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弓と剣  作者: 淳A
新婚
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帰宅  リッテルの話

 十月に入って、ようやく若が帰って来た。 勝手知ったる若の家。 ここの合鍵も貰っている。 俺は午後、仕事が一段落すると若の家に行き、真っ先にトビを捕まえて聞いた。 


「おい、トビ。 とうとう大隊長が帰ったんだってな」

「はい。 お昼過ぎに無事、お戻りになられました」

「で、どうだった?」

「どう、とは?」

「感動の御対面だろ?」

「……リッテル軍曹に、そのような下世話な関心があったとは存じませんでした」

「ああ、あるぜ。 おおありだ。 で、存じた訳だ。 焦らすんじゃねえ。 さっさと吐け」


 そこで素直に吐くならトビじゃねえ。 誰でもがびびる俺の脅しも蛙の面にしょんべん。

「後で若便りをお読みになったら如何ですか」

 そう言い捨てて執務室に入るとドアを閉めやがった。 ちっ、かわいくねえ奴。

 まあ、それぐらいで驚きゃしねえが。 こっちだって最初から奴から聞き出せるとは思っちゃいない。 だが家には他にも誰かいたはず。 誰が見ていた?

 そこに両腕に食料をしこたま抱えたフロロバが思い出し笑いをくつくつしながら帰って来た。 お、あの様子じゃ一部始終見ていたな。


 荷物を半分受け取って台所に運ぶのを手伝ってやり、そこで洗いざらい聞いた。

「大隊長ったら。 もー、かわいい新妻を前にして緊張したんでしょうねえ。

『ただいま。 夫のサダだ、よろぴくな』って、これですよ。 あっはっはっ。 

 いやー、申し訳ないですけど、俺その場で、ぶーっと吹き出しちゃいました。

 御本人も、あ、しまった、て顔したんですよ?

 奥さんは大隊長の事、大分崇拝してたみたいですけど。 何せ本人はああですからねえ。 会った途端にのけぞると思っていたんですが。

 あっけにとられたお顔はしてましたけど、さすがメイレのぶっとんだ自己紹介にも逃げ出さなかった御方だけあります。 立ち直りがすばやいって言うか。

『妻にしていただいたリネです。 どうぞよろぴくお願いします』だって。 

 くっくっくっ。 どうやらそれが大隊長のつぼだったみたいで。

 まあ、大隊長でなくたって『よろぴく』なんて言われたらぐっとくるじゃないですか?

 で、『俺達の部屋、どこ?』

 二階の一番奥、と聞いた途端、奥さんをさっと子供みたいに抱きかかえて。 だだだっと駆け込んで、それっきりって訳です。

 もう、熱いのなんのって。 いいですねえ、新婚ってのは。 あれ見たら俺もちょっとは結婚してもいいかなって気になりました」

「へえ。 誰か紹介しようか?」

「あはは、まさかほんとにしたりはしませんよ。

 それにしてもずっと軟禁状態って聞いていたから、さぞかし体がなまっているんじゃないかと心配していたんですけど。 五十キロ抱えてあの速度で階段が駆け上がれるなら大丈夫ですね。 屋内鍛錬でもしていたのかな?

 でも弓の方まではやらせてもらえなかったでしょうけど。 皇都の邸宅には的場がちゃんとある所って少ないし。

 ま、詳しい事は大隊長から直接聞いたらいいじゃないですか。 一発やってすっきりさせたら夕飯には出てくるでしょ。 どちらも初めてなんだから初日から飛ばさなくても、ねえ?」

「おいおい、野暮は言いっこなしだ」

「ま、そう言えばそうですね。 燃えてるお二人さんは、ほっときましょう。 明日まで部屋に籠りたいっていうなら後でなんかつまめるものでも差し入れるし。

 そんな事よりこちらはこちらでお祝いしなくちゃ。 なんと言っても無事の御帰還!

