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弓と剣  作者: 淳A
新婚
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女剣士  シナバガー男爵令嬢の話

 人間は現金な物。 位が高い者には媚びへつらうし、低い者を見下げるわ。 金のあるなしも同様の扱い。 そして女性の場合、それにもう一つ加わるの。 美しいか美しくないか。


 お父様に正嫡子の男子はいないから長女の私が爵位を継ぐ事になっている。 爵位はないよりましだけれど、シナバガー男爵家はお金持ちではないと知られているからそれだけで求婚者が鈴なりにはならないわ。 自分に資産があればある程、配偶者の資産が気になるのは当然でしょう。 結婚に関して計算高いのは殿方だとて変わりはないのですもの。

 幸い私は人目を引く美しさを他の誰より沢山持っている。 母譲りの美しい肌。 父譲りの翡翠の瞳。 そして外国からお嫁にいらしたおばあ様にどこか似たエキゾティックな顔立ち。 シナバガー男爵令嬢と言えば誰もが知る北の名花。

 とは言え、いくら元が良くても努力せずに美しさに輝く女性になれる訳ではない事くらい御存知よね?

 美しさとは自分を磨くのにどれだけ時間と手間とお金をかけたかだわ。 化粧もしないぼろを纏った女が、ぼさっと突っ立っているだけで誰が振り向くものですか。


 既に美しいのに、どうして更に磨きをかける事に必死になるのか、ですって? 美しければ美しい程、上等な夫が手に入るからに決まっているでしょう?

 誰もが羨む殿方を射止めるには美しさこそが最大の武器なのよ。 お金や爵位がなくても美しければ皇王陛下の寵妃になる事も不可能ではないのですもの。 世間もそれをよく承知しているからこそ私の美しさをもてはやすのだわ。 いつか自分の上に立つ者の妻になるかもしれないと思うから。


 但し、私は爵位が上でお金持ちでありさえすれば上等と言うつもりはないの。 高貴な生まれである事を鼻に掛け、努力しない殿方に興味はないわ。 だから六頭殺しの若という英雄が現れた時、この御方こそ私が長い間待ち望んでいた夫だと思ったの。 男爵家令嬢では位が少々低いけれど、いずれ爵位を継承するのだし、若様は伯爵家の三男。 私の美貌さえあれば、きっと婿入りする気になって戴けるに違いないって。


 ある限りの伝手を頼り、モンドー将軍様にお見合いの話を持って行く事には成功したのよ。 将軍様も予想以上に乗り気でいらして。 これはもしかしたら、と期待に胸を膨らませたのだけれど。 結局、本人にその気がないと断わられて話は立ち消えとなった。

 社交界で聞く噂によれば公侯爵令嬢でさえ若様に縁談を申し込んだのに断られたのだとか。 北には子爵までしかいないけれど、考えてみれば御実家は西。 そちらからの御縁だってあるだろうし、ヘルセス公爵令嬢が義理のお姉様。 そちらの姻戚関係からも申し込まれるでしょう。 加えておばあ様や叔母様である東軍副将軍夫人を始め、御親戚が東に沢山いらっしゃる。

 そのうえ若様のお父様は皇都で皇太子殿下御相談役となられた。 皇都に勤める官僚の令嬢からも申し込まれないはずはないし、御先祖様が南出身で、お兄様がそちらにお住まいなのだとか。 もう皇国全土からお話が降るように届いているに違いないわ。


 本当にがっかりしたけれど諦めるより仕方がない。 もし公爵令嬢からも申し込まれているのだとしたら男爵なんて数の内には入らない。 北では賞賛される私の美貌も皇国一と自惚れる程ではないのだもの。

 時が経つにつれ、若様の名声はますます高くなるばかり。 この分では皇王族からの御降嫁があっても不思議ではないと誰もが思っていたのよ。 私を含めて。

 

 ところがある日突然、若様が御結婚なさった。 その噂を初めて聞いた時は本当に驚いた。 確かにお申し込みは掃いて捨てる程あったでしょうけど、婚約したとは聞いていないのに。 いきなり御結婚ですって? あまりに急なお話で、すぐにはとても信じられなかった。 しかもこの知らせを最初に伝えてくれた友達にお相手はどなたかを聞いたら。


「リネ・タケオとおっしゃる方よ」

「タケオ? そのような姓の貴族、北におりましたかしら? もしや北の御出身ではございませんの?

