のど自慢大会 第一駐屯地商店街青年部での会話
秋祭り準備会は町の若衆が中心にやっていて、初夏の頃に最初の集まりがある。 軍の事情に結構詳しい魚屋が初っ端に爆弾を落とした。
「おい、今年の秋祭りには若様がいないって話だぜ」
「「「ええっ!?」」」
「いないって、どうして?」
「一体何があったんだ?」
「皇都から呼び出し食らったんだと。 祭りに間に合う事は万に一つもないってさ」
ぐうっ。 うえっ。 ちぇっ。 あまりに悪い知らせで様々な失望の音が漏れる。
「じゃあ今年は若様抜きで若踊りやるのか? つまんねえなあ」
「まあ、若様がいなけりゃ踊れないって訳じゃねえけどよ」
「だけど若様がいなけりゃ、あの引き込まれてつい踊りたくなる気分には、ちょっとなれねえだろ」
米屋のもっともな言葉に八百屋が大きく頷いた。
「それでなくとも今年こそは若様と一緒に踊りたい、て待ちかねている奴がいっぱいいる。 他所の町からだって泊まりがけで来る気満々だったのに。 それじゃ予約取り消しになるんじゃねえ?」
それを聞いて宿屋の息子の顔がさっと曇る。 去年の二倍の人出を見込んで臨時雇いの手配までしていたんだから無理もない。
金物屋の番頭が呟く。
「気の抜けた祭りになるなー」
「このまま諦めるのか?」
「うーん。 しかし若様の代わりになる程、強烈な奴って北軍にいるか?」
「なにしろ『イーガンの奇跡』だもんな」
「大峡谷の向こう岸に矢が届くなんて、さすがは六頭殺しだぜ」
「それにもし強烈な奴がいたとしたって、あんな風に踊ってくれるもんか。 頼んだって無駄だと思うぜ」
「なんてったって若様の場合は頼まれもしないのに踊っただろ。 気が付いたら、て感じでさ。 あそこに何とも言えねえ味があるんだよな」
「そ。 しかもあの決めポーズ。
ひゃらひゃら、ぴっ。 ひゃらひゃら、ぴっ。
かっこいいよな」
そう言って服問屋がヒャラ踊りをして見せる。 それを見て密かに闘志を燃やしたのは俺だけじゃないだろう。
「こいつ、しっかり練習してやがったな」
「へっへっへっ。 祭りの後、すげー流行ったからな」
そこで魚屋が更に悪い知らせを齎した。
「それよりさ、お囃子の笛吹きも北の猛虎じゃないんだと」
「えーーっ! なんで?」
「そっちも若様と同じ理由」
「ちぇっ。 上の奴らときたら。 下々のもんが祭りをどんだけ楽しみにしているかなんて知りゃあしねえ」
「まあ、笛の方は代わりが来るっていうし。 そいつだってただで笛吹いてくれているのに文句を言ったら悪いだろ」
はあー、と全員で大きなため息をついた。
「しかしそうなると、まずいなあ」
「ああ。 去年並みどころか、その前の年並みもいかねえ、となるんじゃ?」
「このままだったらな。 何かないかね?」
「けど他に何かやらかすって言ってもさ、何がある?」
互いの顔を見合わせるばかりで、いい案が出て来ない。
しばらくして金物屋の番頭が言った。
「おい。 この際、発想の転換ってやつだ。 若様がいないなら若様の奥さんをひっぱり出すってのはどうだ?」
「え? 踊ってくれそうな人なのか?」
「いや、踊りじゃない。 歌だ。 うまいんだぜー。 洗濯している最中によく歌ってるんだけどよ。 あれが聞きたくて洗濯日和になるとわざわざ若の家がある湖に散歩しに行く奴が結構いるんだ」
「でも歌ってくれって頼んだって舞台にあがってくれるかねえ?」
「うん。 本職でもないのに。 無理だろ? いくら普段歌っている人だってさ」
「あー、そうだな。 確かに一人で舞台にあがって歌ってくれと頼んだら無理っぽい。 そこで、だ。 のど自慢大会ってどうだ?」