 中隊長昇進のお祝いだってしてないし、結婚式だってやってない。 大隊長に特命されたのも、イーガンの連中が全員無事帰還したのも。

 とにかくお祝いの種は尽きない訳ですから今日は大奮発しました。 ほら、見て下さい。 尾頭付き、鴨のロースト、鳥の照り焼きに牛の串焼き!

 どうです? すごいでしょ。 タケオ大隊長とポクソン補佐、あとマッギニス補佐も夕飯に間に合うようにいらっしゃるそうです。 勿論リッテル軍曹も食べていくでしょ?」


 ああ、と言おうとしたら、突然ばたんとドアの音がしたかと思うと、誰かが二階からばたばた駆け下りてくる音がする。 台所から顔を出して見ると若だ。 顔色を変えて聞いてくる。

「メイレはどこっ?」 

「何焦ってんだ? まさか生娘とやったら血が出るって事さえ知らなかった、とか言わねえよな?」

「え? ……そ、そうなんだ?

 あの、じゃあ、お医者さんに見せなくても大丈夫?」

 それを聞いて笑い悶えるフロロバの声が家中に響いた。

「あーっはっはっ、お、お医者さんって! しょっぱなからお医者さんごっこやるの? 飛ばし過ぎだろー。 

 あ、し、死む、死んでまう」

 それを聞きつけて、何事か、とトビが執務室から出てきた。 当然若にも丸聞こえ。 いくらにぶにぶの若でも察しただろうが、念の為一言言っといてやるか。


「大隊長。 大丈夫だからって調子に乗るんじゃありませんよ。 向こうは大隊長に気に入られたくて一生懸命なんだ。 それぐらい言われなくても分かっているとは思いますがね。

 夕飯は御馳走だっていうし、二発目は夕飯後まで待つくらいのいたわりを見せてください。 こういうのは数射ちゃいいってもんじゃねえんだから」

 そう言う俺に、若がこくこく頷く。 

「あのう、お医者さんごっこ、て」

「旦那様。 奥様がお部屋でお待ちなのでは?」

 トビの有無を言わせぬ声に、ぎくっとした若は、そそくさと部屋に戻っていった。


 修行の足りないフロロバは立っていられなかったようで、台所の床にころがってまだ笑っている。 しょうがねえ奴だ。 そんな調子でちゃんと十二人分の料理が出てくるのか?

 まあフロロバはともかく、トビもトビだ。 主をあそこまで天然にしたまま放っておくって。 一体何を考えているんだか。

「お前なあ、大隊長をお蚕ぐるみにするのも程があるだろ」

 そうトビに言ったら、いかにも心外という顔をする。

「お医者さんごっこについて何を教えろとおっしゃるつもりか存じませんが、旦那様をお蚕ぐるみにした覚えはありません。 そちらの方面に疎い御方であるとは承知しておりましたが。 なぜか夫婦生活に関する御質問は全くなく、聞かれもしない事を説明のしようがなかっただけです。

 そもそもこういった事は従者が教えると言うより、年上の御友人や酒の席での猥談などを通じ、自然と知るものなのでは?

 確かに入隊前の旦那様にはそのような御友人はいらっしゃいませんでしたし、お兄様はお二人いらっしゃいますが、そういった話題が上るような間柄ではございませんでした。

 しかし北軍には女性の扱いにお詳しい方、教えたがりの方が目白押し。 酒席に招待される事も多く、旦那様の御交友も今では中々幅広いと申せましょう。 ですからあそこまで何も知らずにおられたとは、正直な所、私にも予想外でした」


 ふーん。 知らないのはBLだけじゃなかったのか。 そりゃ悪い事したな。 ここまで物知らずと分かっていたら事前に手ほどきのひとつもやってあげたんだが。

 いや、外野が余計な口は挟まん方がいいか。 初めて同士なら初めてなりに何とかなる。 それが夫婦ってもんだろ。 誰から何を教えられんでもな。


 俺はまだ笑いの止まらないフロロバの尻を蹴り飛ばして気合いを入れ、鳥を捌くのを手伝い始めた。


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