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弓と剣  作者: 淳A
新婚
126/490

厚着  リネの話

「奥さん、どこにいるっ!?」

 あの冷静沈着なリッテルさんの、ものすごく焦った大声が家中に響いた。 一体何が起こったの?

 はい、と返事をしながら急いで二階から駆け下りた。 

「どうかしたんですか?」

「今すぐ俺に付いて来てくれ!」

 言われるまま取る物も取り敢えず馬に乗ると、リッテルさんが私の後ろに飛び乗って言った。

「馬の鬣にしがみつけ。 振り落とされないように!」

 そして馬に鋭い鞭をくれ、そのまま大通りが見える所まで一気に突っ走った。 すると第一駐屯地の方向からこちらに向かって、ものすごい勢いで走ってくる兵士らしき一団が見える。

「奥さん、あの中に若がいる。 手を振ってリネですって叫べ」

 ええっ? その一団は、もう目の前。 馬で駆け抜けて行く人達に向け、私は思いっきり叫んだ。

「旦那様、リネですっ!!」


 聞こえたかしら? 無理っぽいよね。 いくら私が大声だってあんなに沢山の馬じゃ蹄の音に掻き消されたと思う。 それに十人以上いたから私にはどの人が旦那様なのか分かんなかった。 リイ兄さんもいたのだけは確かだけど。

 ただ一人だけこちらに振り向いてくれたよね。 あの人、ちょっと色黒だった? もしかしてあの人が旦那様?

 まあ、それは私の気の所為かも。 だってみんな防寒具に身を固め、顔も覆われていたし。 目が出ているくらいで。 あの振り返ってくれた人なんて特別もこもこ着膨れしていたな。 雪だるまっぽい感じ。 まさかあれが若様、て事はないでしょ。


 家に戻ってからリッテルさんが教えてくれた。

「若は特務大隊長に昇進しました。 あれは皇都に向かっていたんです。 大審院に証人として呼ばれたんで」

「はあ。 それで、その、いつお帰りになるんでしょう?」

「申し訳ないですが、行き先が行き先なだけに。 いつ戻れるか誰にも分からないんですよ。 大審院てのは将軍でさえ手が届かない所でしてね」


 あーあ。 また待つのかあ。 今度はどれぐらい待つ事になるんだろ?

 まあ、帰る日が分かった所で私に出来る事はただひたすら待つだけ。 でも毎日剣の稽古したり家事をこなしたり、する事いっぱいあるから別にいいけどね。 なにせ家がこの大きさだし。 庭もすごく広いから雪かきするのだって結構大変。


 そうこうしている内に旦那様が私の前をあっと言う間に通り過ぎていった日から一ヶ月経った。 ある日なんと私宛に皇都にいる旦那様から手紙が届いたの!

 自分宛の手紙だなんて受け取ったのは生まれて初めて。 トビから手紙を受け取る手が微かに震えちゃった。 開封すると、そこにはただ一行。


『もっと厚着しろ。』


 そりゃ、リネへと、サダより、も数えれば三行になるけど。 これって何かの冗談? だけど冗談を伝えるためにわざわざ手紙を書くっていうのが今一つ分からない。 貴族の習慣、て事はないか。

 でも裏をひっくり返したってその他には何も書いてない。 まさかあぶり出しになっている、とかじゃないよね?

 字もあんまりきれいとは言えないし。 本当に旦那様がお書きになったのかしら。 そりゃ私の字だって大した事ないから人の事は言えないけど、農家の娘の私とあんまり変わらないレベルって。 貴族の若様とすればちょっとまずいんじゃないの?

 これって旦那様の名を騙って誰かが出した偽手紙だったりして。 私みたいなちんちくりんが妻になったのが気に食わない、て人もいるでしょ。 だけど、厚着しろ、じゃ悪口や嫌がらせでもないような。


「あの、トビ」

「はい、何でございましょう?」

「旦那様からの手紙には一行しか書いていないんだけど」

「旦那様は一行以上のお手紙をお書きになられた事はございません」

「え?」

「実は、私もカナに教えられるまで知らなかったのですが。 旦那様は子供の頃、お父上であられる先代様に、手紙とはだらだら書くものではない、端的にまとめるように、と叱られた事があったそうです。 それ以来、旦那様のお手紙は常に一行のみになられたのだとか」

「へえ、そうなんですか。 じゃ、やっぱり冗談って訳じゃないんだ」

「冗談、とおっしゃいますと?」

「だってそろそろ寒い季節が終わる頃なのに、厚着しろって書いてあるから。 どういう意味なのかなと思って。 第一私、もう充分厚着ですよね?」

「奥様。 旦那様がお帰りになればお分かり戴けるかと存じますが、旦那様は大変な寒がりでございます」

「寒がり? ふうん。 そうなんですか」

 私が気のない返事をしたものだから、どうやらトビはちゃんと説明する必要があると思ったみたい。

「奥様にとっては厚着でも、旦那様にとっては薄着なのです。 然し乍ら今まで旦那様が誰かに厚着しろとおっしゃった事はございません。

 旦那様は少なからぬ北軍兵士の皆様と懇意になさっており、部下の方々の事もお心にかけていらっしゃいます。 どなたも旦那様から見れば薄着の極地です。 かく申す私も御覧の通り充分薄着ですが、ただの一度も厚着しろとのお言葉を戴いておりません。

 又、旦那様は大変筆無精な御方です。 わざわざお手紙を書かれるとは、奥様がお風邪でも引かれるのではないか、と相当御心配なさったのでしょう。

 僭越ながら、そのお手紙の理由を推察致しますと、旦那様にとって奥様は既に御自分の一部でいらっしゃる。 であればこそ、そのようなお気遣いをなさったのではないでしょうか」


 そ、そうなの? 御自分の一部って。 私ってそんな風に旦那様のお気にかけてもらっている訳? まだ名前だけの妻なのに。 嬉しくて顔がほてっちゃった。


 恋文って訳でもない。 でも手紙の中身をトビに教えた事が今更だけど恥ずかしくなって、二階の夫婦の部屋に逃げ込んだ。 トビに教えてもらわなきゃ分からなかった事だから仕方ないんだけど。

 夫婦の寝室にある私用のタンスの引き出しの一つを開けた。 そこに鍵付きの宝石箱が付いていて、中には旦那様のお母様から戴いた首飾りが入っている。 今まではそれだけだった。 私はそこに旦那様からのお手紙を入れて鍵をかけた。

 別に私以外の誰かに意味のあるものじゃないんだし、盗む人もいないのに鍵をかける必要なんてない。 だけど私にとってこの手紙は宝物だ。


 ほんと、旦那様って。

 罪な人。


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