくらい股引の用意をしてないんじゃありませんか? 足りない時は俺のでよかったら差し上げます。

 今日はこれでも暖かくていいお天気なんですよ。 なにしろもうすぐ十二月だし。 雪も御子息に恐れをなして降れなかったんだろうな」

 

 冷徹不動で知られるこの私を絶句させるなど、さすがは六頭殺しと言うべきか。 初対面とは言え、皇国きっての資産家であるマッギニス家当主に向かって股引を買う金がないと言いたい訳でもないのだろうが。 又、使い古しの股引を贈る事を失礼だとも思っていないようだ。 邪気のない瞳を見ればそれは分かる。 それにしてもこれしきの寒さで股引三枚?

 そうか。 顔の大きさの割に体とズボンが膨れているように見えるのは厚着している所為なのだな。 しかし雪がオキに恐れをなすなどと本気で信じている訳ではあるまい。 すると冗談を真面目な顔で言う性格なのか? 読めぬ。

 すると私の側にいたオキが耳元でそっと囁いた。

「本気です」


 なぜかその時私の脳裏に興国の英雄、ダー・トムジックが思い浮かんだ。

 彼に纏わる逸話は数知れない。 遥か遠くまで見渡せる目を持っていたとか、しばしば周りを絶句させる天然だったとか。 彼には生涯変わらぬ友情を誓った三人の盟友がいた。

 彼の命の危機を何度も救った剣豪、プローディック。

 驚くべき戦略で劣勢の戦を勝ち抜いた知将、ワイガート。

 政治外交に辣腕を振るい、陰から支援したコナティー。

 数多の苦難をすさまじいまでの忍耐力で乗り越えた事で有名なトムジックだが、大変な寒がりだったと言い伝えられている。


 千年の時を隔てて尚、皇国の行く末を変える者達には不思議な共通点があるようだ。


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