 どちらの爵位をお持ちなのか、御存知?」

「あら、爵位など持っておりませんわ。 平民ですもの」

「え?」

「北の猛虎の妹なんですって。 兄の紹介でまんまと妻の座を射止めたのでしょうね」


 その衝撃。 平民? 平民ですって?

 そんな馬鹿な。 それでは私は一体今まで何を遠慮していたと言うの?

 それとも猛虎の妹は若様を射止める程の美貌の持ち主?


 若様を高嶺の花、と諦めていた事が悔しくてならない。 それにも増して募る好奇心。

 若様は端正な顔立ち、大峡谷を背にした勇姿で皇国中の女性の心を射止めた御方なのよ。 イーガンの奇跡と呼ばれる大峡谷を跨ぐ遠射を成し遂げられ、その名声は更に高まっている。 あの若さで大隊長へと昇進なさり、望めば手に入らない女性はないと言うのに。 わざわざ平民を選ぶだなんて。 きっと何か理由があるはずだわ。


 それで春に社交の季節が始まると、私はすぐにヴィジャヤン夫人へお茶会への招待状を差し上げた。 けれど美しい筆跡で、丁寧なお断り状が返って来た。 お手紙を見る限り平民出身とは言え貴族並みの教養がおありのよう。 少なくとも無学文盲ではない。

 だけど元平民のくせに。 貴族の招待状を断るなんてどういうおつもり?

 悔しいけれど大隊長は退官したら準伯爵位を拝領する貴族。 つまり彼女は準伯爵夫人。 だから子爵夫人や男爵夫人の招待状を断っても非礼には当たらない。

 それに噂では沢山の貴族が同じように招待状を出している。 お茶会、夜会、観劇にお花見と、いずれにも御出席になってはいらっしゃらない。 私だから断られたとか、男爵だから断られたのではない様子。


 どうすれば若様を射止めた女性にお会い出来るのかしら? 誰もお会いした事のない方に会ってお話し出来たら、それだけでいい自慢の種になるわ。 でも招待されてもいないのにお宅を訪問する訳にはいかないし。 どこにもお出掛けにならない御方と、どこかで偶然会うなんてあり得ないでしょう。 

 そう言えば、第一駐屯地周辺の街には私が贔屓にしているドレスの店「ヴァサダニ」がある。 私の家からそれほど遠くはない。 他の店にも寄ろうと思えば一日で往復するのは難しいけれど、ついでに友達を訪問すれば北軍での噂を仕入れる事も出来るわ。

 そう考えた私はドレスを新調したいとお父様にねだり、友人宅に泊まる手はずを調え、まず「ヴァサダニ」に立ち寄った。 ここは北で最高級の品揃えを誇るお店の一つ。 準伯爵夫人なら当然ここで少なくとも一着はお召し物を誂えるだろう。


 私が行くといつも店主自らが対応してくれる。 早速若様の奥様がどういう御方なのか聞いてみた。

「どう、とお訊ねになられましても。 誠に残念ながら当店にはまだお越し戴いていない為、分かりかねます」

「まあ。 これ以上のお店が北にありまして?」

「それはお客様よりの最高の賛辞と申すもの。 身に余る光栄でございます。 然し乍ら当店はドレス専門店。 ドレスでしたら各種取り揃えてございますが、聞く限りではヴィジャヤン大隊長令夫人はドレスをお召しにはならない御方のようで」

「ドレスじゃないなら何を身につけると言うの?」

「これは私の推察に過ぎませんが。 普段着か道着の類ではないでしょうか」

「道着?」

「噂ではかなりの剣の使い手と聞き及んでおります」


 それだわ。

 北の猛虎に憧れ、遥々北軍へ入隊なさった若様の事だもの。 きっと女剣士というのはそれだけで誰より魅力的と思われたに違いない。 北の猛虎の妹なら相当の腕なのでしょうし。 悔しいけれど、それなら納得も出来るわね。


 あーあ。 英雄の妻の座を射止めるには美しさだけでは駄目なのかしら。

 それはそうよね。 美しさは移ろうもの。

 英雄と呼ばれる程の殿方の心を掴むなら何かもっとあっと言わせるものが必要だったのだわ。

 けれど剣なんて。 それは殿方が振り回すものでしょう?

 そんな野蛮な。 淑女がやるべき事じゃないわ。

 まあ、それだけに誰でも驚くでしょうね。


 ……。

 私も剣を習ってみようかしら?


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