「「「のど自慢大会?」」」
「歌がうまいやつなら他にもいるし。 若様の奥さんが出るって宣伝したら、すごい盛り上がると思うぜ」
「おお。 それ、いけるかもな」
「いける、いける。 それなら若衆だけじゃない。 本部だって気合いが入るだろ」
「奥さんが出るって言えば、きっと女子会の連中もはりきるだろうし」
その言葉にみんなの目が一際輝いた。 そこで俺達の中で一番年長の本屋が聞いてきた。
「そりゃ中々いい案だが。 肝心の奥さんには誰が話を持っていく? 俺達の誰かが直接話を持って行ったって断られると思うぜ」
「それは、まあ、そうだろな」
「そもそも会ってもらえないんじゃねえか?」
「あ、それ。 俺も聞いた事ある。 すげー警備が固いって話だ。 敷地に続く道の入り口に検問所があってよ。 そこで会いたい理由を必ず聞かれるんだと」
「その理由がのど自慢大会出場じゃあなー。 取り次いでもらえねえ」
「町に買い物に来る、て話も聞かねえし」
「ばーか、何言ってる。 若様って大隊長になったんだぞ。 大隊長夫人自ら買い物なんかに出歩くかよ」
「誰だって野菜を買いに来るとは思わんさ。 でもドレスとか宝石とか、女が買いたがるような物があるだろ。 なのに贔屓の店が出来た、ていう噂もねえ」
「でもお前、この間奥さんが町を散歩しているのを見た、て言ってなかったか?」
「おー、見た見た」
「一緒にいる侍女ってのが半端じゃねえんだって?」
「ありゃ、ホンマジってやつだな。 睨み殺されるんじゃねえか、て思ったぜ。 おっかねえのおっかねくねえのって。 びびったー。 とてもじゃねえがシラフじゃ近寄れねえ」
そう言いながら米屋がぶるっと震える。 たぶん思い出したんだろう。
「雪かきしてる所なら見た事ある奴、結構いるんだけどなあ」
「お、それなら俺も見た事ある」
「すげー力持ちなんだって?」
「ああ、ぶったまげた。 雨から大雪になった日あっただろ? あの時の雪をさっさっさって。 あれ見たら俺も鍛え直さなきゃな、てつくづく思ったぜ」
「「「へえー」」」
「まあ、六頭殺しの妻が普通の女じゃ務まらねえよな」
「だけど出入りの業者ぐらい、いるんじゃねえの?」
「そりゃいるさ。 でもそん時出て来るのは従者様だ」
「あの人だって充分おっかねえよな」
「まあな。 うかつな事は言えねえっていうか」
「数の数え間違いとか、ぜってえ見逃さねえし」
「他の住み込みだって隙がねえ」
そこでふと思い出したように魚屋が言う。
「他の住み込みって言えば。 お前、確か若様の家の料理番に伝手があったんじゃなかったっけ?」
「うん、まあな。 よく店に来るし、結構話す人なんだ」
「錠前なんか引越した時に付け替えりゃ後は一生行かなくても済む店だろ。 一体に何の用で?」
「さあ? 練習とか何とか言ってたけど」
「料理番って、あのぽっちゃりした、去年若様と一緒に踊った人?」
「あの人ならのりがよさそうだな。 もしかしたら奥さんをその気にさせる事も出来るんじゃね?」
「じゃ、その線でいってみるか?」
「だめもとだしな」
根回しの甲斐があって、その年の秋祭りでは例年通りの獅子舞の他に第一回のど自慢大会が開催された。 若様の奥さんが出場するという噂はあっと言う間に近隣の町まで広まり、理由は分からないが、すごい数の貴族がかなり遠くの町から泊まりがけで来たらしい。 秋祭りは去年の二倍の人出を記録した。
十五名の美声が競い、誰もが聴衆の喝采を浴びたが、大賞は「六頭殺しの若に捧げる歌」を歌った若様の奥さんが獲得した。




