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弓と剣  作者: 淳A
新婚
135/490

主賓

 俺達が北に帰っていくらもしない頃、マッギニス補佐から十一月に結婚する予定である事を報告された。

 お相手はリオ・ジンドラ子爵令嬢。 ジンドラ家は名馬を産出する牧場として有名だ。 去年俺の小隊は全員そこで行われる馬の品評会に行ったんだが、どうやらその時の出会いがきっかけらしい。

 すると皇太子妃殿下お出迎えに彼女を名指しした時には既に結婚するつもりでいたのかも? うーん、深謀遠慮のマッギニス補佐らしいアプローチだ。 俺にはとてもやれそうもない。

 とは言うものの、意外と言えば意外だった。 マッギニス補佐には普段から女の影が一切ないだけでなく、結婚したいと望んでいるような雰囲気が全然なかったから。

 マッギニス侯爵家と言えば皇国有数の名家。 そこの正嫡子で次男。 しかも賢い。 将来有望なんだから結婚話なら伯爵の三男でおばかな俺よりずっと沢山持ち込まれたはず。 なのに見合したとさえ聞いた事はなかった。 身分違いの女性と付き合ってるとか、身の回りの世話をする女性がいる様子もなかったし。

 まあ、俺だって結婚する気がなかったのにしちゃったんだから他人の事は言えないけどさ。 ただマッギニス補佐の場合は自分でジンドラ家に結婚の申し込みに行ったと言っていた。 なら俺のようなやむにやまれずと言う事情でもないだろう。


 何はともあれ、お目出度い事だ。 マッギニス補佐にどんな心境の変化があったのかなんてどうでもいい。 ちょっと変なのは、この結婚が決まって以来かなりの数の人からトビの様子を聞かれた。 どうしてマッギニス補佐が結婚するからってトビの事を聞かなきゃいけないの? いつも通りに決まっているじゃないか。


 ところでトビによると特務大隊長の任務が成功した場合、翌年正式な大隊長に就任するのが慣例なんだって。 俺の場合イーガンの災害救助が任務でイーガン駐在兵は全員無事本隊に帰還した。 つまり成功した、て事になる。

 と言う事は、俺の昇進と同時にマッギニス補佐も来年正式に大隊長補佐となる訳だ。 自分の昇進なんてうっとおしいだけだが、俺の為に命をかけてくれた彼が昇進する事になったのは喜ばしい。 俺には大隊長なんて荷がかち過ぎだけど、マッギニス補佐にはどんな仕事だろうと簡単にこなす能力がある。 大隊長補佐も問題なくやってくれるだろう。

 と思って大隊長補佐の昇進祝いを準備するようトビに頼んだら、大隊長補佐への正式就任は再来年になると言われた。 考えてみればマッギニス補佐は上級兵から中隊長補佐になった。 それだけでも二階級特進。 そのうえ同じ日に特命とは言え大隊長補佐になるだなんて異例もいいとこだ。

 それが可能だったのは、補佐は原則として北軍が任命するのではなく、補佐される隊長が選ぶ事になっているから。 中隊長から大隊長に昇進したら補佐もそのまま同じ者を、と指名する人が多いので、補佐の特進なら許されている。 但し、その場合最初の年は仮就任。 次の年に正式就任となるんだって。

 仮だろうと正式だろうと俺に別の補佐を指名する気はない。 マッギニス補佐の正式就任は決まったも同然だ。 この昇進は彼の義父母となるジンドラ子爵夫妻を更に喜ばせたと思う。 まあ、マッギニス侯爵家の次男というだけでジンドラ家にとってはエビで鯛を釣ったみたいな気分だろうけどな。


 とにかく日頃から散々世話になっているマッギニス補佐の結婚だ。 何か結婚祝いを贈ってあげたいと思い、トビに相談した。 地獄の門で俺に見せてくれた彼の献身に対し、何かお礼したいとは思ったが、結局何もしなかったし。 お金も言葉も、ましてや物を贈るなんて受け取ったものの大きさに比べて相応しくない気がしたんだ。

 審問が終わった後で師範に聞いた時も似たような事を言われた。

「マッギニス補佐へのお礼、どうしたらいいと思いますか」

「今は俺達の心に留め置くだけで充分だろう。 用意周到なあいつが俺達の助けを必要とする日が来るとも思えんが。 いつかそういう日が来ないとは誰にも言えんしな」


 でも結婚祝いなら物を贈ってもいいだろう。

「なあ、トビ。 新婦に羊皮の裏打ちしてある綿入れをプレゼントするって、どう?」

 これはすごい暖かい優れもので、冬の間は手放せない。 俺は二枚持っている。 リネにも本格的な寒さが訪れる前にかわいい刺繍入りの奴を買ってあげるつもりだ。 ついでにもう一枚買って新婦にプレゼントすればマッギニス補佐の隣にいても凍えることはないだろう。 中々実用的でいいんじゃないかと思ったが、トビに反対された。

「奥様以外の女性にお召し物をお贈りになる事はやめた方がよろしいかと存じます」


 トビにそう言われて初めて気が付いたが、確かに妻が他の男から(この場合リネと俺の連名で贈るつもりではいるが)贈られた服を着ているというのは夫にとって気分のいいものではない。

「えーと、じゃあ、夫婦綿入れというか、夫婦お揃いならどうだ?」

「マッギニス補佐が綿入れの類を着るでしょうか? 少なくとも私は着ていた所を見た事がございませんが」

 それもそうだ。 綿入れは室内着として北軍の兵士なら普通誰でも着ている。 俺達は同じ兵舎に住んでいるし、急な呼び出しをした事もあるからしょっちゅう見かける格好のはず。 だけど俺も今までマッギニス補佐がそんな物を着ているのを見たことはない。 マッギニス補佐は夏でも長袖に長パンツだが、冬だからと言って特に厚着をしたりしないんだ。


