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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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珠光  猛虎の話

 コンコン、と俺の部屋の扉を叩く音がした。

「誰だ」

「サダ・ヴィジャヤンの従者でトビ・ウィルマーと申します。 ヴィジャヤン伯爵様よりのお手紙をお届けにあがりました」

「入れ」

 ウィルマーはいかにも伯爵家に仕える者らしき礼儀正しさで入室し、深々と礼をし、預かって来たものを差し出した。

「こちらがそのお手紙になります。 それとこちらが伯爵様よりお届けするよう申しつかりました、お礼の品でございます」

 そう言いながらウィルマーはぼろい袋に包まれていた長方形の箱を取り出した。 おそらく西から運ぶのに目立つ事を避けるため、わざと古びた袋を選んだのだろう。 形から推測すれば剣だ。

「手紙は受け取るが、それはいらん」

「私はお届けに上がっただけですので。 それではこれにて失礼させて戴きます」

「おい、それを置いて行くな!」

 俺の命令は大概の者をびびらせるのに、臆した様子も見せずウィルマーが答えた。 

「それは私の物ではございません。 タケオ様がお捨てになるなり、どなたかに差し上げるなり、御自由になさいますよう。 受領された事だけ伯爵様にお知らせ下されば幸いです」

「俺は別に礼を言われるような事はしていない。 オークを倒したおかげで俺にも賞金が入った。 サダが六頭倒していなかったら手に入らなかった金だ。 こっちの方こそ礼を言うべきだろう」

「伯爵様にとりましては御子息の命を救って戴いたという事実に変わりはございません。 私にとりましても二人となき主。 その御方の命を救ってくださった事に対し、改めて深くお礼申し上げたく存じます」

「既に本人から礼は何度も言ってもらっている」

「それはそれ、これはこれ。 こう申し上げてはなんですが、ヴィジャヤン伯爵はお味方にしておいて損のない御方です。 また、タケオ様が受け取った物を無視なさったとしても、それを気にかけるような御方ではございません。 ましてや礼のお返しをお求めになられるような御方ではない事、ここで誓ってもよろしゅうございます」

「別にそういう事を心配している訳では」

「では受け取って戴ける、という事で」

「あ、待て、それは」

「ありがとうございます。 それでは失礼させて戴きます」

 意外にすばしっこい奴だ。 まあ、引き止めたとしても剣を持ち帰らせる事は無理だろう。 来たのがサダだったら俺が少し睨めばびびって持ち帰ったと思うが。 二人で来たとしても、一応あいつが主なんだろ。 あいつが持ち帰ると言えばウィルマーは逆らわなかったはず。

 ち、と舌打ちする。 だからウィルマーだけを寄越しやがったのか。 いや、サダはそんな気が回るような男には見えない。 ウィルマーが俺の遠慮を見越して主に何も言わずに配達した、てとこか。


 取りあえず伯爵からの手紙を開けた。

 簡潔だ。 息子の命を救ってくれた事に対する礼を述べ、物で感謝し尽くせない事は承知しているが、家伝の剣を贈る。 今後の武運を祈る、と締めくくられている。 差出人の高貴な生まれを物語るような流麗な字と高級な紙だ。

 ふと、サダからもらった礼状の汚い字を思い浮かべる。 本当にあいつの父親が書いたのか? と言うより、あいつは本当にこの教養溢れる父の実子なのか?

 将軍の祖母の実家はヴィジャヤン伯爵家と聞いた。 もしそこの三男というのが嘘だったらすぐにばれたはずだから、少なくともあいつが貴族である事は確かだ。 この礼状がヴィジャヤン伯の直筆かどうかは分からないが、将軍はあいつの出自に関しては何も疑っていない。


 しかしあの腰の低さ。 最初は何か裏があってわざとやっているのかと思った。 それにしてはそんなずる賢さが感じられない。 言葉遣いといい、がさつな振る舞いといい、どう見てもあれが地なんだろう。

 服装はきちんとしている。 ただ何と言うか、伯爵の息子には見えない。 正嫡子らしいが。 伯爵家の奉公人だってもっとまともなんじゃないのか? 実際、伯爵家の奉公人であるウィルマーは従者とは思えない優雅な物腰でサダより余程貴族らしい。

 高貴な雰囲気の漂う従者を連れているし、その従者が主と呼んでいるんだ。 貴族は貴族なんだろうが、はっきり言って貴族らしいのはそこだけ。 俺に礼を言に来た時だってまるで平民の新兵であるかのように緊張していた。 軍での階級は上と言っても俺が平民である事ぐらいとっくに知っているだろうに。


「お、おれ、おれれ、いえ、あのっ、お礼をもーしあげますっ!」

 どう育てたらああなるんだ? 手紙を読む限り父親の方は普通の貴族っぽいのに。

 もっとも人なんて実際会ってみなきゃ分からないもんだが。 あいつのおやじというだけで何となく他の貴族とは一味違うような気がしないでもない。

 まあ、血の繋がった親子でも同じ性格にはならないしな。 第一、頭の中身が透けて見える伯爵なんぞこの世に居るはずがない。 伯爵なんて多かれ少なかれ海千山千の腹黒だ。

 だとしても俺のような金のない平民を騙したって何の得がある? 剣をくれると言うなら貰っておけばいいと思わないでもないが。 長年身に染み付いた貴族に対する不信は消えない。


 取りあえずぼろい袋の口を開けてみる。 すると豪華な彫り物を施し、珠光と銘が彫られた化粧箱が現れた。 化粧箱の蓋を開けると見事な装飾の施された一振りの業物が鈍い光を放った。 美術品といってもいい程の意匠が施されている柄、鍔、柄頭、縁金。

 将軍の「吉里雨」をちらっと思い浮かべる。 比べても遜色ない、な。


 抜いてはだめだ、と自分に言い聞かせる。 一度抜いたらきっと魅せられる。 魂を奪われ、返せなくなる。 分かってはいる。 が。 この誘惑。

 見るだけ、とか? 小賢しい言い訳をする自分をあざ笑いながら鞘を払った。

 抜いてみれば眼前に溢れ渡る刀身の冴え冴えとした煌めき。 ため息が出る美しさだ。 

 豪壮。 身幅が広く、切っ先が伸びている。 美しくはあるが、この剣は飾りではない。 斬る事を目的に作られた剣だ。 しかもまるであつらえたかのようにしっくりと俺の手に収まる。 軽からず、重からず。 びゅっ、と風を斬る。 

 返せるか? 無理だな。

 己の弱さに舌打ちする。 だがいつかこの剣に相応しい剣士になってみせよう。


 剣を鞘に納めた。 言葉に出される事はない誓いと共に。


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