「うーん。 なら毛布とかは? 北にはとても暖かい羊皮の上掛けとかもあるだろ。 家族だって増えるだろうし、お客さんにも使える。 毛布なら何枚あっても邪魔になるものじゃない」

 何と言ってもマッギニスの奥さんはこれから毎日あの冷気の塊と共に寝るんだ。 寒さに震える時の暖かい一枚ほど有難いものはないに違いない。 とは思っても口に出したりはしないが。

「それでしたらよろしいかと存じます」

「じゃ、それを適当に見繕っておいて」

「畏まりました」


 すると何事にも手際のいいトビが見た目もなかなかいいやつをすぐ見つけてきた。 そのでっかい箱に入ったその温かい毛布と、御祝儀五十万ルークをマッギニス補佐に贈った時に聞かれた。

「大隊長。 式は十一月二十三日を予定しているのですが、主賓として参列して戴けないでしょうか?」

「主賓? 俺が? 確かに俺はお前の上官だけど。 お前の家柄から言っても現在の地位から言っても将軍を主賓に据えるべきなんじゃないの? お伺いしたけど将軍の御都合が付かなくて断られたのか?」

「大げさな式にするつもりはないのです。 父母と兄夫婦が参列しますが、身内でも出席するのはそれぐらいで。 それ以外の親戚を呼ぶつもりはありません。 軍内ではタケオ大隊長とポクソン補佐御夫妻、そして小隊の四名を招待しただけです。 私の希望がそうなら合わせる、とジンドラ家に言ってもらえましたので。 参列者五十名程度の内輪の式となります」

「式さえしなかった俺が言うのも変だが、それってずいぶん小規模に抑えたな」

「今は派手な式をしてよい時期ではないと判断致しました」


 ジンドラ家の方ではマッギニス家との姻戚関係が出来た事を世間に大々的に宣伝したかっただろうに。

 マッギニス家だって名馬で知られた家との姻戚関係は喜んだんじゃないか。 マッギニス補佐自身も北との繋がりを深めるのは北軍で昇進するのに有利と考え、盛大な式にしようとしたはずだ。 今までのあいつなら。

 どこがどう変わったかなんて言えない。 でも皇都から帰って以来のマッギニス補佐は以前とちょっと違うような気がする。 ともかくそういう事なら、と俺は主賓として出席することを承諾した。 


 いくら内輪な式とは言え主賓として招待されたんだ。 俺は正装である儀礼服を着ていく。 大審院審問で待機している間、兄上が仕立て屋を派遣してくれて俺達四人分の儀礼服を誂えてくれた。 審問に行く時は正装でないとまずいんだって。 大隊長ともなると中々きらびやかで豪華だ。

 でも特命任務は終わったから俺は中隊長に戻った訳で。 大隊長儀礼服を着る訳にはいかないんじゃないの、とトビに聞いた。

「一旦特務大隊長に任命されましたら任務が終了しても年内は大隊長扱いとなります」

 そう言われて、ほっとした。 実は、俺は中隊長儀礼服ってやつを持っていない。 まあ、一日だけの事だ。 いざとなれば誰かから借りてもいいんだけどさ。 儀礼服には必ずその人の家紋の刺繍が入っている。 だから借り物って事がすぐ分かる。 主賓として出席するのに借り物の礼服だなんて。 マッギニス補佐は何も言わないかもしれないが、実家やジンドラ家に対して恥ずかしいだろ。


 そう言う訳で俺は大丈夫だが、リネの正装はどうしたらいいかカナに聞いてみた。 花嫁が主役なんだから出席者が派手な服である必要はない。 でも主賓である以上、普段着ではまずい。 礼装を持っていないだろうからこの機会に何か買ってあげたい。

 するとカナがヴィジャヤン家の家紋入りのドレスを取り出してきた。 色白のリネに似合いそうな光沢の美しい深い緑に手の込んだ白いレースを贅沢に使ってある。


「これ、どうしたんだ?」

「大奥様より奥様への贈り物でございます。 これからはこういう服を着る機会もあるだろうから、とおっしゃいまして。 冬用には緑。 夏用には水色をお預かりして参りました」

 早速リネに着た所を見せてもらった。 上品なドレスを身に纏い、母上から戴いた首飾りを付け、ぴんと背筋を伸ばしたリネはどこから見ても美しい貴婦人だ。 俺は思わず感嘆のため息をついた。

「きれい。 すごくきれいだよ、リネ」

 これを見ると、面倒くさいというだけで結婚式をやらなかったのはかわいそうだったかな、て思う。 リネの花嫁姿なら華やかさを抑えたこのドレスを着た時より更に美しいに違いない。 後から式をやる人もいる。 今更だけど、リネに聞いた。 

「こんなにきれいなんだ。 お父さんとお母さんに見せたいんじゃない? 結婚式を挙げたいか?」

「いいえ。 お式を挙げるとなったら旦那様の関係でお呼びする方々はどなたも高貴な御方ばかりですよね? 粗相のないようにおもてなしするには準備が大変です。 いつまた旦那様がお仕事で急にお出かけになるか分からないですし。 旦那様がいる内はなるたけお側に、少しでも一緒にいたいんです」

 うん、そうだよな。 俺もそう思う。

 リネが俺と同じように考えてくれていた事が嬉しくて、そっと抱き寄せた。


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